第94日「せんぱいの好きな花って、なんですか?」
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「やあ、おはよう」
「おはようございます」
昨日は3教科、テストが返ってきた。
ホームで隣に並ぶ後輩ちゃんのせいで勉強時間が減ったのは確かなのだけれど、点数は存外下がっていなかった。まあ、今までが勉強しすぎていたというか、余裕見すぎだったのかもしれないけど。
それはさておき、今日もテスト返却以外は特に何もないわけで。
「ふわぁ……」
意図せずあくびが漏れるくらいには、気が抜けている。
「せんぱい、相変わらずねむそうですねえ」
「相変わらずってなんだよ、テスト期間は眠くなかったし」
これは事実。
7時間は寝てたし。眠くなんてなかった。
「きのうだってあくびしてましたよね。わたしが朝見る分には相変わらずですよーだ」
「というか今だってそこまで眠くないから」
「はいはい」
かわいそうなものを見る目を向けられてしまう。
「ほんとだって」
さすがに冬の寒さの中自転車を漕いでいれば、眠くて眠くてたまらないみたいな状況にはそうそうならない。
後輩ちゃんと話していたら、気が抜けてしまっただけである。
「へー?」
プシュー、と音を立てて、電車のドアが開いた。
そのまま乗り込んで、いつもの場所で、いつものように、後輩ちゃんと向き合う。
「いやー、なんだかなあ」
電車の中の暖気にあてられて、またあくびが出た。
「どうしたんですか、いきなり気が抜けて」
「テスト終わったし、点数も今んとこ悪くないしで、なんか、ねえ」
張りつめていたのが、解放されてしまった感じだ。
「じゃあふつうのおはなししましょう」
「なにがどうつながったのかわかんねえけど、いいぞ。何話すの?」
「さあ?」
「さあ、って……」
自分から持ち掛けたからには責任持って話題提供してくれよ。
「ほら、せんぱい活字中毒じゃないですか。なんか面白い話ないですか?」
いや確かに昨日学校終わってからはずっとネットの小説読んでたけどさあ。新作スコップしてたけどさあ。
そんなほいほいと面白いネタが、特に後輩ちゃんに通じるような面白いネタがそこらに転がってるはずもないわけで。
「ないです」
「えー?」
「ないったらない」
まったく。無茶ぶりもほどほどにしてくれ。
* * *
ちぇ。
たたいてみたらなにか出てくると思ったんですけどね。
「あっ」
あきらめて適当に質問でもしようかなとか考えていたら、せんぱいがなにかを見つけたようです。
「伊豆大島椿まつり、か」
せんぱいの視線の先を辿ると、そこには赤い椿の花を前面に押し出したチラシが貼られていました。
「椿ですかー」
「あ、俺反応したのそっちじゃないんだ」
「はい?」
「伊豆大島の方」
まったく。これだからせんぱいは。
花束のサプライズプレゼントなんていらないですけど、それでも女の子は、花が好きなものなんですよ?
ま、いいですけど。
「はあ」
「中学の時に行ったから思い入れあるんだ」
「なんか遠そうですけどね、伊豆諸島」
「結構近いぞ? ジェット船で1時間とかだった、確か」
へー。そんな近いんですね。
「いつか行ってみましょうか」
「え? 俺と?」
「誰がせんぱいとなんて言ったんですか」
……ま、せんぱいとじゃないとも、言ってないんですけど、ね。
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まったく、いつもながらドギマギさせてくれやがって。
「はいはい。それはどうでもよくて。椿に話を戻すぞ」
「あ? 照れてるんですか?」
「照れてねえよ」
「ふーん?」
ほんとだってば。強引に話を逸らす。
「椿ってもうちょい時期遅くない?」
真冬、寒さがだいぶ厳しくなってから咲くイメージがある。
椿は花ごとボトッと散って、山茶花は花びらが1枚ずつぱらぱら散るんだったか。
「旅行だから今の時期から出してるんじゃないですか」
確かに、「1月1日~」と書いてある。正月にわざわざ旅行に行く人がいるとも思えないけど。
……ヘタな返事をすると、これ、妙な方向に話が転がりかねないな。
「なるほどな」
ということで、無難of無難な返事をする。
「ところでせんぱい、『今日の一問』です」
「カモン」
変な方向は突っ込まないでくれよ。
「せんぱいの好きな花って、なんですか?」
珍しく祈りが通じたのか、はたまた彼女が空気を読んだのか知らないが、とにかく普通の話題になってくれた。
「花かー。何が好きとか、考えたこともなかったな」
いや、本当に。
「色のときも、似たようなこと言ってましたね」
「よく覚えてんな」
「せんぱいのことですもん」
ちょ。
そんなことを言われると、俺の方も思い出してきた。あの時は確か、身の回りの品の色を挙げてったんだっけか。
「でもあのやり方、花でやるのは無理でしょ」
「そうですね」
顎に指を当てていた後輩ちゃんが、提案する。
「せんぱい、好きな季節、春でしたよね」
「うん」
「好きな季節の花なんだから、好きに決まってます。思いついた花をどうぞ」
はい、と握りこぶしをマイクのように、俺の口元に近付けてくる後輩ちゃん。
* * *
「んー……」
気がついたら、せんぱいの顔がいつもより近いです。ちょっとだけ、はずかしい、ような。
少し悩んだせんぱいは、ようやく答えを返してくれました。
「桜、とか?」
「その心は」
「いやなんかふつうに、色が好き」
桜色、とかいいますもんね。
「それなら好きな色は桜色なんじゃないですか?」
「いやそれは別でしょ。真っ青な花とかないし」
「青いバラできたじゃないですかこないだ」
「あれアントシアニンの紫でしょ。純粋な青にはまだ遠いし」
「じゃあ……オオイヌノフグリとか」
ぱっと思いついた青い花を言ってみます。これも春ですね。
「渋いところを……まあ、確かに、嫌いじゃないかも」
小さいから、地味ですよね、ちょっと。
「やっぱり青好きなんですね」
「結局そこかよ!」
「どうでもよかったですか? すみません」
「じゃあ聞くなよ」
「どうせひまですよね?」
「……まあ、うん」
なんか、いい感じにわたしの勝ちっぽくなりました。
「じゃあ、後輩ちゃんにも『今日の一問』」
「はい、なんですか?」
「後輩ちゃんの好きな花って、何?」
答えは決めていたので、すぐに答えます。
「パンジーです」
「また渋いところを……」
せんぱいが、本日二度めの渋い顔をしました。
「黄色と黒の花のもようの感じが好きなんですよね」
「人の好みはわからんなあ」
「あと、花壇に生えてることが多くて、よく見るので」
そういう意味では、オオイヌノフグリはちょっと不利ですね。草むら行かないと見れませんし。
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「あー、確かに、桜も見る機会多いもんな」
俺がこんなことをこぼすと、後輩ちゃんが攻めてきた。
「見に行きます?」
「今12月だぞ、正気か?」
そういえば、一番メジャーな桜のソメイヨシノって、何かとオオシマザクラの交配だったような。
大島に行けば、それの原種も見られるんだろうか……?
「ふふふ、冗談ですって。せんぱい♪」
まったく。こいつったら。
わたしの知ったせんぱいのこと 94
好きな花は、桜らしい。