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第29日「せんぱい、どこか行きたいところありますか?」

 # # #


まはるん♪:あの

まはるん♪:雨です

井口慶太 :ああ

井口慶太 :雨だな


 日曜日。めっちゃ寒い。

 昨日と同じく、きっかり朝8時30分に、LINEのメッセージが届いた。

 雨が降っている。こんな天気で自転車に乗るのは、ポケモンの主人公くらいだろう。


まはるん♪:どうしましょう

井口慶太 :どうしましょうって……

まはるん♪:いやほら、せんぱいとお会いしないと

まはるん♪:ノルマが

井口慶太 :どんなノルマだよそれ……

まはるん♪:週に6回はせんぱいと会うというノルマです


 いつの間に制定されてたんだ。


井口慶太 :それなら

井口慶太 :放課後をやるから週末は返してくれ

まはるん♪:「週6日」にします。

井口慶太 :そんなあ


 週末はのんびりが俺の信条だったのに。これから寒くなるし、ますますのんびりしたくなる季節だ。

 そんな俺の週末を犠牲にするくらいだったら、放課後の1回や2回くれてやる。そういう提案だったのだけれど、断られてしまった。


まはるん♪:それで、どうしましょう

まはるん♪:せんぱい、どこか行きたいところありますか?


 うーん。

 そういえば、聖杯戦争する映画の新しいのが上映始まったんだっけ。

 でも、そんなことより。


井口慶太 :外出たくない


 この感情が勝った。こんな日は、体に毛布を巻き付けて、iPadを持って、ごろーんとネットサーフィンするのがいいし、それ以外はしたくない。

 あ、そういえば。アマゾンから届くはずの、新発売の本もあったな。それも読みたい。


まはるん♪:「今日の一問」です

まはるん♪:どこか行きたいところありますか?

井口慶太 :家の布団の中

まはるん♪:ちなみに、今せんぱいがいらっしゃるのは?

井口慶太 :よくわかったな

井口慶太 :ベッドの上だ


 とはいえ、休日のこの時間に、ベッドの上にいない方が珍しいはずだ。普通まだ寝てるもん。


まはるん♪:ふーん

まはるん♪:わかりました

まはるん♪:今日のおでかけは、なしにしましょう


 あら?

 後輩ちゃんにしては珍しく、聞き分けがいい。


 まあ、そういうことならありがたい。のんびりできる。

 俺は、ベッドに横になったまま、とりあえずTwitterを見ることにした。


 * * *


 せんぱいは、出かけたくない、と言いました。

 無理もないですね。こんな天気では、誰だって気がめいっちゃいます。


 と、いうわけで。今日はせんぱいと会わずに終わる――とでも思いました?

 せんぱいに外に出る気がないのなら、わたしがせんぱいの家に行けばいいのです。


 先週、せんぱいに「駅にどうやって来ますか?」と聞きました。あの時のおはなしで、だいたいの場所がわかっています。

 あとは、まあ、しらみ潰しにいけばなんとかなるでしょう。「井口」を見つければいいのです。たぶん一軒家です。


 ファッションよし、メイクよし、手土産よし。

 それでは、行きましょうか。


 * * *


 せんぱいのおはなしにあった範囲は意外と狭く、すぐに表札を見終わりました。「井口」も無事に見つかりました。立派なお家です。

 さて。時刻は9時30分です。失礼にはあたらない時間でしょう。そもそも、突然押しかけるのが失礼といえば失礼なのですが。

 いざ、せんぱいのお家を訪問しましょう。緊張を抑え込みながら、わたしは、せんぱいの家のインターホンのボタンを押しました。


 # # #


 ピンポーン、というインターホンの音が聞こえてきた。

 目が、覚め


 Zzz……


 * * *


「はい」


 スピーカーから、女性の声がします。せんぱいにきょうだいはいなかったはずですから、お母さまでしょうか。


「突然失礼します。わたし、せん……」


 せんぱい、じゃないですね。


「わたし、慶太くんの後輩……友人……」


 こういう時、わたし達の関係は、どう言い表せばいいのでしょう。

 一度、こほんと咳払いをして、仕切り直します。


「わたし、慶太くんの友人の米山真春と申します。遊びに来ちゃいました」


「あら。慶太、なーんにもあたしに言わないのに、こんな可愛い子が遊びに来るなんて」


「えーと、その点は、すみません。事前に約束をしたわけではないです」


「あら? じゃあ、慶太に内緒で来たってこと?」


「はい」


「慶太に伝え……なくていいわね」


「へ? あの」 


「あの子、まだ部屋にいるけど、今、宅急便って言って行かせるから、真春ちゃん、だったかしら? ちょっと待っててね」


「あ、はい」


 はい?

