表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

第13話: ささやき

 十月に入ると文化祭の準備が忙しくなる。クラス展示は、占いに決まった。実演コーナーでは手相占い、星占い、カード占いを一回50円で行い、模造紙で、東洋、西洋の占いの歴史、現代の占いを紹介することになった。

 こういったクラスの活動では、必ず、サボる生徒がいるものだが、うちのクラスの場合、学級委員の木川碧が目を光らせている。サボろうものなら、『やることがないならあたしにつき合ってもらうわよ』と碧に言われる。何かとんでもないことに巻き込まれるぐらいならクラス展示を手伝った方がましだと皆思うから、堂々とサボる生徒は皆無だ。もちろん、部活の出し物で忙しい人はクラス展示の仕事は免除される。

 例えば、報道部の青木芽衣や自然科学部の三人(小野寺巧、小島絵美とあたし)は部活の展示で忙しい。そう、あたしは、最近、自然科学部に復帰した。元の天文班ではなく、物理班に顔を出し始めた。もっとも、あたしは、見ているだけなので、そんなに忙しくない…… ということがばれて、文化祭実行委員である正村翔の手伝いもすることになった。


 文化祭を運営するのが実行委員会である。各展示、屋台の場所決め、体育館のステージの時間割り当てから始まって、プログラム冊子の作成、学外への広報、共通貸出品の調達・管理等々とあらゆる種類の仕事がある。

 もちろん、部活の応援もある。料理部は屋台の食品衛生を指導し、文芸部と美術部はプログラム冊子を作成するし、報道部は広報を担当するし、映画研究会とコスプレ同好会は共同してM3を企画する。実は、あたしは正村とともにM3の事務方を手伝うことになった。

 M3とは、ミスター&ミス緑が丘コンテストのことで、いわゆる美男美女コンテストの類である。これは、生徒の投票で決まるのだが、規定確認から始まって、アナウンス、予備投票と候補者のノミネート、本投票、開票、発表イベント、と結構、手間暇がかかっている。 

 映画研究会は候補者のノミネートまでを担当する。男女各々で6名の候補者を選ぶ。そのうち各3名は一般枠。全校生徒がWebで自由に投票して、上位3名が自動的に選ばれるから、特に問題になることはない。組織票が力を発揮することもない。問題は部活枠の男女各3名だ。これは、部長達が集まって、話し合いで決める。これが結構、きな臭い。部活で活躍した人こそ、緑が丘高校の顔にふさわしいということで、話し合いで決めるようになった経緯があるのだけれど、当然、各部の思惑が働く。話し合いで決まらない時は、部員数に比例した重みで投票するので、大所帯の部の方が声が大きくなるのは仕方ない。


 その日、文化祭の二週間前、候補者をノミネートすることになっていた。あたしは、コンピュータ部の部室で、一般枠のWeb投票の集計結果をもらって、M3委員会に届けることになっていた。役得ということで、表にさっと目を通した。集計結果は、得票数と名前でソートされている。上位3名は、自動的に候補者となるが、女子では、木川碧が断トツで一位だった。もちろん順位は、後の本投票に影響を与えないように部外秘である。あたしも含めて数名しか順位や得票数は知らない。今回の場合、碧が組織票の強い部活枠候補者をあっさり打ち負かすかもしれない。とすると、部活枠は本命候補を一人決めて、絞り込まないと碧には勝てない可能性がある…… などと言ったことは胸の内にしまっておかないといけない。

 一方、男子の上位3名は、票数の差は小さく、組織票のない一般枠の候補者が部活枠の候補に勝てる可能性は低い。驚いたのは、この3名が芽衣の予想通りだったという点。彼女には、予想がすべて当たったら、うちの店のパンを好きなだけ食べていいと約束させられたので、頭が痛い。芽衣の趣味がイケメンランキングというのは、冗談だと思っていたけれど、本当なのかもしれない。

