第一夜 「惑イノ夜」
夜闇を、駆けていた。
一呼吸するたび、眼下の景色が流れ去っていく。
屋根の上を飛びまわりながら、夜の街を行く。
普通なら、屋根を蹴る音で家人が飛び起きそうなものだが、不思議とそんな気配はない。
この街の夜は、廃墟の夜なのだから。
鳴帋市は、夜になると無人になる。
ある夜目覚めて、隣のベビーベッドで寝ているはずの妹がいないことに気づいて以来、僕はこの事実を知った。
それ以来、夜目覚めると誰もいないことが続き、そのうち連日夜に目が覚めるようになった。
夢ではない。それを確かめたくて、頬をつねったり水を飲んでみた。痛いし、冷たかった。
不気味に思いながらも警察に電話をかける気になれず、着替えて外に出てみた。
誰も、居なかった。
常に誰かがいるはずのコンビニや深夜や夜間に営業するような店も、明らかに人の気配がなかった。
それも出かけているとか慌てて出ていったとかではなく、一瞬前までいた人が突然消えたように何もかもがそのままになっていた。
地面に落ちている商品は、居なくなる瞬間にそこにいた客が持っていたのだろう。
微妙な位置に転がっているバーコード読み取り機やポリッシャーなんかも、店員がそこにいたからだろう。
となると、雑誌コーナーに散乱する大量の雑誌は……うん、コンビニ店員も大変だ。
誰もいないのに、電気や水道、ガスなんかの各種機能はすべて生きているのに、町は死んでいた。
空が明るくなり始めているのに気づいて、その日は家に帰った。
着替え直して布団にもぐりこむと、いきなり睡魔に襲われ、気がつくと普段通りの朝だった。
次の日も、夜に目覚めたので外に出てみた。相変わらず誰もいない。
シャッターが降りているはずの郵便局や銀行、総合病院が開いていた。
郵便局や銀行は、金庫の鍵は開けられないしカウンターを強引にくぐろうとしたり警報のスイッチを押せばシャッターが閉まったりとかするだろう。電気通ってるし。
従業員用の出入り口を見つけないことにはカウンターの向こうには入れない構造らしいので、次目が覚めた時は郵便局と銀行の裏側を見物することにした。
総合病院は、不気味だった。
営業時間中のように明かりがついた受付。レントゲンが張り付けられたままの診察室。
ベッドには、チューブからこぼれ出た点滴が染みを作っている。
看護師の詰所なんかは床に落ちたカルテやファイルに飲み物の入ったマグカップなんかでえらいことになっていた。命の最前線の一つだとはちょっと思えない光景だ。
違う出口から外に出ると、患者を搬送中だったらしい救急車とタンカが見えた。
車輪がついているのでタンカじゃないのだろうけど、残念ながら僕はその名を知らない。
そこで朝の気配を感じて、その夜も終わった。
そんなふうに夜ごと無人の街を散策して回るうちに、僕はふたつの事に気がついた。
一つ目は、明らかに行動範囲が広がっている事。
夜の時間は同じなのに、移動できる距離が飛躍的に伸びている。
理屈は分からないが、移動の速度が上がっているらしい。
ためしに全力疾走してみたら、とんでもない速度が出た。
この分だとマンガのように屋根から屋根へと飛び渡ることも不可能ではないようだ。
少しだけ、ワクワクした。
二つ目は、どうやらこの不自然な夜にもある程度の法則があるらしい事。
たとえば民家や、自宅と一緒になった商店のような特定個人の施設には入れない。
逆に、不特定多数を対象とした施設には入ることができる。
マンションなんかは、共用部分は入れても部屋には入れないといった感じになる。
その際に、不自然に侵入可能になった施設は昼のように明かりがつくらしいが、全てがそうではなく、たまに明かりがついてないこともあった。だが、スイッチを入れると明かりがついた。
誰かが先に来て付けているのかとも思ったが、明かりがついている施設は何度来ても明かりがついているので、そういうわけでもないらしい。
他にも、まだまだこの夜にはルールがあるようだ。
夜ごと向上していく身体能力でいろいろと歩きまわっていれば、それらもわかることだろう。




