ヒロイン(♂)、バフアイテムをドロップするイケメンを管理する
「おい、キミ!」
「はいっ! スミマセン!! 今すぐ対応を……っ!」
強く肩を揺さぶられる感触に意識が覚醒する。ヤバイ、寝てた! 俺はバッと飛び起き、そのままキーボードを叩こうとして……両手がスカッと空を切った。
(……あれ?)
そこは、デスマーチ真っ只中の開発現場ではなく……見知らぬ庭園の芝生の上だった。
「目が覚めたようだね。大丈夫かい?」
上から降ってきた甘い声に顔を上げると、金髪碧眼の美青年が、自分に向かって手を差し伸べていた。
その光景に、俺は目を疑った。
否応なく目が吸い寄せられる。男……ではなく、その背景の──無駄にキラキラしたエフェクトに。
見覚えがある……どころではない。
それは、俺が実装した──寝落ちする直前にデプロイしたばかりの、専用エフェクトだった。
この背景を背負うことが許されているのは、この世で、たった一人。
俺たちが今まさに死に物狂いで開発している、リリース直前の乙女ゲーム『アルカディア・クロニクル』のメインヒーローこと──。
(クライヴ王子!? えっ実写!? なんで!?)
慌てて周囲を見渡すと、王子を囲むように中世風の装いの騎士たちが並んでいる。遠くの空には、羽の生えたトカゲのような……謎の生物まで飛んでいた。
(なんだこれ、夢──?)
いや、それにしてはリアルだ。さっきまで、限界ギリギリのデスマーチで意識が飛びかけていたはずなのに、今は妙に頭がハッキリしている。あんなに痛かった背中や目の奥のダルさも、すっかり消え去っている。
ふいに、最悪の可能性が脳裏を過った。
──うそだろ、この展開。まさか。
(俺、過労死した!? そんで異世界転生……いや、転移!?)
「キミ、名前は? 立てるかい?」
「あっ、はい……」
パニックになりかけた頭のまま、条件反射で相槌を打つ。
イケメン王子に手を引かれてよろよろと立ち上がり──、視界に入った自分の手足に再び目を疑う。
折れそうなほど細い手首に、華奢な体。どこからどう見ても、女の子だ。
(……マジかよ)
呆然とする俺を気遣わしげに見たあと、王子はふっと厳しい表情になり、背後の森の奥へと視線を向けた。
釣られて、俺もそちらへ目を向ける。
「ここは危険だ。時空のひずみが発生している。すぐに避難を──」
王子が美声で深刻そうに告げるが、俺の頭には全く入ってこなかった。視線の先で、テクスチャが不自然に歪んでいるのが見えたからだ。
(あ……バグだ。マッピングがずれてる。直さなきゃ……)
無意識のうちに指を動かし、ダブルクリックするように虚空をタップした瞬間──。
ぱぁぁぁぁぁっ……!!
頭に思い描いた修正コードが具現化され、周囲がすさまじい光に包まれはじめた。
「えっ……ええっ!? な、なんだこれ……ッ!?」
弾けた光の波が周囲の薄暗いモヤ──王子が『時空のひずみ』と呼んでいた歪み──をきれいさっぱりと消し去っていく。
そのあまりにも神々しい光景に、王子が震える声で叫んだ。
「光の魔法……っ!? 聖女だ! 聖女の奇跡だ!!」
(えっ!? 魔法!? てか俺……まさかのヒロインポジ!?)
思いがけず『奇跡』を披露してしまった俺は、とっさに『ユニ・ティー』──開発ソフトの名前だ──と名乗り、あれよあれよという間に「ユニ」という愛称で聖女(仮)として王城に迎えられたのだった。
◇◇
そして、数週間後。
俺はすっかりこの世界に順応し──早々に、イケメンズ(攻略対象達)の好感度をカンストさせていた。
「ユニ……なんて愛らしい」
「きゃっ、嬉しい♡ 」
誤解のないように言っておく。俺には、男を愛でる趣味はない。
だが、せっかくの第二の人生。楽しまなきゃ損だ。
イケメンズはそろいもそろって腹立たしいくらいの美形のくせに、恐ろしいまでにチョロかった。そして、少し目を離すと瞬く間にヤンデレ化する。
はっきりいって、面倒くさい。
だが、手がかかる子ほど可愛いとはよく言ったもの。好感度管理がシビアであればあるほど、懐かれた時の達成感もひとしおで……。やっかいな属性も何だか一周回って可愛くみえてくる。
それに、デートイベントを成功させるたび、奴らは俺の部屋を訪れて、健気にも贈り物──という名の永続バフ付きレアアイテムを落としていく。コンプリしない手はない。
──そう。いわば俺は、イケメンという名の「金の成る鉢植え」をバルク管理している園芸員のような心境なのだ。
だが、侮ることなかれ。
この「仕事」は常に危険と隣り合わせだ。例えば──。
── チャララーラ、チャララー♪
「ユニ。キミといると──」
「今日は楽しかったですぅ☆ じゃっ! 」