 選にもれた名前もちらっと見た。イケメン正村は男子の11位だ。今年はダメだったけれど、学年が上がり、知名度が上がれば、将来、ミスター緑が丘に選ばれる可能性もある。一年生としてはまずまずの所だろう。逆に、知名度で得をしていた生徒会長は4位と善戦していた。もちろん、4位は落選である。20位以降は、ドングリの背比べ。2ページ目は得票数で二票とか一票が並ぶ。一票なんてのはきっと自分に投票したに違いないと思うわ。と、思っていたら、女子の表の最後にあたしの名前、山崎由梨子を発見した。はて? 誰が投票したのだろうか? あたしでないことは確かだけれど……


 一般枠の男女各3名は特に問題もなく承認されたが、その後の部活枠の話し合いは長引いた。文化部では、料理部と自然科学部が結託して、それぞれ、男子1名、女子1名を当確にした。自然科学部の女子1名は天文班の2年生女子である。星のように綺麗な少女と無理やりキャッチフレーズをつけた。髪が長く、少しきつめだけれど、確かに綺麗だ。だけど、星のように綺麗かと言われると?? 料理部は全国麺打ち大会で準優勝した男子を推した。運動部の方は緑の妖精と呼ばれる体操部女子のエース、鉄壁と呼ばれるサッカー部のキーパーが特に問題もなく選ばれた。

 残りの男女各一名については、文化部と運動部の綱引き、それぞれの中での駆け引きもあって、難航した。その結果、痛み分けということで、例年なら選ばれるはずもない弱小部から選ばれた。どちらにしろ、本投票では男女それぞれで一人一票しか投票できないので、組織票を生かすには、候補者少ない方がよく、部活枠の三人目はどうでもよいという思いもあったのだろう。

 その最後の女子一名は鉄道研究会の紅一点、ダイヤの女王と呼ばれる三年生である。ちなみにダイヤは鉄道用語で時刻表や運行図表を指す。男子は、全国大会で活躍したボクシング部の部長兼生徒会長である。もしあの話し合い場に生徒会長がいれば、腰の低い人なので、絶対、ノミネートを固辞したはずであるが、その時は、不運にも不在だった。もちろん、不運か幸運かは見方の分かれるところだろうけれど、あの後の一件を考えると、不運だと思う。

 候補者が出そろうと、報道部が紹介記事を作成し、一週間後に本投票が行われ、文化祭最終日の後夜祭で発表される。発表イベントでは、コスプレ同好会とダンス部が活躍する。


 部長たちの話し合いが終わり、疲れ切った正村とあたしで集会室を施錠した。

「それにしても疲れた~」

と正村にしてはだらしない。あたしは、彼を少しだけ、励ましてやることにした。

「それはそうと、一般枠の投票結果なんだけれど…… 正村は結構、いい位置につけていたわよ。来年は期待してもいいと思う」

「えっ、ホントか? で、何位だった?」

「それは、言えないわ。部外秘だもの」

「ピリ子は堅いなぁ~」

コイツ、何度言っても、直らない。いい加減、ピリ子と呼ぶのはやめてほしい…… でもあだ名で呼んでくれるのは正村ぐらいだから、一人ぐらいそんな友達がいてもいいかもしれない。そう、彼は友達、単なる友達…… だと思う。と、考えをめぐらしているあたしを彼が邪魔する。

「で、もちろんピリ子は俺に一票入れてくれたんだよな?」

「えっ? いや~ その~ そう言う正村はあたしに入れてくれたの?」

「あっ、あははは…… ま、お互いさまってところかな」

ということは、正村はあたしには入れなかったのだ。とすると、あたしに一票を入れたのは誰だろう。そこまで考えて、あたしは大事なことを忘れていたことに気がついた。あたしは、ある男子生徒に一票を入れた。その彼が全部で何票取ったのか見るのを忘れたのだ。集計結果の紙は、とうに委員長である映画部の女性部長に渡してしまった。今となっては、もう確認できない。できないけれど、多分二票だと思う。私の一票と彼女の一票と。

 正門前での別れ際、正村はこう言った。

「頑張れよ」

「えっ? 頑張れって?」

「で、ダメだったら俺の所に戻ってこい」

正村はそう言うと、くるりと背を向けて歩き去った。バイバイと手を振りながら。正村はわかっていたのかしら? それにしても、戻ってこいだなんて、まるで、あたしが正村の恋人だったみたいな言い方ね。


