出来れば殺したくはない
「では、来週から放課後には生徒会室に来るように。ここは常に人手不足だから、間違ってもくだらない理由での欠勤はしないでくれよ。いいかい、フラッシュ庶務」
「はい。誠心誠意頑張ります」
俺は背筋をピンと伸ばして、力強く返事をした。
「よし。じゃあ、今日はもう帰っていいぞ」
「失礼します」
俺は生徒会長のエデン・ライトさんに一礼した後で、生徒会室から出た。
「ふう、これでまた一歩近づいたな」
カエデの件から一週間が経過し、俺は生徒会へ無事入ることが出来た。
ただ、まだ正式加入には至っていない。
どうやらこの学院の生徒会は、莫大な資金を管理するため、入るために膨大な量の同意書にサインをしないといけないらしい。
会長が言うには、書類の量が多すぎて手で持って帰るのは厳しいから、昨日の段階で、今日の夕方には俺の家に届くよう送ってくれたらしい。
この後は特に予定は無いし、俺が帰る頃にはもう書類は届いているだろうから、帰ったらすぐに片付けてしまうとするか。
――――家に帰った俺は、早々に自分の部屋の扉を開けた。
すると、あの性奴隷の少女は俺のベッドの上に座っていた。
「あ、ご、ご主人様、おかえりなさいませ」
俺の存在に気が付くと少女は慌てて立ち上がり、俺に礼をした。
「ああ。ただいま」
というか…………今日はベッドの下に入ってはいないのだな。
まあ、そんなことはどうでも良いか。
「うわっ」
俺の机の上には、規則正しく並べられた手紙が、山のように積み重なっていた。
これは……俺の想像の三倍は量がある。
面倒くさいが、仕方がない。やるか。
俺は椅子を引き、座ってまず適当に一つ手紙を手に取った。
「そういえば、お前はいつまでそうしてる?」
性奴隷の少女は、依然として俺に頭を下げたままだった。
「いえ、その……」
「ハッキリ言って目障りだ。適当にその辺に座って楽にしてろ」
「はい……」
俺はそう言い、書類の作業に意識を向けた。
まずは手に取った一枚の手紙を手で破って開ける。
その中にはこれまた大量の書類が入っていた。
「はあ……」
俺はため息をつきながらもその書類に目を通していく。
無駄な意識は全てシャットアウトして、作業に集中した―――――フリをした。
「流石に舐めすぎだ」
俺は振り返って、性奴隷の少女の手をがっしりと掴む。
そうして、俺の身にナイフが刺さるのを阻止した。
そう、少女の手には手紙を開封するためのナイフが握られていたのだ。
「どうして――――」
少女は目を見開いて、驚愕の色を浮かべる。
少女がベッドの下ではなく、堂々と俺のベッドの上に座っていたこと。
ワックスでがっちり封をされている手紙が並んでいるのに、机の上にペーパーナイフが用意されていないこと。
それらを考えれば、確信はせずとも違和感くらいは持つ。
少女は無理やり俺の手を振り払うと、ナイフを自分の首に向けて刺そうとした。
少女は、自殺をするつもりなのだ。
俺が少女の手を強く叩いてナイフを手から落とさせると、今度は突然走り出した。
向かう先は窓。飛び降りるつもりだ。
「させるか――――」
俺は体を霧化して猛スピードで進み、少女と窓の間に割って入る。
すると少女は手で自らの首を締め上げようとしたため、俺はそれを阻止しようと少女を押し倒した。
少女の手を俺の手で押さえ、もう片方の手は足で踏んで封じ、舌を噛み切らせないために手を少女の口へ突っ込んだ。
「まあまあ、落ち着けって」
少女は俺の手を強く噛んで来るが、俺は決して離しはしない。
やがて頭に上った血が降りていったのか、噛む力が無くなり、少女はもがくことをやめた。
冷静になったと言うより、諦めたと言った方が良いかもしれないな。
「ようやく落ち着いたか?」
俺がそう聞いても、少女は切なそうな表情で目を逸らすだけだ。
「まあ、落ち着いたならいい」
俺は少女の口から手を抜く。
でも、俺が手を抜いた後も、少女は口をギュッと閉じて俺と会話をしようとはしない。
「…………俺と話したくないのなら、無理に話さなくていい。だが、これだけは覚えておいてくれ――――」
俺は立ちあがり、少女を見下ろした。
「いつでも俺を殺しに来ていいぞ。お前にはその資格がある」
――――まあ、殺されるつもりなど毛頭ないが。
俺は背伸びをした後でペーパーナイフを拾い、再び椅子に座って書類と向き合った。
俺は、どうして少女が俺を殺そうとしたのかを聞かなかった。
だって、その理由なんて、俺と少女の関係からして、分かり切っているのだから。
部屋の中に、しばしの静寂が流れる。そして――――。
「どうして……どうして私を罰しないのですかッ」
「何だよ、急に大声出して」
「私はッ……あなたを、殺そうとしたんですよ…………」
少女は涙を流しながら、怒るように言う。
何に対して怒りを抱いているのかは知らないが、興奮状態にあるのは間違いない。
俺はそんな少女に向かって、至って冷静に言い放つ。
「嫌なんだよ。自分の手で人を殺したり、罰を与えたりするのは。寝覚めが悪くなる」
手紙を見つめながら、俺は淡々と言い放つ。
フラッシュを殺して肉体を奪った俺が言うべきセリフではないのだろうが、決して嘘は言っていない。俺は無意味に何かをないがしろにはしたくないのだ。
「まあ、そんなに罰が欲しいってならくれてやるよ」
俺は椅子から立ち上がり、少女を真っすぐ見つめた。
「お前は、絶対に死ぬな。生き続けろ。自殺することは許さん」
俺がそう言うと、少女は目を大きく見開いた。
「どうして…………」
心底理解できないという目だ。
だが、否定をしたがっている目では決してない。
「……あのな、死ぬってのはお前の想像以上に儚くて、想像以上に残酷なんだぜ」
母さんとカエデを頭に思い浮かべながら、俺はしみじみと言う。
俺は知っているのだ。死とは当人にも周りにも残酷な結末をもたらすことを。
「お前の死は、お前だけで終わる事じゃない。いいな?」
「は、はい……」
「よし、分かれば良い」
俺は最後にそう言って、また書類に向き合った。
少女はそれ以上俺に話しかける事はせず、ただ立ちながら、俺を見続けていた。
少女がどういう感情で俺を見続けていたのか、それは俺の知るところではない。




