第24話 意外と真面目なエロイゼ大臣
翌日、女性用更衣室の近く。
「うーむ、他人の事を勝手に語るのは少し、な……」
何故か傷だらけになっているエロイゼ大臣にムテキンの事を尋ねたリルムでしたが、大人の対応で断られました。
さすがに大臣を任せられているだけあって、少しは常識があるようです。
「どうしても教えて欲しいんだけど、駄目かな?」
「フフフ、ただでは教えられん。ただではな、フヒヒッ」
……やっぱり常識なんてないのかもしれません。
「もし変な事をするなら叩くから」
リルムは腰に提げている鞘を付けたまま剣を腰から抜くと、軽く膝を曲げました。
いつ相手が飛び掛ってきても迎撃出来る鉄壁の構えです。
ですが――
「やれやれ、騎士団長ともあろう者が少し喧嘩早いな……」
エロイゼ大臣は溜息を一つ吐くと、素早く飛び退きます。
(ただの変態じゃない。かなり出来る……)
素早い身のこなしから運動能力が高い事は一目で解りましたが、それ以上にリルムが驚いたのは絶妙なまでの間合いの取り方です。リルムが深めに踏み込まねば剣が届かない距離でありながら、避ける事が出来れば素手でもカウンターを狙える、付かず離れずの距離。
そして鞘を付けたままとはいえ、剣を持った相手に恐れ一つ見せない態度。
「……ごめんなさい。身勝手なのは解ってるけど、どうしても知りたいんだ」
リルムは構えを解き、頭を下げて頼み込みました。
素手であろうと大臣の実力は自分より遥かに上だと感じたのもありますが、それ以前に自分の方が無理な頼み事をしているのに脅すような態度を取ったのを恥じたからです。
まあ、頭を下げつつも大臣の足元を見ており、近寄ってきたら逃げる気満々でしたが。
「ふむ……」
リルムの態度に大臣も構えを解くと、顎に手を当てて考え込みました。
「一つ聞いておく。その、アレだ……。ああいう言葉を言った私が言うべきではないのだろうが、あんな事があったのに男が怖くはないのか?」
そして、今までの変態的な態度とは打って変わった気弱な声で問い掛けてきます。
「あれからずっと仲間達と訓練してるのに何もないんだよ? 今更怖い訳ないじゃん?」
いきなりの大臣に急変に戸惑いつつも気楽に返答したリルムでしたが、
「……本当にそうか? 君が殺す気ならともかく、その腕と鞘を付けたままの剣で本気の私は止められない。もしも今、私に押し倒されても恐怖を思い出さずに騎士として対応出来るか?」
大臣はどこか気遣わしげではあるものの、獰猛な目付きでリルムを睨み付けてきました。
その迫力は、この間の賊に襲われた時よりも重く激しいものがあります。
(あ、アレ? 変だな。本気じゃないなんて解ってるのに……)
大臣の台詞や行動は確かに変態にしか思えない部分が多い。今日も大臣を見付けたのは女子更衣室の傍だし、何故か妙に傷だらけだ。
それでもリルムには大臣が台詞ほどの変態にはどうしても思えないのだ。それどころか、少し話してみた感じだと、人の嫌がる事は決してしない誠実な人間のように思えるのです。
(あんな乱暴者とは違うのに……)
それなのに、リルムは全身が震え出すのを止められませんでした。
今にも落としそうになる剣を、落とさないように握り込むだけで精一杯です。
「……心に刻まれた傷や恐怖は心が自覚した瞬間に蘇るものだ。そんな状態になっても、まだムテキンの事が聞きたいのか?」
まるで説教でもするような口調で呟く大臣ではありましたが、その表情はあまりに申し訳なさそうであり、傍目にはリルム以上に傷付いて見える痛々しさでした。
「……うん、確かに怖くないって思ってたのは勘違いだったみたい。今だって身体が震えるのが止められないし、近付かれたらパニックになって剣を抜いちゃうかもしれない」
そんな言葉とは裏腹に、リルムは身体に力を入れて大臣を見詰めました。
恐怖で身体は震えっ放しにも関わらず、真っ直ぐに大臣を見詰めるリルムの眼差しは、どんな言葉よりも雄弁に彼女の気持ちを語っていました。
「……ただ興味本位で聞きたい訳ではないようだな。ならば私も真剣に話さねばなるまい」
リルムの真剣な気持ちが伝わったのでしょう。
「さて。まずはムテキンの事を話す前に彼の父親の事から話そう。ムテキンの事を語るには欠かせない人物なのでな」
どこか柔らかな表情で大臣は語り出します。
「ムテキンの父親と私は同期の学園生でな。ヤツは家柄こそあまりよくなかったものの、ずば抜けて頭がよかったのだ。今となっては中央王立学園を首席で卒業した天才という薄っぺらい言葉でしか語れないが、ヤツ以上に頭の良い人間に私は一人しか会った事はないし、今でもヤツ以上の成績を中央王立学園で残した者は居ないだろうな」
ちなみに中央王立学園とは、言ってしまえば国が作ったとても大きい学校です。
入学するだけでも難しく、たとえ中退してしまったとしても在籍経験さえあれば職に困る事すらないとまで言われるほどの名門だったりします。
「嘘!? だってムテキンはあんなに頭悪いじゃん?」
「まあ話は最後まで聞け」
大臣はリルムの追求の言葉を遮って話を続けます。
「腕っ節に関しては全然駄目だったんだが、頭のお陰で良い地位に就いていてな。おまけにムテキンそっくりの甘いマスクだったせいもあってモテにモテていたよ」
(……顔だけなら、大臣も相当に格好いいんだけどね)
変態的な行動と台詞のせいで普段は隠れていますが、何気にエロイゼ大臣はワイルド系のイケメンなのです。どこか荒々しく力に満ちた顔付きは、リルムと親子ほど年が離れている事なんて一切感じさせないくらい精悍だったりします。
「ただ格好良いだけならよかったのだがな。ヤツはあまりに優秀が過ぎた」
心の中だけとはいえ、リルムに褒められている事なんて気付かず大臣は話を続けます。
「おそらくは当時の敵対国からだろう。刺客が放たれ、息子であるムテキンに城の見学をさせている最中にヤツは襲われた。首を狙う刺客の刃を受け、ムテキンの目の前で――」
大臣の先の言葉を想像し、ゴクリ、とリルムは生唾を飲み込みました。
「ヤツの被っていたカツラが吹っ飛んだ。見事にカツラだけな」
「か、カツラ? その、首とかじゃなくて?」
聞き間違ったのかと思い、リルムは慌てて聞き返しますが大臣は頷きます。
「ああ、カツラだ。いくら弱いといっても襲われたら逃げようとするだろう。逃げようとしている人間の首なんて、よほどの腕があってもそう簡単には飛ばせんよ」
「よかった……。目の前で自分の父親が死んじゃったらトラウマものだもんね……」
ほっと胸を撫で下ろしたリルムの姿に、大臣は穏やかに目を細めました。
何だカツラかとガッカリするような人間でなく、ムテキンの事を純粋に心配出来る人間で嬉しかったのです。




