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マドレーヌ13歳、秋。~三下系悪役令嬢の登場〜

「昨日は()()()調()()()()()()なんて、災難でしたわね。マドレーヌ様」


 学院生活3日目。

 校舎に入るなりモニカは笑顔でそう言った。一瞬の戸惑いの後、礼儀正しい彼女が挨拶もそこそこに声をかけてきた意味を理解したマドレーヌはすぐに表情を作り、“了解”の意味を込めてモニカにこくりと頷く。


「ご心配をおかけしましたモニカ様。一晩ぐっすり休んだらこの通りで。お恥ずかしながら、素敵なお友達ができたことで気持ちがすっかり舞い上がってしまったのです」


「ふふ、マドレーヌ様ったら。わたくしも実はね、昨夜は嬉しくってなかなか寝付けませんでしたのよ」


 きゃっきゃっと手を取り合い、小鳥のように仲睦まじく語り合う愛らしい2人の少女。昨日も見られた光景だが、昨日と今日では意味が異なる。


 モニカは子爵家の令嬢で、建国以来の歴史を持ち、領地も豊か。そのモニカと貴族としては新顔のマドレーヌが名前を呼び合うほど親しい仲であることを知らしめると同時に、昨日の騒動について触れるなと牽制する。この辺りの機微はさすが生粋のご令嬢だ。静かな圧のかけ方を目の当たりにしてマドレーヌは感心した。


「お2人とも私は除け者ですか?マドレーヌ様、モニカ様と来たら昨日よりずっと早く学院に来て、ずぅっとソワソワしていたんですよ」


 そこに成績最優秀者のジョンも加わる。身分こそ平民だが、入学式で学院長に直接お言葉を賜った彼は将来有望株の筆頭だ。


「まぁジョン!乙女の秘密を暴くなんて非道い(ひと)ね」


「わたしにとってこんな嬉しいことはないわ!モニカ様大好きです!教えて下さってありがとうございますジョン様」


「ははは。マドレーヌ様もお元気になられて何よりです」


 マスターコースならいざ知らず、平民と下級貴族がほとんどのビギナーコースでは、伝統貴族でしかも子爵家であるモニカの家格は上から数えた方が早い。その彼女が体調不良と言い、エリート平民も追従する。あの現場に居合わせた者も居るだろうが、ここは“機を見るに敏”の貴族社会で生きる術を学ぶ場。事実や心の内はどうだろうと『マドレーヌは体調不良で早退した』ことに意を唱える者など、王立学院にはいない。普通なら。


「あら。騒々しいと思ったら畏れ多くも王国の中核を担うデライト侯爵家に(とが)を負わせた不敬者ね」


 廊下の隅々にまで響いた声に周囲は水を打ったように静まり返る。その様子にふふんと鼻を鳴らした声の主は、やたら派手な出で立ちの少女だ。

 ココアブラウンの髪をくるくる縦ロールにし、頭のてっぺんには手のひらに乗るほどの大きさのミニティアラを装着。金糸銀糸をふんだんに使用した多彩色(マルチカラー)のドレスは光り輝いて見えるほどゴージャスだ。太陽の下では痛いほど眩い彼女にマドレーヌは心の中で『スタングレネード嬢』と渾名(あだな)をつけた。


「ブリガ・デイロ様、そのようなことを仰っては可哀想ですわ」


「今はともかく、元は身分の上下も知らない田舎者ですものね」


 令嬢その1、その2を侍女の如く従わせるブリガ・デイロといえば学院の有名人だ。金融家でめっぽう羽振りの良いデイロ氏を父に持つ、目立ちたがり屋の我が儘娘。昨年の入学から半年足らずで”ビギナーコースでブリガ・デイロを知らなければモグリだ“と言わしめるほど悪評が広まりきっているが、本人はそれを褒め言葉だと思って浮かれているようで、知らぬは当人ばかりなり。


