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更待月

 転移が完了し、自分が少し前までいた場所へ帰還すると天秤宮と同じくらいに静かだった。元々静かな場所ではあるが、それがより一層静かで不気味さを感じるほどだった。

「今は……あの二人に報告をせねば」

 静かさも気になるが、それよりもさきほどカマリから言われたことを伝えるため、真白は星屑の回廊を走り出した。さらさらときめ細かな砂が零れるような音と共に足元に広がる欠片たち。その欠片たちはゆっくりと回りながらその欠片に刻まれた思いを映し出していた。ある欠片は、お互いの気持ちが一致し夕暮れを一緒に眺めていたり、またある欠片は聖女が子供たちと楽しく聖歌を歌っている様子など様々だった。どの欠片に映る皇子たちはどれも笑っていて幸せに満ち満ちている様子がすぐにわかる。それらは幾千幾万の可能性の中から生まれた幸せの物語の一部であることはわかっているが、それ以上に過酷な物語も数多く存在している。過酷な物語があってこそ幸せな物語が生まれる。それを知っているからこそ、欠片の断片に映る笑顔を見るたびに心が締め付けられるような感覚に真白は息苦しさを覚えた。痛いほどに、その場に膝を落としてしまいそうな程に。だが、真白は歯を食いしばり走り続けた。笑顔と苦痛が交差する星屑の回廊を抜け、ラファルドとセリリカに伝えるまでは決して立ち止まらないと、心に強く念じながら足を動かした。


「真白様……?」

「? どうかしたか? ラファルド」

「いや、今、真白様の気配が……!」

 ブラックコーヒーを飲みながらラファルドは何か気配を察知していた。それは真白と似た気配なのだが、その気配はやけに小さく今にも消えそうなほど弱っていた。違和感を感じたラファルドはカップを置き、気配がする方へと移動をすると、目の前に息も絶え絶えの真白が倒れこんできた。

「真白様!」

「真白! 大丈夫か?!」

「え……ええ。だ、大丈夫です。ちょっと、無理して、走りすぎただけです……」

「何もそんなに急がなくてもよかったのに……」

「いえ……これは、急いで伝えねばならない事態です」

 苦しそうにしながらもその語気は非常に強く、二人はまず真白を椅子に座らせ落ち着かせた。真白が好んで使っているカップに冷たい水を注いで運んだセリリカは、心配そうに真白を覗き込むと真白は薄く笑いながらカップを受け取りこくこくとゆっくり水を飲み始めた。ふうと小さな息を漏らしカップを静かに置くと、何か考えをまとめるような表情を浮かべながら口を開いた。

「さきほど、カマリと話をしてきたのですが……どうやら、危機的状況は打破できないそうです」

「そ……」

「そんな……」

 衝撃を受けた二人はショックのあまり、しばらく何も言葉を発することができなくなっていた。しばらく沈黙が続いたあと、その沈黙を破ったのは真白だった。

「打破できない……は誤りでした。訂正します。危機的状況を白紙にすることはできます」

「そ……そうか……それはよかった……」

「ないわけでないのだな。よかった……。それで、その白紙にする方法とは……?」

「それは……わたしが人柱になることです」

「「なっ!!!!」」

 衝撃的な内容に二人はほんの数秒前に発した言葉を悔やんだ。

「こ……今回も。真白が犠牲にならんといけないのか!」

「……そのようです。でも、安心してください。また、すぐに会えますから」

「そういうことを言っているのではない!」

 珍しく感情的になったセリリカが声を張った。普段は冷静なセリリカなのだが、真白が絡んだ事案になると時々こうして熱が入りすぎて怒鳴ってしまう。それは、それほどまでに真白のことを思い、真白のことを愛しているからだ。思っているからこそ、愛しているからこそ、その言葉は暴力的になり、無礼を感じる部分もある。しかし、それに対し真白は何も言わずただ目を伏せているだけだった。

「落ち着いてください、師匠。真白様に失礼です」

「これが……これが落ち着いていられるか! ラファルド! お前は何とも思わんのか!」

「お……おれは……」

「何も思っていないのだな。だからそんな平然とできるのだな」

「そ……そんなつもりは」

「だったら、なぜ何も言わん! なぜ真白を止めようとせんのだ!」

「そ……それは……」

「もういい。ここは私が何としてでも真白を失わないで済む方法を考えるだけだ」

「いい加減にしてください!」

 ついにラファルドまでもが声を張った。それは怒りではなく、悲しみに染まった声色だった。肩を震わせ、涙を浮かべながら張ったその言葉はセリリカに大きな衝撃を与えた。

「おれだって……それが最善策だとは思いません。真白様を失うのだって反対です。だけど……だけど……」

 そこから先は言葉が上手く出てこなかったラファルドは、ただ沈黙を続けるしかできなかった。ラファルドの涙に、頭を冷やしたセリリカは弟子の頭を優しく撫でた。

「……すまない。感情的になってしまった。お前にも……そして真白にも迷惑をかけてしまった。すまない」

「……」

 無言で首を振るラファルドに、微笑みで答える真白。こうなってしまってはきっと結末は変わらない。しばらく沈黙が続いた後、二人はその結果を嫌々ながらも受け入れることにした。まだ目が腫れぼったいセリリカとラファルドを見た真白は何とも言えない罪悪感に苛まれた。これで何度目、いや数えきれない程のやり直しをしてきた真白からすればこれに似たやりとりを何度見てきたことか。二人の反応に違いはあれど、「真白を失いたくない」という思いだけはいつも同じだった。二人の気遣いはとても嬉しいのだけれども、その気遣いがほんのちょっぴり真白の心にちくちくと刺さってしまう。