 6階建ての新校舎にはエレベータがある。原則として生徒は利用禁止だけれど、足の悪いあたしは別。もちろん、荷物がある時は、生徒でも利用してよい。

 その日は天気が悪く、湿度が高かった、遠くの方で雷も鳴っていた。あたしは、6階の倉庫に暗幕を探しに行こうとしていた。エレベータに乗った時に、丁度、階段の方へ歩いていく小野寺君と目があった。彼も上に行く用事があるらしかったので、おいでおいでと誘った。彼は、周りに人がいないのを確かめてからやってきた。

「由梨子さん、恥ずかしいすよ。おいでおいでなんて、まるで僕が犬か猫みたいですよ」

「いいじゃない、誰も見ていないだから。それに一人でエレベーターに乗るのは電気がもったいないでしょう?」

小野寺君はため息をついた。

「それじゃ、お言葉に甘えてご一緒させていただきます」

「なんか、小野寺君、あたしに冷たくない?」

「気のせいですよ」

そう言って、彼は黙り込んだ。エレベーター内の階数表示が順に点滅していく、言うべき言葉を組み立てようとするが、うまくいかない。階数は順調に上がっていき、もうすぐ6階という時にそれは起きた。


 突然、照明が消えて、ガタっと揺れてエレベータが停止した。直ぐに薄暗い非常灯がつく。インターホンを使ってみるが、動作しない。彼は、遠くで落雷があったから、この町全部が停電になったのではないかと言う。最新式のエレベータであれば、非常用の電源があって、近くの階に停止して扉が開くらしいが、あたし達の乗ったエレベータはそうではなかった。静かに待てばいいと言ったその時に、体が一瞬フワッと浮いた

 重力がなくなるこの感覚は、あの時と同じ。そう、自由落下だ。ヤバい! と思ったのは、一秒の何分の一かだった。ガタんという音がして、軽い衝撃とともに重力が戻る。何が起きたのかが想像できた。エレベータが一時的に落下したのだ。心拍数が一気に上がり、口の中がカラカラになるのが自分でもよくわかった。

「お、小野寺君、い、今、落ちたわよね」

あたしは、彼のズボンからだらしなく伸びていたベルトの先をつかんだ。

「お、落ちました。そう言えば、いつだったか、このエレベータは調子が悪いから、あまり使わない方がいいと早坂先生が言っていました。ま、また、落ちるかもしれない」

彼の声も上ずっている。

「下まで、自由落下するかもしれないってこと? 何とかならないの?」

前に、あたしが転落した時は、彼が風を呼んで、落下速度を緩和してくれた。今回も彼が何とかしてくれるのではと期待した。

 小野寺君は顔をしかめ、目をつぶった。まるで段ボール箱を抱えているかのように両手差し出した。暫く、そうしていたかと思うと、息を吐き出し、止めていた呼吸を再開した。よほど苦しかったのかうつむいてゼイゼイと息をした。

「だ、ダメです。周りの空間が狭くて、空気を集めて風を作ることができません。せいぜいそよ風程度です。第一エレベータは重すぎます」

「あ、そうだ! 衝突する瞬間にジャンプすればいいんじゃない」

と提案するが、小野寺君はため息をついた。

「由梨子さんが5階分ジャンプできるのであれば、別ですが。そうでもない限り、あまり効果はありません。この間の転落で…… ごめん、いやなことを思い出させて」

そう言って、彼は黙ってしまった。あたしに遠慮したのだろうけれど、今、この状況で、遠慮してもらうほど余裕はない。あたしは、ジャンプのどこがまずいのか知りたかった。

「ねぇ、続きを教えてよ。本当にジャンプは意味がないの?」

「5階分の約20メートルを自由落下した時の速度は時速70キロぐらいです。それじゃ、由梨子さんが垂直飛びで40センチ跳べたとすると、最初の速度はどのくらいでしょう」

「さあ? あてずっぽうで、時速10キロぐらい?」

「当たり。では、解説です。まず位置エネルギーで考えてみましょう」

「それって、まるっきり物理の授業じゃない」

「物理ですからね。で、位置エネルギーは高さに比例するから、5階分の20メートルと40センチでは50倍も位置エネルギーが異なります。落下すると位置エネルギーは運動エネルギーに変換されます。運動エネルギーは、速度の二乗に比例します。つまり、速度は高さの平方根に比例します。この場合は、50の平方根ですから、7倍違うことになります」