「トルシーダ様やパソッカの言うのは尤もだけれど、貴族社会で必要な上下関係を教えて差し上げるのも上級生の務めよ」


 ビギナーコースは単位制だから、入学年に違いはあれど上級生だの下級生だのという概念はない。職を得てからの学院生は別として、卒業までの期間が短いほど優秀なのだから、通学年数の長さでマウントをとるほど馬鹿を(さら)すものはない。”上級に進む“と言えば普通はマスターコースへの進学を指し、ごくたまに留学という選択肢が出てくる。


「いいこと?貴女が昨日の振る舞いで恥をかかせたのは」


「どなたかは存じませんけれど、貴女、不敬よ」


 言わせねーよ?と食い気味でマドレーヌは言葉を挟む。昨日の男といいブリガとかいう女といい、何の怨みがあって乙女の安眠と快適な寝覚めを妨害するつもりなのか。イラッとしてつい冷たい声になったのは許して欲しい。現世ではまだ13歳なのだ。


「ああッ貴女ッ?!このブリガ・デイロを知らないなんてッ!」


 わなわな震えて扇子をギギギと鳴らす。怒りで顔を歪めるあまりメイクに皺が寄って、なかなかの厚化粧らしいことがわかった。


「貴女が誰かなんて関係ないわ。畏れ多くも()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()の娘のわたしとの間にトラブルがあったなんて、()の家に対する不敬だと言っているの。そもそも、わたしと彼の家の方とはご面識もないのよ。変よねぇ?」


 野次馬の中に算術教室で見かけた顔を見つけて巻き込む。お前くらいはマトモであってくれよ、と目でしっかり訴えながら。


「はい!コメルシー嬢の言う通りです!はい!」


「伝統貴族のデライト侯爵家が新興のコメルシー男爵家と揉めたなんて、デライト家に力が無いと言っているのと同義だからねぇ」


 圧をかけ過ぎたか、うっすら青ざめて赤べこのようにコクコク頷く人形になり下がった少年に代わって隣にいたふくよかな男が説明する。マドレーヌ達より幾分か年上に見えるから貴族社会や社交界についても詳しいのだろう。


「揉めたのが事実なら『男爵家一つ潰せないなんて』と侮られてしまうし、事実でないなら『そんな噂が立つくらい影響力が低下しているなんて』とやっぱり侮られる。だからもし、そんな噂が耳に入ったら噂の元から根絶しないといけなくなっちゃう。怖いよね、貴族社会って。――おっと、そろそろ授業が始まっちゃうね!みんな急ごう?」


 他言無用の念を押し、最後に少し(おど)けて空気を和らげてから解散を促す見事な手腕で野次馬は各教室に散っていく。


「場を治めていただきありがとうございました、卿」


 ぎこちないカーテシーで感謝の意を伝えるマドレーヌの隣にモニカが並び、こちらは優雅にカーテシーを()める。


「ご不快なお話をお耳に入れましたこと、先の者に代わりモニカ・コシチェがお詫び申し上げます。ナウル・()()()()伯爵」


 爵位こそ違えどまさに先ほど耳にしたばかりの家名にたじろぎ転倒しかけたマドレーヌを支えたのは真後ろからジリジリかかる重めの圧力。ちらりと横目で確認すれば、貴族家の子女がずらりと背後に並んで礼をしているではないか!先ほどの少年が怯えていたのはポッと出の男爵令嬢の視線などではなかった。正真正銘の高位貴族、他家を容易に潰せるほどの権力者が、自家を貶す発言を自分の隣で聞いている。その事実に恐怖していたところに巻き込んでしまったようだ。名も知らぬ少年よ、申し訳ない。


 まるで大奥だの医療ドラマの教授回診だな、といくら逃避しても現実は変わらず、しかもその最前線に自分がいることにマドレーヌの血の気はどんどん引いていく。


「騒がせたね。学院長室に行きたいのだけれど、そこの君、案内してくれないかな?」


 琥珀色の瞳がマドレーヌを射貫く。今すぐ逃げたい。気が遠くなれたらどれだけ楽だろう。そんなことを思いながらマドレーヌは引き攣った笑顔を顔面に無理やり貼り付けた。



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