「もう、わたしは大丈夫ですから。ね?」

 明るく振舞ってその場を和まそうと真白が笑うと、二人は自然と笑みが零れ照れくさそうに鼻の頭をかいていた。

「すみません。精一杯、お守りさせていただきますので」

「それはわたしも同じだ。しっかり動くのだぞ、ラファルド」

「はい。師匠」

 二人のやりとりに更に笑顔が零れる真白。本当に仲がいいのねと言いかけたそのとき、ラファルドの目が鋭く尖った。

「危ない!」

 ラファルドは二人を突き飛ばし、剣を振った。その僅かの時間に目の前で何やら黒い物体は真っ二つに分かれていた。一瞬、何が起こったのか理解が追い付かなかった二人だが、体勢を立て直しながら空を仰いだ。そこには星屑の合間から黒い粒状のものがこちらへと向かってきていた。次第にその粒は大きくなり、それが何かと分かるころには全員戦闘態勢に入っていた。

「真白様に手を出す者は……斬る!」

「やれやれ……ゴミの掃除といくか」

「守られてばかりは……いられませんから!」

 ラファルドとセリリカが前衛で黒い物体を散り散りにしていく中、真白は二人のサポートを担っていた。少しでも被害を和らげようと防御膜を張る魔術を詠唱したり、治癒魔術を詠唱したりとその場その場の判断で行動をしていた。

「露払いならわたしたちが受け持つ!」

 セリリカは剣を凪ぎ払い、さらには切っ先に仕込んでおいた火炎魔術を振り向き様に展開すると黒い物体は爆散していった。ラファルドは自慢の速さで相手を翻弄しつつ、連続で切るつける攻撃をまるで呼吸をするかのようにこなすと、次に向かってくる黒い物体たちを相手ににやりと笑った。

「さぁ、次はどいつが相手だ?」

 不適に笑いながらラファルドは迫りくる黒い物体に自ら突っ込んでいった。

「まったく。あいつときたら周りが見えなくなっておる……だが……今はそれくらいが丁度いい」

 背後から迫る黒い物体を確認もせず、気配と感覚で切り捨てたセリリカ。我が弟子ながら見事な暴れっぷりに思わず頬が緩んでいた。


 切れど燃やせど数は減るどころか、増殖の一途を辿っていた。あまりの数の多さに真白もサポートではなく、前へと出た。まるで舞踊かのような太刀振る舞いに黒い物体たちは成す術なく切り崩されていった。これで少しでも好転すればいいという思いを乗せ、真白は舞った。

 しかし、事態は好転せず代わりにあまりよくない方向へと傾いてしまっていた。前衛で戦っていたラファルドやセリリカがターゲットだったのが、今は真白に切り替わり真白が集中的に狙われていた。

「真白様!」

「真白!」

 もし、ここで真白が倒れてしまえばこの世界は再生されることはなく、文字通り消滅してしまう。十二星座それぞれが受けた被害を一身に背負ったまま……。それではこの世界に再び幸せが芽吹くことは叶わなくなってしまう。そうならないためにも、ラファルドとセリリカはすぐさま真白の前に立ち、剣を振るった。

「どうした? おれたちが相手じゃ不満か?」

「まだまだ遊びはこれからだ。ついてこられるか?」

 軽口を叩きながら二人は無言で会話をしていた。このままでは耐えることが難しくなってしまう。まだ二人に余力がある内に、真白を儀式の祭壇へ向かわせようと意見をまとめると、ラファルドは声を張った。

「真白様! 今のうちに、儀式の祭壇へ走ってください!」

「え……まだ、わたしも戦えます!」

「いえ……真白様は戦わなくて結構です。これは、おれたちの役目です。真白様は、真白様にしかできないことをお願いします!」

「わたしにしか……できないこと……」

 胸のあたりがちくりと痛む感覚に、顔をしかめながら意を決し二人を背にし走った。

「これでいいんですよね。師匠」

「うむ。上出来だ。後の始末は私たちで片付ければいいだけだ。遅れるなよ」

「はい! 師匠!」

 星屑の回廊を駆ける真白。二人の思いを無駄にしないためにも、ここで倒れるわけにはいかない。真白は戦える力を走る力に変え、儀式の祭壇へと向かった。




 更待月から朔へ。月は巡る。そして、また生まれる。


 新たな欠片の断片。


 あなたに問います。



 その欠片の断片に、幸せはありますか?




                    ─完─

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