第九話
「涼花先輩は、なにも悪くない」
第一声は、それだった。文芸部員、誰もが思っていること。
先輩は一人の夢を潰したなんて言ったけど、それはすべて先輩のせいというわけじゃない。
直接的な原因は先輩の実力が群を抜いていたことだし、なにかかけられる言葉もあったかもしれないけど……。
「先輩は、自分の夢を追っただけ。それで糾弾される筋合いはない。当然、自責する必要もないと思います」
俺が思えたこと。
俺も同じように、先輩の自信を失くしてしまった。それで自分を責めることもあった。
でも、考え続けるうちに、それが自責の原因にはならないことに思い至った。
自分の夢も他人の夢も、同じ一人の夢で、一つの夢。それをぶつけあうことには何の問題もない。
「だけど、わたしは彼の夢が潰れるのが嫌だった。彼の作品が好きだったから」
「じゃあ、俺はどうなるんですか。俺だって先輩の作品が好きです。他人のために涼花先輩の作品が見られなくなるなんて嫌だ」
「でも君には、わたしなんて必要ない。そのくらい君は小説が上手いんだよ、葵くん」
「そういう話じゃないです。俺は先輩のファンなんです。読者なんです。一読者として、先輩の作品がとても好きです。先輩も小説家なら、読者くらい大事にしてくださいよ」
「わたしにはもう読者はいない。昔とは違う」
「今も昔も、涼花先輩は涼花先輩です。だから、昔の涼花先輩のファンの望みを、今の涼花先輩が叶えたっていい。むしろ、そうする義務すらあると思います」
「それは、葵くんのエゴだよ……。わたしはやらない。できない」
「それができない理由が、一人の夢を潰したから、なんて言うなら、それも先輩のエゴじゃないですか」
お互いに自分勝手な主張。
それでも、どちらの主張にも厚みがあった。人間味という、厚みが。
だから、二つの主張のぶつかり合いを制したのもまた、人間味の影響だった。
「読ませてくださいよ……先輩の、作品。好きな作者の作品を読めなくなる苦しさは、先輩だって知ってますよね」
俺の熱烈な声に、希望に、先輩は応えたいと思ったのだろうか。
「……一つだけ、構想がある」
先輩は、作品のことを話し始めた。
「ずっと昔から考えてた作品。実現しようと思ってやっぱりやめる機会が多かったけど……今から、創る。それでわたしが満足する作品を創れたら、文芸部に戻らせてください……!」
俺は嬉しかった。
再び先輩と一緒に活動できること。
再び先輩が笑ってくれるだろうこと。
そして、再び先輩の作品を読めること。それも、昔から考えていた、人生最大級のもの。
「こちらこそお願いします。是非、文芸部に戻ってきてください……!」
まだ先輩は笑わなかった。




