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フュルギエ50歳、晩夏。〜未来視の聖女〜

「国主家の御成婚を控えた年は何処の国も大なり小なり騒がしいものと相場が決まっておりますが、此度は話題に事欠きませんな」


「“奇跡”騒動も冷めやらぬうちに今度は未来視を持つ“夢想の聖女”とは…」


 老司祭の言葉に若き司祭は溜息混じりに呟く。この頃市井に聖女を名乗る女の噂が広まっている。極一部に熱烈な信奉者が居る以外は概ね嘲笑の対象として、ではあるが。


「笑い事ではありませんが、こうも続けば笑うしかありませんね」


「笑いすら出ませんよ、此方は。小さな教会だというのに引っ切り無しに問い合わせが来て、修道士達もその対応で手一杯という有り様なんですから」


 偽物の“奇跡”の次は自称“聖女”。権力(ちから)を望み勝ち取る為に、自身の功績や実績を誇大化したり時に虚飾して喧伝する輩はいつの時代も存在する。そうした手合いは一度でも「それは事実か?」を問われる側の煩わしさを想像したことがあるだろうか。尋ねる方は一度でも、それが何十人、何百人となれば対応する側の負担もそれだけ大きくなる。時には王都での噂を耳にしたと思しき遠い地方の小さな教会からの問い合わせが寄せられる事もあり、これは物事をしっかり順序立てて抜けのないよう回答せねばならない為に更に時間と手間が掛かる。それらの対応のために本来行うべき神への奉仕にも差し支えるほどで、今日のこの場は教皇や枢機卿が出るほどの問題ではないが教会で対応すべき事柄として、要は現場に丸投げされた為に、王都とその近郊の街の司祭や修道院の院長らが集い教会としての公式見解を出すために設けられた。

 そして私は此処で皆の下した結論が正当な議論によって導き出されたものであるという証人と、教皇に提出するための伝書鳩として、黙って座している。


「“奇跡”にしても“聖女”にしても、直ぐに露見する嘘を吐くなんて一体何を考えているのか」


 部下や同僚の功績を横取りする程度ならば隠し果せるだろうが、“奇跡”や“聖女”となれば教会が出張って事実確認をする事になる。国内外に影響力を有する大きな組織が念入りに調べるのだから嘘や偽りは通用しない。無論、教皇に充分な見返りを渡せば話は別だが、それが可能な人間ならば“奇跡”や“聖女”などというややこしい肩書きを態々求める真似はしないだろう。“運命の恋人”でも“純愛王”でも何でも、もっと別の、使い勝手の良い呼称など幾らでも創り出せるのだ。


「考えの浅い人間なのでしょう。それで、聖女の予言はこれですか」


「なんと恐ろしい!王国滅亡の予言ではないか!」


「まったく、これを信奉する者が少なからず存在する事自体が嘆かわしい」


「未来視での予言というのも悉く外れており、教会として評価すべき点も見当たらず。そうした結論で、皆様宜しいでしょうか?」


「「「「「異議なし」」」」」


 司祭達は口を揃えて早々に結論を下し、それを記した書面に一人ずつ署名していく。これを教皇に提出すれば、問題なく今日中には公式見解として発表できる。集まった皆はそれを持ち帰り、王都から遠い地の教会にも通達し、そこから更に僻地へも伝播するのだ。未来視の聖女は偽物で、教会では存在を否定した、と。

 だが。



 ―ある時点では起こり得た、回避された未来。



 噂の真偽を問う為に予言の内容を調査していた司祭から事前にそれが提出された時、表情は平静を装ったが、息を呑み凝視してしまった。何故なら、貧民街での毒麦病の発生とキエフルシ公爵家で何らかの異常事態が発生しただろうことは、私が実際に見聞きした事実であったからだ。けれど表向きは貧民の移送は「この長雨である。荒屋(あばらや)に暮らす者達の置かれた境遇は悲惨の一言に尽きる。故に雨風の凌げる広い建物を提供しよう」という慈悲から発したものであるし、キエフルシ家に起きた何事かは噂一つ立っていない。

