雑貨屋のメリー
ランドルフと私は夕飯を食べ終えると常宿にしている「小鹿亭」に向かう。
王都を中心に活動しているのだから、宿屋に泊まるより家を買ったほうがいいと思うのだけど、3人とも宿暮らしだ。
家を買えるほど稼いでいるのに。
私はもちろん家を買える貯蓄はない。
仕送りでほとんど手元に残っていないのだ。
小鹿亭の食堂で、大ジョッキのエールを飲みながら夕飯を食べているウイスラを見つける。
彼は普段通訳がいないときは筆談でものを頼む。
テーブルの上には、大ジョッキとか豆の臓物煮込みなどが書かれた紙が置いていある。
彼の隣には雑貨屋に勤めているメリーがこちらもエールを片手にウイスラに向かって熱弁している。
「それで私は言ってやったのよ、お尻が触りたいなら娼館にでも行けってね。」
ふんっと鼻息荒くメリーはダンとエールが入ったコップをテーブルに置く。
ウイスラはしゃべらない分、話の聞き手として向いているらしい。
嫌な顔をせずに、ずっと相手をする。
声に出して相槌を打ったり、アドバイスをしたりしないけど、ときおり頷いたり首を振ったりと反応する。
メリーのようにただ話を聞いてもらいたいという女の子がよくウイスラに話をしにくる。
ウイスラの整った顔を見ているだけでも、幸せな気分になれるそうだ。
「相変わらずね、メリー。」
私は、メリーの前の席に座りながら苦笑する。
「あら、ノキア。相変わらランドルフにくっついているの?」
ふーんと言いながらメリーはニヤニヤしながら私の顔を覗き込む。
「別にギルドに換金にいってごはん食べてきただけだよ。」
私はちょっとむきになって言い返す。
メリーは私に顔を近づけ小声で「あんたそんなんだから、なかなか進まないのよ。ああいうタイプははっきり言わないとわからないわよ。」とささやく。
うーと私は小声で唸る。
「メリー、ウイスラが「メリーのお尻は魅力的だから触りたくなったんだろう」って。一体何の話?」
ウイスラと話こんで(?)いたランドルフが通訳をする。
「そうなのかもしれないわね。私って罪作りね。」
酔っぱらっているメリーはうふふと笑い出す。
というかウイスラ、あんた結構セクハラ発言しているよ。
涼しげな顔をしているけど、意外とむっつりスケベなのかもしれない。
「ところでエドがいないけど、どうしているの?え、もうご飯を食べて部屋にこもってるって?
若いのに活気がない男ねー。というかどちらかというといまだに思春期を引きずっているっていったほうが正しいのかしら。」
ランドルフはウイスラの表情を見ながら会話を続ける。
なにをどう判別すれば今の会話になるのだか、私にはまったくわからない。
「ねぇ、メリー。メリーはランドルフたちと結構付き合いが長いのよね?」
私は新しいエールを頼んでいるメリーにこっそりと尋ねる。
「そうね、私が子供のころからちょっとした付き合いがあるわよ。ウイスラなんてあの頃とまったく変わらない。あの人年をとっているのかしら。」
「まぁ、ウイスラはおいといて。ランドルフって昔からあのオネエ言葉なの?」
私は以前から気になっていたことをメリーに尋ねる。
「んー、どうだったっけ?昔から言葉使いは丁寧ではあったけど。」
頭の中までアルコールに支配されつつあるメリーは、はっきりと思い出せないようだ。
「メリー、明日も仕事なんでしょ。帰った方がいいかもしれないよ。」
聞き出すことに諦めた私は、店員が持ってきたエールをぐびぐびと飲むメリーをみて心配になる。
「ん。これ飲んだら帰るわ。」
「送っていこうか?」
「大丈夫よ、近いし。一人で帰れないほど酔っぱらっていないわ。」
メリーがそう答えるが、酔っ払いは自分は大丈夫といってかなり酔っている人が多い。
「ウイスラが送るそうよ。女の子二人よりはそっちのが安心だしね。さてと、あとはエドがOKすれば清掃行決定ね。ちょっと聞いてくるわ。メリー、気を付けて帰ってね。」
ランドルフは手を振ると、宿屋の二階へと上がっていく。
私は今日の清算したお金の分け前をウイスラへ渡す。
ウイスラはお金を受け取ると、紙とペンをとり何やら書き始めた。
書き終えた紙を私にウイスラは渡してくる。
「ん?なになに。カポリのダンジョンマップとワインを1ダース買い出ししておけ?それと水耐性の魔法を覚えてこい?あとは魔法回復剤とヒール薬を2ダース買ってこい?」
ウイスラは渡したお金から金貨20枚ほどを私の目の前に積み上げる。
つまりお使いを頼まれたのだ。
水耐性の魔法を覚えろとは最悪を想定してダンジョンマスターと戦いを考慮してのことだろう。
耐性魔法は支援魔法の一種でどの属性にも属さない。水耐性魔法といえば水属性を持っていれば覚えられそうだが、無属性魔法である。
