第1話 悲しみのプログラム
大手ゲーム会社から仕事を請け負い、プログラミングから宣伝、販売まで何でもこなす弱小商社。
そこでゲーム制作を担当しているのが俺――遠国結弦、27歳だ。
ゲーム制作といっても、プログラミングだけじゃない。キャラクター案からアニメーション制作、各種データの調整まで、頼まれれば何でもやる。社内じゃ「便利屋」扱いだが、本人としては「万能クリエイター」のつもりでいる。
俺と妻の玲子25歳の出会いは、とあるオンラインRPGの中だった。根っからのゲーム好き同士、画面の向こうでパーティーを組み、チャットで笑い合い、やがて現実でも惹かれ合って結婚した。
だが、幸せな日々はあまりにも突然、終わりを告げる。
まだ新婚と言っていい、たった二年半だった。
スーパーの買い物帰り。アクセルとブレーキを踏み間違えた高齢ドライバーの車が、店を出た玲子を跳ね飛ばしたのだ。
葬儀を終え、事故から一月余り。
子供のいない静かなアパートの部屋で、俺はただ泣き崩れる日々を送っていた。まともな食事も喉を通らない俺を見かねて、日替わりのコンビニ弁当を手に訪ねてきてくれるのが、幼馴染の公平だった。公平は俺の昔からのゲーム仲間であり、生前の玲子ともよく一緒にパーティーを組んで遊んでいた奴だ。
「結弦、ちょっとパソコン借りるぞ」
いつものように弁当をテーブルに置くと、公平は俺のデスクに向かって声をかけてきた。
「お前が作ってた新しいゲーム……確か、もうすぐ完成だって言ってたろ」
「……いや、あと少しってところで止まってる。途中までなら、動くけど」
「なら、やらせろよ。俺がデバッグ兼ねて評価してやる」
ぶっきらぼうな言い方だったが、やつなりの気遣いなのは分かっていた。
このゲームは、生前に玲子からたくさんアイデアや助言をもらっていた作品だ。彼女も完成を心待ちにしていた。
公平は椅子を引き寄せると、画面の向こう——未完成の世界へと潜り込んでいった。
「よし、じゃあスタートしてみるぞ」
公平は使い慣れた手つきでコントローラーを握り、ゲームを開始した。
このゲームは現実世界に近いリアルな没入感を突き詰めている。よくあるオンラインゲームのようにプレイヤーの頭上に青い名前が浮かぶような演出は一切ない。相手が誰かを知るには、顔を見るか、直接名乗るしかない仕様だ。
淡い光と共に画面上に現れた公平のキャラは、初期装備のペラペラな布服に身を包み、安っぽい銅の剣を一本背負っただけの冴えないアマゾネスの格好だった。
何時もと一緒、今回も女性キャラを選んだ。まだレベル1の頼りない後ろ姿だが、不思議と愛着は湧いている。公平はマウスを操作し、冒険の世界へと足を踏み入れた。
「へえ、グラフィックも質感もかなり気合入ってんじゃん。玲子さんも『絶対に面白くなる』って太鼓判押してたもんな」
公平が画面を覗き込みながらボソッと呟く。胸の奥がぎゅっと締め付けられた。制作の合間、玲子はいつも俺の隣で「この街の雰囲気が好き」なんて笑いながらアイデアを出してくれていたのだ。
公平はチュートリアルに従い、プレイヤー登録をするためにギルドの受付カウンターへと進んだ。
『お名前をどうぞ』
案内係のNPCに促される。このゲームでは、音声誤認識を防ぐための初回アカウント登録時のみ、キーボードでの文字打ち込みが求められる仕組みになっていた。アルファベットやカタカナを打ち込んでIDを固定してしまえば、以降はマイクでの音声認識とボイスチャットだけでスムーズにプレイできる設計だ。
公平はキーボードを叩き、入力欄に文字を打ち込んだ。
【タッカーコ】
高橋公平の名前に短くしただけの、昔から変わらない実に安直なハンドルネームだ。
入力完了のエンターキーを押すと、受付のNPCが恭しく一礼する。
『登録が完了しました。ようこそ、タッカーコ様。これよりマイクでの音声認証および対話機能が有効化されます』
「……よし、これで登録できたか」
公平がテストを兼ねて、ボソッとマイクに向かって呟いた。
その時だった。
カウンターのすぐ脇、柱の影からすっと人影が足音もなく歩み寄ってきた。
洗練された美しい装備に、手に握られた見覚えのある杖。
そのキャラが公平のすぐ隣で立ち止まると、じーっと顔を覗き込むようにして——スピーカーから、間違いなく玲子の声が流れた。
『……あれ? タッカーコ……?』
一瞬、部屋の中の空気が凍りつく。
『嘘、タッカーコって……高橋をちょっと短くしただけでしょ!? もしかして、公平ちゃん!?』
画面の中の彼女は、初期装備のまま固まっている「タッカーコ」に向かって、呆れつつも生前と全く変わらない無邪気なトーンでくすくす笑った。
『相変わらず安直な名前なんだから! なんでこんな所にいるの? 結弦は? 結弦も一緒なの!?』
俺も公平も息を呑み、金縛りに遭ったようにただ画面を見つめることしかできなかった。
つづく




