メティヴィエ・キエフルシ27歳、晩夏。~噂の聖女〜
「ラノー、ご覧なさい。笑える文が届いてよ」
公爵家に寄せられる手紙は、援助を求める内容も少なくはない。殊に、持てる者からの寄付に頼らざるを得ない孤児院や貧窮院からは、此れ迄援助していた家が取り潰しないし没落した事による運営資金難を訴える声が多い。公爵家といっても際限なく支援出来る訳でもなく、また、他の支援者との関係性も鑑みて、援助するか否かを決める。その作業の中で開封した一通の手紙に、呆れを通り越して笑いが込み上げた。
「近頃の物乞いは随分と居丈高なので御座いますね」
「加えて、酷い妄想癖もあるようよ」
言うに事欠いて「援助を受けてやっても良い」との旨が記された手紙には、「キエフルシ公爵夫人の悩み事」として夫との不仲を挙げ、自分ならその悩みを取り去る事ができるともあった。第一子ルリジューズの誕生以降、子に恵まれなかったからの推察だろうけれど、それはあのクソババアこと前公爵夫人の画策で夫婦の時間が持てなかったからで、クソババアが自分の息の掛かった家の娘を夫に充てがう為に色々と吹聴していた事も関わっているのだろう。けれど今は夫婦仲もよく、公表していないだけで腹の子はすくすく育っている。
「御可哀そうに。お父様があのように不名誉なお亡くなり方をした所為でしょう」
父親は避暑地キーバーで客死、それも、商売女相手に年甲斐もなく毎夜励んだ結果の腹上死である。本人が娘盛りをとうに過ぎても嫁いでいないのもあり、父親の死後からそう時を置かず娘は品性下劣な連中から“好き者の娘”と揶揄されている。要は、父親がそうした人間なのだから娘も肉欲が旺盛で身持ちが悪いゆえに嫁ぎ先がないのだ、と。
「そうね。己を聖女だなんて、とても正気では名乗れないもの」
その令嬢は、一時期は“民衆の聖女”を、今は“夢想の聖女”を名乗って信者を集めていると聞いている。その手法は至って単純で、社交の場での勧誘と下層市民の居住区での炊き出しである。
けれどまた、炊き出し目当てに王都の外からも浮浪者や無宿人が集まり、治安が悪化しているとも聞く。災害等が発生した際にごく短期間、生活を立て直す期間だけ食料を提供するならば道理に適う。けれど、ただ無償で配るだけでそれ以外は何の支援もしないのだから、他の地域から犯罪者や犯罪者未満を集めるだけ。腹に一物抱えた者は手駒を増やせて喜ぶだろうけれど、王都に暮らす善男善女にとって良いことなど一つもない。
「頭の愉快な聖女様は扨措き、此方の、本物の神の徒からの御依頼は如何なさいますか?」
ラノーが手にしたのは、とある施設からの訪問依頼。王都にある女子修道院が経営する孤児院で以前から名は知られているし訪問もした事もある。けれど今、以前とは大きく異なる点が一つ。
「勿論、行くわ。あのスュトラッチ家が慈善活動に関わっただなんて、わたくしの知る限り他に無いもの」
最近になりスュトラッチ家の手が入った事で、修道女達が手を焼いていた数人の子供の態度が明らかに改善されたという。食料を無駄にばら撒くより能のない“聖女”なんかよりも社会から溢れる人間を減らす活動の方が、素晴らしく画期的で長い目で見ても社会の為になる。そうしてその活動に名を連ねているうち、ただ1人、スュトラッチ姓ではない人間がいる。
“聖女”などと自ら称する事も無ければ恩返しさえもさせてくれない、一代では返せない程に大きな恩を与えてくれた、歳の離れた可愛い妹分が。




