第23話 惚気るお姉様
「それに、ね……」
言葉を区切るとアデラレーゼは俯いて顔を赤くします。
しかも、微妙にニヤケた表情で。
「あの人が喜んでくれる事で、誰にも迷惑を掛けない事なら全部してあげたいの。私が何かして喜んでくれるのも嬉しいし、自分にしかそういう頼みしてないんだなって思うと可愛いというかね。甘えてくれているっていうか、心を許してくれているみたいで幸せなの」
モジモジとしながら、それでもはっきりとアデラレーゼは告げました。
顔が赤いのに、恥ずかしそうな雰囲気を一切感じさせない姿からは、嬉しさと幸福感だけが溢れています。
純度百%の惚気です。
「アデラお姉様……」
二割程度の羨ましさと八割引いた目でリルムは自分の姉を見詰めました。
どうして引いている割合の方が多いかと言うと、こんなモジモジクネクネした生き物は、自分の知っている姉とは違う生き物にしか見えないからです。
「今なら私にも解る気がするわ。愛している人を鞭で叩きたくなんてない筈なのに、それでも鞭で叩くしかなかったミュリエルお義母様の気持ちが……」
「そ、そう……」
今度こそリルムは完全に引きました。
心だけでなく、物理的にも数歩下がって血の繋がらない姉から距離を取ります。
「アデラお姉様も完全にそっちの世界の住人になっちゃったんだね」
そして、今にも零れそうになる涙を堪えました。
努力家で強くて優しくて綺麗で、人としても同じ女性としても尊敬していた姉。
その姉がどこか遠くへ行ってしまった。いえ、居なくなってしまったようにすら思えて、あまりにも悲し過ぎて。
ですが――
「好きな人を踏み付けて嬉しいなんておかしな人間だと私も思うわ。嫌いになったり避けられても仕方無いでしょうね。それが当然の反応だと思うもの」
アデラレーゼはリルムの心を正確に読み取ると、自分がおかしいと認め、避けたがるリルムの気持ちを肯定しました。
それはリルムがよく知っている自分の姉の姿でした。
自分が傷付いている事なんか表にも出さず、より自分を傷付けてでも相手の心配をしてくれる誇らしい姉。
……そしてずっと悩んでいたのに、自分が何もしてあげられなかった姉。
「ううん、ちょっと驚いただけ。お姉様がお姉様として変わってないなら、嫌いになんてならないよ。だからどんなに変わっても、大事な部分だけはボクの大好きなお姉様で居てね?」
「あら? 大事な部分が変わってしまったら、リルムは私を嫌うの?」
からかうような軽い感じでアデラレーゼが尋ねますが、
「嫌うっていうのとはちょっと違うけど、喧嘩しようかなって思ってる」
リルムは思いの他、真剣な表情で答えました。
「もしお姉様が嫌なヤツになっちゃったら、さ。お姉様に嫌われても憎まれても、お姉様の敵になって、今のお姉様は変だって伝えたいんだ。ボクはお姉様達みたいに頭が良くないから、きっと口とかじゃ伝えられないと思うし……」
そこでリルムは言葉を止めました。
驚いた表情でアデラレーゼが自分を見詰めていたからです。
「な、何かボク変な事言っちゃった? 頭悪いから上手く伝わらなかったかもしれないけど、アデラお姉様の事を嫌いになりたいとかそういう意味じゃなくて、その……」
アデラレーゼの気に障ったと思ったのでしょう。
慌ててリルムは弁明しようとしますが、上手く言葉になりません。
「ごめんなさい。ただ驚いただけよ。私の中で貴女は守ってあげたい可愛らしい妹でしかなかったけど、もう誰かを守れる立派な騎士になっていたのね」
慌てるリルムに、誇らしいものでも見るような目でアデラレーゼは笑い掛けました。
「そ、そんな事ないよ。この間も危ないところをムテキンに助けてもらったばっかりだしさ……」
「力が及ばなかったとかいう結果の話じゃないのよ。目を背けたい事からも逃げずに真っ直ぐ立ち向かう勇気と強さがリルムにはあるわ。私に少しでもそういう部分があったら、もっと早くお義母様と仲良くなれていたのに」
悲しそうにアデラレーゼは自嘲します。
「いや、アレはちょっと特殊過ぎでしょ?」
(立ち向かう勇気と強さか。ありがとう、お姉様)
苦笑いを浮かべつつ返答したリルムは、心の中だけでアデラレーゼに礼を述べました。
「うん。悩んだり他人の意見で決めようとするなんて、ボクらしくないよね」
そして、ムテキンの事をエロイゼ大臣に聞こうと決意したのです。




