表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

第9話:交わる剣と心

 翌朝、午前五時。

 鶏の声さえまだ響かない静寂の中、明鏡館の床板を叩く音が響いた。

 瞬が道場の扉を開けると、そこにはすでに面を傍らに置き、正座して待つ守屋の姿があった。

 遥は、少し離れた板間で黙って見守っている。昨夜の緊張感は、一晩経って消えるどころか、さらに研ぎ澄まされていた。

 瞬は無言で守屋の正面に座り、防具を着けた。二人が面を着けて向かい合う。

「手加減しないよ」

「手加減なんてしたら、一生許さねぇからな」

 面金越しに視線がぶつかる。

「見届人は俺がする。試合ではない。お互いに気が済むまでやれ。……はじめ!!」

 康介の合図と共に、道場の空気が一変した。

 先に動いたのは守屋だった。その踏み込みは凄まじく速い。最短距離で相手を射抜く、虎皇館の足さばきだ。

(速い……!)

 瞬の身体が、一瞬、恐怖で硬直した。守屋の白い胴着が、あの鷹司を思い出させる。

 次の瞬間には、守屋の竹刀が瞬の面を完璧に打ち抜いていた。

 だが、瞬は止まらない。雑念を振り払い、泥臭く追いかける。

 振り向きざまを狙い打つが、守屋は既に防御姿勢を完成させていた。それに構わず、瞬は守屋の竹刀ごと上から叩き割るような一撃を放つ。

 シャリン、と鋭い音が響く。

 瞬の強烈な打撃を最小限の動きで受け流し、守屋が鋭く踏み込んだ。

「胴――!!」

 パーーンッ、と乾いた音が道場に反響する。

 瞬の胴は真っ二つに切り裂かれたかのような衝撃に襲われた。

 さらに守屋の技は続く。瞬が頭を捻って面をかわした刹那、守屋の剣先は既に瞬の小手を打ち落としていた。

(……強い。これが、王者虎皇館のレギュラーか……!)

 次々と流れるように繰り出される技。瞬の心は折れかける。

 その時、脳裏に明鏡館の仲間たちの顔が浮かんだ。

 大吾の豪快な笑い。佐伯の冷静な分析。凛のさりげない優しさ。そして、康介のあの問いかけ。

(逃げるのか……)

「に、げ、て……たまるかぁ!!」

 瞬の身体が弾けた。

 守屋のスピードを、執念が上回る。瞬の面を守屋がギリギリでかわすが、瞬はその勢いのまま体当たりを食らわせた。

「くっ!? なんてしぶとい……!」

 バランスを崩した守屋に、瞬の引き面が迫る。

 康介の瞳が光る。

(守屋の強さが、瞬を引き上げている……!)

 お互いに一歩も引かない、死力を尽くした打ち合い。

 二人の体力が限界を迎えたその時、瞬の気迫がわずかに守屋を上回った。

 脳天を叩き割るような、真っ直ぐな、明鏡館の面。

「メェェェェン!!」

 崩れ落ちる守屋。

「止め!! それまで!!」

 康介の声が静寂を呼び戻す。二人が道場中央で構え直し、お互いに下がって礼をした。

「「ありがとうございました」」

 その言葉に、遥が息を呑んだ。

 始まりの礼の時、二人の喉からは一言も音が出なかった。

 けれど今、二人は全てを脱ぎ捨てて戦い抜き、お互いを認め合った。

 相手に感謝する、最高の言葉が自然に溢れ出していた。


「ガハハハ! やっと終わったか! 次は俺の番だ!」

 静寂をぶち破るような大吾の豪快な声。

 驚いて振り向くと、そこには鼻息を荒くした大吾、呆れ顔の佐伯、そして不敵に微笑む凛の姿があった。

「面白そうなことしてるじゃない。見てるだけなんて無理よ」

「虎皇館のレギュラーと稽古できる機会なんて滅多にないからね。たっぷりと分析させてもらうよ」

 そこからは、嵐のような稽古だった。

 大吾の蹂躙。佐伯の精密機械。凛の華麗な陽炎。

 稽古が終わった瞬間、守屋はその場に崩れ落ちた。

「……もう、指一本動かない……」

 瞬との全力の勝負の直後に、三人を相手にしたのだ。

 エリートのプライドも、虎皇館の面影も、今の守屋には残っていない。

 ただ、心地よい疲労だけが全身を包んでいた。

「なかなかやるじゃねぇか。根性あるぜ!」

「さすが虎皇館のレギュラー。データにない粘りだね」

「ふふ、最後はあたしの勝ちだけどね。お疲れ様」

 大吾に背中を叩かれ、守屋は弱々しく笑った。

「ひどいよ……瞬くんと全力でやった後に、よってたかって……」

 道場に、全員の爆笑が響き渡った。

 守屋は床に転がったまま、高い天井を見上げた。

(今まで、稽古でボロボロになったことは数え切れない。辛くて、苦しくて、吐きそうなことばかりだった……。なのに、なぜ今は、こんなに気持ちがいいんだろう……)

 その視界に、一人の少年が入り込む。

 瞬が守屋の手を掴み、力強く引き起こした。

「瞬……くん」

「瞬でいいよ。それから……」

 瞬の顔に、曇りのない笑顔が浮かぶ。

「虎皇館のレギュラーって呼び方も、もうやめないとな。だってこれからは……」

「明鏡館の……仲間だから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