無属性魔法は魔力十分にあったとしても、覚えられるかどうかは人それぞれ違う。
ある意味運の要素が高い。
試してこいという意味だろう。
もう一枚続けて紙をウイスラは私に渡す。
「水耐性魔法が覚えられたら、さっきメリーに聞いていたことを教えてやろう?」
メリーに聞いていたこととはランドルフの昔の言葉使いについてだ。
私はウイスラに聞かれていたことに気が付くと顔が赤くなる。
「べ、別にパーティメンバーの昔のことを聞くことに問題があるわけ?だってあんな変な言葉使っているんだもん、気になるじゃない。」
私はむきになってウイスラに言い募る。
ウイスラはくすりと笑うと、左右に首を振る。
どうやら問題はないと言っているようだ。
私は目の前に積まれた金貨をアイテムボックスに収納すると、さっさと席を立ち上がり、二階へと上がっていく。
これ以上一緒にいたら何を勘ぐられるかわかったものじゃない。
つまりウイスラから逃げたのだ。
私は部屋に駆け込むと、ごろりとベットの上に寝転がる。
手には先ほどウイスラから渡された2枚の紙を掴んでいる。
買い物メモは必要なのでとっておくにして、いまいましい2枚目の紙をもう一度読み返してから立ち上がり、蝋燭の炎でそれを燃やす。
めらめらと燃えるその紙を見つめていると嫌な過去を思い出す。
私が職をなくしたときのことだ。
あの時私は王都から離れた南の村に出稼ぎで宿屋の雑用をしていた。
王都と南国諸島の入口である港町の中間にある村で、王都と港町をつなぐ交易路にその村はあった。
それなりに宿屋は繁盛していた。
頻繁に積み荷を積んだ商人が行き来していたからだ。
あの商人が来るまでは忙しかったけど、充実した毎日を私は送っていた。
そこまで思い出し、ぶるりと体を震わせる。
こわごわと左腕を私は目の前に持ち上げる。
その腕にはその時つけられた火傷の醜い跡はなかった。
ランドルフが治療師を呼んで治してくれたのだ。
私は自分の左腕に火傷の跡がないことを確認して、ほっと息を吐く。
私は自分の部屋から抜け出すと、ランドルフの部屋をノックする。
「空いてるわよー。」
いつもの間の抜けたオネェ言葉に私は少し安堵する。
ドアを開け、私は部屋の中に入ると机の上でなにやら書き物をしていたランドルフを見つめる。
「ノキア、どうしたの?」
黙り込んだままの私を不思議そうにランドルフは見つめ返す。
「ん。ちょっと嫌なことを思い出しちゃって、能天気なランドルフの声が聞きたくなったの。」
私は素直に答える。
「能天気とは失礼ね。まぁいいわ。落ち着くまでそこで寝転がってなさい。」
ランドルフは自分のベットを指さす。
私はおずおずとランドルフのベットに腰かける。
ランドルフはそれを見届けると、立ち上がりベットまで近寄ってくる。
トンと私の頭を軽く後ろに押す。
私はそのまま押されて、どさりとベットに横になる。
「多少汗臭くても我慢しなさいね。」
「…嫌だ。」
私はそう答えながらも、ベットに残っているランドルフの匂いを嗅ぐ。
先程までの不安が少しずつ収まっていく。
「男に夢を持ちすぎてるんじゃないの?男は汗臭いものなのよ。」
しかめっ面でランドルフは答える。
「そっちこそ、女に幻想持ってるんじゃないの?女だって汗かくわよ、この季節は。だから我慢してあげるわ。」
私は寝返りをうって、ランドルフに背を向けベットの上で丸くなる。
少しこの状況に恥ずかしくなってきたのだ。でも居心地がいいので、部屋を出ていきたくはなかった。
「そう、それじゃあ我慢しなさい。」
優しいその一言に私はほっとする。
今の私はかわいそうな下働きの女の子じゃない。我がまま勝手な冒険者の女の子なのだ。
「明日ウイスラに頼まれた買い物をしてくるわ。ランドルフも何かあるならメモっておいてね。」
「ノキア一人にまかせたら何買ってくるかわからないから、一緒にいくわ。あんたこの前酸っぱいワイン買ってきたでしょ。あの味は最悪だったわ。」
そういえばそんなこともあったっけ。
私は安値で仕入れてきたワインを飲んだときのウイスラとランドルフの顔を思い出して笑い出す。
「まったく反省していないわね、この子は。」
呆れたようなランドルフの声に私はがばりとベットの上から起き上がる。
「もう寝る。寝不足でまたワイン間違えたりしたら怒られるし。」
ランドルフは私に「もう大丈夫?」なんて言ったりしない。
ただ、私の顔みて「おやすみ。」と穏やかに声をかけてくれる。
「おやすみ。また明日。」
私は少し安らいだ顔で返事を返すと、さっさと自分の部屋へと戻った。
大丈夫。もう安心して眠ることができる。
私はベットに横たわる。
その日はそのまま眠りにつくことができた。
次話からもう少し話のスピードを上げていきます。
だらだらしすぎました。。。