固有イベントの開始を告げるBGMだ。俺は即座に撤退判断を下し、そそくさと席を立った。
もはや長居は無用。固有イベはルート分岐のトリガーだ。金太郎あめ形式のデートイベントとはワケが違う。姿かたちは美少女でも、心はれっきとした男。恋愛ルートに入るのは絶対にごめんである。
故に、狙うのはノーマルエンド一択。
個別ルートに入ることなく卒業を迎える、通称「お独り様ルート」だ。
その末路は、卒業時のパラメータによって決まるが、イケメンズから巻きあげたバフアイテムの数々があれば、成功は約束されたようなもの。
だが、油断は禁物だ。輝かしい未来のため、今日も今日とて『水やり』は欠かさない。
ひらりとスカートを翻すと、俺は軽やかなステップで庭園へと躍り出た。
「ユニ!」
「ユニちゃん!」
「お嬢!」
「ユニねぇさま!」
「こんにちはシリウスさまアーサーさまロベルトさまルカくんあえてうれしいわまたあしたね☆」
満面の笑顔で言い放ち、そのまま風のようにすり抜ける。挨拶タスク完了だ。
ノーマルエンド突入のコツは、誰のことも特別視せず、箱推しの精神を貫くこと。
間違っても特定の誰かに肩入れしてはいけない。嫉妬の絨毯爆撃でバッドエンドに直行してしまう。
そして、最も注意すべきなのは悪役令嬢の存在だった。このゲームには、隠しルート──重大なトラップがある。彼女と交流を深めたが最後、『メリバ』のフラグが立って──。
「ちょっと、そこのあなた」
ピタリ。
「少しよろしくて? お話がございますの」
こっ、この高飛車な物言いは……。まさか──。
嫌な予感にギギッと振り返る。そこにいたのは、件の悪役令嬢──ミレニア・フォン・グランツその人だった。
◇◇
「あなたの行動、目に余ります。平民のくせにクライヴ殿下に近づくなど不敬極まりないですわ! 身の程をお知りなさい!」
扇子をピシャリと鳴らし、ミレニア様が詰め寄ってくる。絵にかいたような悪役令嬢ぶりに、思わず肩が震える。
(──困った。大ピンチだ)
彼女は、このアルカディア王国の筆頭公爵家の令嬢であり──イケメンズその1であるクライヴ第一王子殿下の婚約者でもある。
ノーマルエンドを迎えるには、このミレニア様との距離感が一番厄介なのだ。
彼女のプライド(隠し数値)をうっかり傷つけると即・破滅ルート。逆に仲良くなりすぎると、なぜか世界の理が狂ってメリーバッドエンドを迎える仕様になっている。俺が実装したんだけど。
だからこそ、絶対にエンカウントしないよう細心の注意を払っていたというのに。
俺は、しがない元エンジニアだ。まわりに女っけなどなく──女性の扱いが得意とは、お世辞にもいえない。そこにきて異世界の、それもプライドの高いお嬢様の好感度調整だって? そんなの無理ゲーに決まってる!
「ユニ!ここにいたのか、探したぞ!」
「きゃっ☆ クライヴ様っ!」
背後からの声に、俺は条件反射で満点の笑顔を振りまいた。
……が、数秒遅れて絶望する。
(ああーっ! ややこしいところに、一番ややこしいヤツが来た……!)
「クライヴ王子殿下。いい加減に目を覚ましてくださいまし。ご存じないわけではありませんわよね? そこの女は、殿下だけでなく婚約者のある男性たちに次々と色目を──」
「ミレニア、言いがかりはやめるんだ! ユニはそんな子じゃない!」
「殿下……っ!」
(どうする!? どうする、俺!!)
──このまま王子を盾にする?
ダメだ、ミレニア様のヘイトが限界突破する!
── いっそ、殊勝に謝罪するか?
ダメだダメだ、どう転ぶかわからない! リスクが高過ぎる!
「おっ、仰ることはわかります! でも……っ、そのっ、わっ、わたし……!!」
二人の視線が、ビシッと俺に集中し冷や汗が垂れる。
まさに絶体絶命の、その時──。
ピシャーンッ!
天啓のごとく、俺の脳裏に前世で見たアイドルたちの姿が過った。
(そ、そうだ! あれだ──!)
男ウケはキープしつつ、同性からのヘイトは宇宙語を駆使して回避する。彼女たちが厳しい芸能界をサバイヴするために生み出したキャラづくり。それに掛けるしかない!
俺はスウッと大きく息を吸い込むと、胸の前で両手を組み、渾身の声量で叫んだ。
「わたし……箱推しなんですぅ!」
必死に絞り出した謎のセリフに、ミレニア様とクライヴ王子の動きがピタリと止まった。
ですぅ……ですぅ……ですぅ……。
甘い声が校舎に反射してエコーする。やがて、二人がぴったりとハモりながら呟いた。
「「…………ハコ……オシ?」」
名付けて──『あざと天然キモオタおばかさん』作戦。なんだそれ。ガバガバ過ぎるだろ、俺──!
「は、はは……」
怪訝そうに眉をひそめる二人に、虚ろな瞳で乾いた笑いを零すしかなかった。