「時速70キロの7分の1だと、時速10キロね」

「そうです。と言うことは、もし、衝突の瞬間にジャンプしたとするとその時の時速は70キロでなく、時速10キロ分だけ反対方向に速度を得るので、スピードはその分だけ減って時速60キロになります。実際には運動量の保存も考えないといけないですが、エレベーターの方が人間の体重よりずっと重いので、今の計算で大体いいはずです」

「ようするに、効果がないわけじゃないけれど、小さいってことね。どちらにしろ、今の、あたしには、40センチも飛べないし…… エレベータが落ちないように祈るしかないのかしら……」


 小野寺君は、一歩あたしに近づいて、腰に手をまわして引き寄せた。

「ちょ、ちょっと。何?」

彼はあたしを抱き寄せて、そして耳元でささやいた。

「祈るよりは、ましでしょう。由梨子さんは医者に言われたはずです。脊椎損傷は完全には直らない。再び衝撃が加われば、古傷が悪化して、麻痺がひどくなることはあり得るって言われたでしょう。もし、このエレベータが落ちたら、また、衝撃が加わる。だから……」

「だから?」

「だから、僕が下になってクッションになります。落ち始めれば、2秒ほどで地面に激突しますから、今のうちから態勢を整えておくのです」

「そんなことは無意味じゃないの? さっき教えてくれたばかりじゃない?」

「無意味かもしれません。でも、僕は、これ以上、由梨子さんの体を傷つけたくないのです」

そう言って、小野寺君は、背中にまわした手で、あたしの背骨を優しくなぞっていく。その優しさに瞼が熱くなる。腰椎、仙椎、尾椎、その先端の尾てい骨、さらにその下へと…… ちょっとそこは骨じゃないんだけれど。

「小野寺君、尾てい骨より下は進入禁止よ。スクールゾーンだから」

彼は、慌てて手を腰椎にもどした。あたしは、右手でかれの肩甲骨を引き寄せた。体が密着し、彼の体温が感じられる。

 あたしの体を心配してくれる彼には報告しておこうと思った。

「最近、足が変なの」

「足?」

「多分、落雷にあってからだと思うのだけれど、動かないはずの右足がけいれんするの。この間なんか、朝、起きた途端に、右足ふくらはぎがこむら返りになったの。かと言って、意識的に右足を動かせるわけではないんだけれど」

「でも、その兆候かもしれませんよ」

「ウン、そう期待しているわ」

 異常はあたしだけではなかった。

「実は、僕の方も、落雷以来、変なのです」

「どう変なの?」

「聞こえないはずの左耳がわずかに聞こえるのです」

「本当?」

「ええ。最初は、気のせい、空耳かと思いました。随分小さいですが、確かに聞こえるのです」

だとすると、彼も不幸の底を脱しつつあるのだ。彼も、あたしも、絵美も皆、不幸を脱しつつある。喜ばしいことだ。だけど、なんだかさびしい。不幸者同士、傷をなめ合ったり、あるいは、足を引っ張り合ったり…… そんな関係が崩れていく。そんな関係が清算されていく。それでも、喜ばしいことだ。

「ねぇ、試してみてもいい?」

あたしは、一端、体を離して、彼の右耳から左耳に頭の位置を変えた。そして、彼の耳たぶを指でつまんでこう言った。

「聞こえますか?」

ちょっと声が大きかったのかもしれない。

「そんな大きな声だと右耳でも聞こえますよ」

と彼は、不満を述べた。

「ごめん。じゃ、こんな小さい声だったら……」

あたしは、小さな小さな声で左耳にこうささやいた。

「巧君、あなたを好きになってもいいですか?」

「えっ? よく聞き取れませんでした。もう少し大きな声で言ってみてくれますか?」


 その時、エレベータ内が明るくなった。天井を見上げると、非常灯から通常の照明に切り替わっている。エレベータが動き出し、5階で止まって扉が開いた。あたし達は、顔を見合わせ、ゆっくり体を離した。そして、彼の手を握りながら、外へと脱出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