 これが意味するのは何か。



 ―何者かが望み、筋書きを描いた未来。



 もしも、それらが実際に起こる「別の未来」があったとしたならば。未来視の聖女を教会は諸手を挙げて歓迎しただろう。国も、半信半疑であっても無視は出来まい。未来視が度々的中すれば能力を取り込む為に権力を与えたろうし、国難を救った聖女として信奉者も増えただろう。――敵国と繋がっているが故の、未来視とは気付かずに。


「愚者は雄弁を好み、賢者は沈黙を尊ぶ」


 誰かがぽつりと発した言葉が全て。様々な裏工作を仕掛け終わり、満を持して投入したのだろう“未来視の聖女”が、その裏にある何者かの存在を炙り出したのだから、まさに「語るに落ちる」だ。


「まったくですね。本物の“夢想”は語らずして皆に気付きと変化を与えているというのに」


「本物の夢想??」


 書面の内容を検めて証人欄に署名する手が止まる。顔を上げて見回せば王都の者は勿論のこと、この会の為に余所から来訪した者達も納得したように頷いており、この場に於いて知らないのは唯一人、私のみであるようだった。


「おや、大司教様の耳には届いておりませなんだか」


「ああ、そうでした。”夢想“の名が生まれる前より中央教会に度々訪問がありますもので、特に報告はしておりませんでした。“夢想の兄妹”、今やただ“夢想”と呼称されていますが、コメルシー様ご兄妹とフルン・スュトラッチ様の仲睦まじいのを指して呼ぶ名なのです」


 なるほど、実の親子と守護者の青年か。中央教会にも手土産という名の有用な開発品を持って何度も来ている。祈りも懺悔もしないし必要のない彼らは、真実、本当に、親戚の元に遊びに来る感覚でやって来て、此方もそれをついつい受け入れてしまっている。


「なんと中央教会にもですか?今は王宮に揃って出仕していると耳にし、後で行ってみようかなどと話していたのですよ」


「王宮に出仕?」


 末弟ヘルゲートが王宮で大人しく出来る筈がない。あれにはそうした殊勝さや常識はない。ならば、目撃されているのは甥フルンの方か。


「ええ。侍医局長様の求めで、お二人共」


()()シグムントが?」


 退屈を嫌い変化を好むヘルゲートに対して、上の弟シグムントは規則性を好み変化を嫌う。父が与えた助手以外は側に置かないし、彼の性格を熟知した者でなければ側に居るのは難しい。実の息子に対してもそうで、家を出る直前の記憶では幼子だった、今は30歳を超える長男にも大人同様の知識や態度を求めていた。そんな彼が外部から他人を呼ばねばならない程の異常事態があったようだ。


「ああ、そうでした。大司教様はスュトラッチ家のご出身でしたな」


「はい。コメルシー様、“夢想”の妹様がいらっしゃる度に大司教様を『おじさま』と呼ぶものですから、皆が羨ましがって仕方ないほどで」


「皆があの手この手で『お兄様』『お姉様』と呼ばせようと画策するもので、“夢想”の来訪のある日は大司教様が接遇にあたられると取り決めが為されたくらいです」


 揉めていた話は初耳だが、まあ、姪の方は兎も角、ヘルゲートもヘルゲートで相手が難しい人間だから良い判断ではある。


「甥御様も、よく共にいらっしゃる恋人様と一緒に下層市民に神歌を指導されていると聞きました。信心なき者、穢れた者の多く集う場所に自ら足を運び信仰心を育てるなど、まっこと尊き行い。我々も見習わねばなりません」


 その話も初耳だ。スヴァーヴァさんと共に居るならばヘルゲートの方だが、一体、何をしているのか。第一、あれは運動と音楽の才はからきしだった筈だが。


「聖人、聖女と呼ばれて然るべき者達は成すべきことを黙って実行しているのに、偽物は盛んに世間に言い囃し伝えるのですから、まったく、逆さまですな」





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