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鏡淵の調律 外伝 羽鳥家始源記  作者: ちとせ鶫


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8/8

第8話 羽鳥家とは何か

≪如月澪 記≫


     * * *


 この手記を書き終えて、私は一つのことに気づいた。

 羽鳥家を説明しようとするたびに、言葉が「していないこと」になる。


     * * *


 介入しない。

 所有しない。

 定義しない。

 揺らぎを止めない。

 境界を開かない。

 向こうの者をこちらから呼ばない。


     * * *


「していないこと」ばかりに見える。

だが——これは「何もしない」とは全く違う。


     * * *


「聞く。記録する。名前を渡す。そこにいる。

必要な時に、個人として動く。


羽鳥家は、境界を守る家ではない。

境界を壊さないように——ただ、見守る家だ」


——羽鳥陽子


     * * *


 鏡淵事件を経て、私は「見守り」というものの重さを身体で知った。

 見守ることは、傍観ではない。

 傍観は——見ていない。

 見守りは——全部を見た上で、動かないことを選ぶ。

 それはどれほどの重さか、やってみなければ分からない。


 陽子が「管理権限者としてではなく、私個人として地脈を開ける」と言った時、その言葉の意味がやっと分かった。

 羽鳥家の千年が、その一文を支えていた。

 千年の「していないこと」が、一瞬の「すること」を可能にした。


     * * *


> 境界は、壁ではない。

> 境界は、膜である。

> 膜は呼吸する。

> 呼吸する膜の側に、いつも——

> 聞いている者がいる。


     * * *


「観測することが、世界を維持することがある」と陽子は私に言った。

私はその言葉を、夕莉さんに渡した。

夕莉さんはその言葉を——新しいノートの最初の行に、

「夕奈が、甘い卵焼きを食べた。好きだと言った」と書いた。


それは観測記録ではなかった。

でも——それが、見守ることの着地点だと私は思う。


     * * *


「だんだん」——出雲の言葉で、「ありがとう」という意味だ。


陽子から私へ。私から梓さんへ。梓さんから夕莉さんへ。

夕莉さんから——誰かへ。


言葉は、渡した後も、なくならない。


——如月澪 記


     * * *


〔鏡淵の調律 外伝 羽鳥家始源記 了〕

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