 てっきり、断られてしまう流れかと思ったのですが。

 どうやら、せんぱいの家にお邪魔できるようです。


 # # #


「慶太? 宅配便よー、出てね!」


 はっ。危ない危ない。また意識が落ちてた。母親のドアの外からの声に、今度はしっかりと目を覚ます。

 まったく、息子使いが荒いんだから。受け取ってくれたっていいのに……たぶん俺の荷物なんだけど。


 玄関まで来て、サンダルをつっかけ、脇に置いてあるシャチハタを手に持って、目をこすりながら、ドアを開けた。


「おはようございます! せんぱい♪」


 ドアを閉じた。鍵を閉める。

 疲れてるんだな。昨日はカラオケでいっぱい歌ったから。部屋戻って寝直そう。まだ午前中だ。


「ちょっと! せんぱい!!」


 向こうから、どんどんどんとドアが叩かれる。


「開けてください」


 嫌です。と呟いた。ドアの向こうに聞こえたかどうかは知らない。

 玄関に背を向けて、部屋へと戻る。


「開けてくれないと親御さんにせんぱいの恥ずかしいこと言っちゃいますよ」


「どんなだよ」


 ドアを開けて、返事をせざるを得なかった。

 開けた瞬間、後輩ちゃんが白い靴をドアの隙間にねじ込んだ。これが噂に聞く「フット・イン・ザ・ドア」か。


「えへっ、来ちゃいました」


 白いセーターに、濃紺のピッタリしたデニムパンツ、上からは灰色のチェスターコートを羽織って、後輩ちゃんは、傘を畳みながら俺に微笑みかけた。


「慶太ー、ちゃんとご挨拶した?」


「挨拶くらい、言われなくてもするから」


 小学生じゃないんだから。


「あら。カメラ越しでも可愛かったけど本物はもっと可愛いわね。こんにちは、慶太の母です」


「こんにちは、お母さん。こちら、つまらないものですが」


 後輩ちゃんが進み出て、手に持っていた紙袋を、俺の後ろから顔を出した母さんに渡す。ガトーフェスタハラダの袋だった。


「あら、いいのに。ありがとう」


 俺はスルーかよ。


「じゃあ、慶太。あたし、真春ちゃんにリビングでお茶出してるから、その間に部屋片付けなさい」


「あ、お構いなく。別にせんぱいの部屋に直接でも」


「この子の部屋、本だらけだから、座る場所もないわよ?」


 おい。俺の意志はどこへ行った。なんでこいつが上がり込んでる。おじゃましまーすと言って靴を脱いでいる。


「なら、仕方ないですね。せんぱい、早くしてください」


 理不尽だ……


 はあ。溜息をついた。視線が下がって、自分がまだパジャマのままだったことに気付いた。

 マジか。


 # # #


 床に散らばっている本を、山にして、隅に寄せて、軽く箒をかけた。壁に立てかけてある小さな折りたたみ式のちゃぶ台を出して、座布団を持ってきた。まあ、こんなもんだろ。

 後は着替えるだけか。適当に、外に出かけられる程度の洋服を引っ張り出して、上半身裸になった時、部屋のドアが、ガラガラと音を立てた。


「せんぱい? あの、そろそろ片付け終わっただろうって、お母さまが……せんぱい?」


 後輩ちゃんの、声だった。ちょうど脱ぎ捨ててしまったタイミングで、元の服に戻ることも、着替えを終えてしまうこともできなかった。

 彼女が、こちらを見た。


 やたら冷めた眼になった。


「露出狂ですか? わたしにそんなに見てほしいんですか? でもぜんぜん筋肉ついてないですね」


「うるせえ。着替えてくる最中に入ってくるな」


 性別逆だったら今頃警察呼ばれてるぞ。


「だって、お母さまが」


「ノックすればいいだろ……」


 それくらい、考えてくれよ。まだ片付け終わってない可能性もあるじゃん。


 この後、一度出てもらって、何とか着替えられた。


 * * *


 せんぱいの部屋の印象を、ひとことで表すとしたら、「本」でした。

 部屋の壁は2面が本棚になっていて、それでも収まりきらない本が床に積み上げられています。


 お盆に乗せて持ってきた紅茶を一口すすって、せんぱいがわたしに聞きます。


「それで。何しに来た」


