第17話 僕らの悩めるダンジョン
退院後、結弦が会社へ提出した新しい企画書は、見事に採用された。
会社の会議室。
企画のタイトルを社内で募った結果、メインタイトルである『エコー・オブ・メモリーズ』のブランドはそのまま残し、サブタイトルのみを変更する方向で決定した。
その名は――『エコー・オブ・メモリーズ ~僕らの悩めるダンジョン~』。
それは、かつての「誰もが驚くような完璧な攻略・高難易度」を追い求めていた頃からは想像もできないほど、優しさと生活感に満ちた作品だった。
謎解きをパーティー数人で協力して解き明かすだけでなく、ダンジョン内で食材を確保し、「煮る」「焼く」「炒める」といった料理の工程を踏むことで、ステータスやHP・MPが変化するという独自のシステムが盛り込まれていた。
さらに、ダンジョン内の謎解きや出題の回答次第でルートが数ヶ所に振り分けられ、プレイヤーの思い通りには決して進めないという、一筋縄ではいかない歯ごたえのあるストーリー構造になっていた。
「完璧でなくてもいい。失敗してもいい。誰かと悩み、笑い合いながら進んでいく」
生死の境を彷徨った結弦が気づいた想いは、そのまま新しいゲームの形として見事に結実していた。
奇跡的な生還を果たし、心に余裕を持てるようになった結弦は、ふたたび『エコーズ』のサーバーへアクセスした。
かつてバグが暴走し、自分が倒れていたエリアは穏やかな光に包まれている。その中心には、病院のパジャマ姿をした結弦の「メモリアルオブジェクト」が静かに佇んでいた。
だが、今の『エコーズ』は、ただの思い出の場所ではなかった。
「ちょっと、結弦! そこ右のルートじゃない?」
声を弾ませて振り返ったのは――ほかならぬ玲子だった。
なんと玲子は、すっかりこの新しいダンジョン巡りにハマっていたのである。
しかも彼女のパーティには、見慣れた姿があった。
あの時、オブジェクトの傍らに寄り添っていたはずの、病院のパジャマ姿をした結弦の剣士、そしてホワイトライオンのジョンとホワイトタイガーのミーコ。
それらを従え、玲子自身は「魔法使い」と「ヒーラー」を兼ねる頼もしい後衛として、見事な立ち回りを披露していたのだ。
プレイヤーである玲子、剣士のメモリアルオブジェクト、そしてジョンとミーコ――。
計四人(?)の個性豊かなパーティが、ワイワイと賑やかにダンジョンを進んでいく。
「お腹空いたねぇ。次の層に行く前に、さっき手に入れた魔獣肉をあそこで炒めていかない?」
玲子が楽しそうに声を上げる。
「あ、それいいな。俺のメモリアルオブジェクトも、意外と料理スキルが器用なんだぜ」
画面越しに、結弦は自然と笑顔になっていた。
もう、「完璧でなければならない」と自分を追い詰めることはない。
謎解きに悩み、ルートを間違えて遠回りをし、手に入れた食材で料理を焦がしては笑い合う。そんな不完全で、だからこそ愛おしい時間がここにはある。
ログアウトした後も、あのメモリアルオブジェクトは消えることなく残り続けるだろう。
それは、結弦が生死の境で残した記憶であり、何よりも温かい「最高のバグ」の結晶だった。
玲子と、ジョンと、ミーコ――そしてこれからこの世界に飛び込むたくさんのプレイヤーたちと共に。
結弦が紡ぎ出した新しい物語は、どんな難解なダンジョンよりも、温かく輝かしい冒険へと動き出していた。
――― 完 ―――
長らくお読みいただき、本当にありがとうございました。
これをもちまして、『失われた妻の世界を、未完成のコードで取り戻す』は完結となります。
最後までこの物語にお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
この作品を読んでくださった皆様が、少しでも楽しんでいただけたのなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
それでは、また別の物語でお会いできることを願って――。




