ナウル・デライト26歳、晩夏。~鷲の姫~
「命拾いをなさいましたね」
噂通り鳥のモチーフを身に着けた3人が銘々の部署に戻るのを見送り、王妃の侍女は大真面目な顔で言う。御冗談を、と返したいところだが、「初恋」の一言に対する2人の過剰反応を目の当たりにすれば、もしもの時は無事に家に帰られただろうか疑問である。
「デライト侯爵も、満更でもないようなお顔でしたけれど」
「それは…」
想いを寄せられて嫌な気持ちはしない。どころか、どきりと高鳴ったのは事実。もしも、もしもそうならばと伸ばそうとする手を押し留めたのは、上司としての責務よりも「彼女に相応しい男でありたい」と願う矜持だった。
「凡人の身が才ある者に認められたならば、色恋は扨措き、喜ばしい事と感ぜられるのは仕方のないこと」
「御謙遜を。デライト侯爵は大変に才気の溢れる御方に御座います」
些か脱線したが貴族らしい長い前置きも済み、これからが本題であり、王妃が故国から連れて来た唯一の侍女がこの場にいた理由でもある。
「両陛下に温かな茶を」
「畏まりました」
指示を出すと、隙なく刈り込まれた植え込みを目隠しにした位置で、偶々、気紛れに、夫婦の寛いだ時間を過ごしている国王と王妃の両陛下の下へ参じる。
鋭いようで自らの事にはぼんやりしている彼女だ、考えてもいないだろうが、ヘルギさんとマドレーヌの身分が確定し、公表する手筈が整ったということは、いずれ国賓として招く用意もあるという事。ミケーネの王族とその夫が公開演習で挨拶をし損ねたあのグラスベルグ家だと耳にし、妃陛下はあからさまに狼狽えて挙動が怪しくなった。このままでは仮病か何かで引っ込んで貰うより他ないと思われるくらいで、仕方無しに3人の中で一番話が通じる人間の顔を前もって認識し、心構えをしていただくのが今日の茶会の目的だ。畏まった場所ではマナー講師に習った通りの外向きの態度を崩さない彼女の普段の様子をご覧いただく為に保護者を招き、余計なものもなるべく排除して。
「お忍びの視察のようで、ふふっ、楽しゅう御座いますわね陛下」
「うむ」
両陛下は満足そうだが、妃陛下が物陰からじぃっと此方を凝視して居るのは向こうに、特に妃陛下の腹の中にいる女神と交信できる巫女は早々に勘付いて「室長のお陰ですくすく元気に育ってるそうです。本当にありがとうございます」なんてこっそり礼を言われたくらいだが、元より隠し果せるとは思っていなかったからまあいい。
「妃よ。娘は、余と妃の従姪である」
「ええ、陛下」
誇らしげな陛下の声に優雅に頷き、妃陛下は紅茶を口にした。
「空から地上を見るかのような広い視野と狙った獲物を捕らえて放さない鋭い爪を持つ、鷲のような姫君ですわね」