「せんぱいの顔を見にきました」


「見せたから帰れ」


「いやです」


 すぐ帰っちゃったらつまらないじゃないですか。


「せんぱいが、家から出たくないって言うのがいけないんです」


「俺もまさかこんなことになるとは思ってなかったよ……」


 せんぱいはそこで言葉を切ると、ラスクをかじりました。


「そもそも、雨が降るのが悪いんだ」


「そうそう、それです。だからわたしは悪くないです」


「いや、お前も悪い」


「家から出たくないって言ったせんぱいも悪いです。なのでみんな悪いです」


「お前が悪い」


「雨が悪いんです」


「……そういうことにしといてやる」


 おちゃぶ台で向かい合っての言い合いは、とりあえず終結を迎えました。

 一ヶ月前のわたしに、一ヶ月後のあなたは、せんぱいとこんなことをしてますって言ったら、どんな風に思うでしょうか。


「で。何すんの?」


「さあ? ところでせんぱい、この部屋寒くないですか?」


「暖房ないんだよ、この部屋。ほとんど寝るだけだし」


 紅茶で温まったとはいえ、気温は低いです。


「毛布貸してください」


「え、やだ。これ俺の」


「大きいじゃないですか。一緒に使いましょうよ」


 言い合っていても先が見えないので、せんぱいのベッドから毛布を取ってしまいます。そのまま、ちゃぶ台の下に入れて、簡易こたつの完成です。


「こたつ?」


「こたつですね」


「みかんが欲しくなるな」


「今年も出始めましたよね、みかん」


「俺まだ今シーズンは食べてないや」


 とりとめのない会話が、だらだらと続いていきます。


 # # #


「せんぱい。ところで、こういうのなんていうか知ってます?」


 1時間くらい、下らない会話を続けていただろうか。後輩ちゃんが、突然、こんなことを聞いてきた。


「知らん」


 もしかしたら、みたいなのはあるけれど。こっ恥ずかしくて、言えるわけがない。


「本当は?」


「知らんから。「今日の一問」。そういうの、何て言うの?」


 後輩ちゃんは、毛布の下で俺の足を軽く蹴ると、後ろに手をついて、こう言った。


「おうちデート、って言うんですよ」


 そうかー。なんか、どっかで聞いたことあるな。pixivかも。


「異議あり!」


 というか、ダウト。


「はい?」


「いやいや、おかしいだろ。デートって男女が示し合わせて出かけることだったじゃん。俺、出かけてないし」


「屁理屈こねないでください」


「男が出かけてない以上、デートとは言わん」


「じゃあなんでしょうね……密会とか? おうち密会」


「やばい方向に行ったね」


「家庭訪問とか」


「学校かな」


「突撃、となりの昼ごはんのお時間です」


「もうそんな時間なのか」


 スマホを見ると、確かに、正午を回っていた。


「というか、なんでわたしが考えてるんですか。せんぱいが異議をとなえた以上、せんぱいが考えるべきだと思います」


 代案を出す義務があると、そう言っている。


「んー……『登家(とうか)』とか」


「はい?」


「『家に登る』で、登家。ほら。俺たちの関係って、登校の途中がメインじゃん。だから、『登家』。これでどうよ」


 ちょっと傾けられた首の角度が、理解が進むに従って戻っていく様子が、正面からだとよくわかった。


「センスないですね」


「人に考えさせておいて」


 バッサリと切り捨てたのが嘘のように、彼女は微笑んで、こう付け加えた。


「でも、好きです。いいですよ、『登家』と呼びましょう。こういう行事」


 えっと、もしかして。


「またやるの?」


「当たり前じゃないですか。せっかくなのに。せんぱいも、わたしのおうちに来たければ来ていいんですよ?」


 この後、彼女は、うちで昼食をとり、母親にたいそう気に入られて帰っていった。

わたしの知ったせんぱいのこと㉙


お母さまは、けっこう美人だった。

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