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ポルックス・テュンダ24歳、晩夏。~スュトラッチ伯爵という人〜

「血の繋がった身内とはいえ、あの女嫌いの御仁が」


 侍従長と近衛隊長の何気ない雑談の中で、その一言が気になって聞いてみた。



 ―スュトラッチ伯爵は女性に触れることが出来ない。



 些細な事でも気に障ればたちまち烈火の如く怒り狂い暴れる。

 輝かしい金の髪を持つ弟ばかりを溺愛し、茶色い髪の自身をまるで“不要物”として嫌悪し冷遇する。

 そんな母親の元で育ったスュトラッチ伯爵が女性に対して強い忌避感を抱くようになるのも当然で、成人を迎える前には既に女性を受け付けなくなっていたらしい。自身の婚姻に関しても「嫡男の義務として子供を二人もうける以上の如何なる行為もしないし求めない」という約束を両家の家長と書面で交わして妻を娶った程で、その事実を知るのは彼の父親を除けば陛下と古くから陛下に仕えるごく一部の側近に限られるが、一連の出来事を見てきただけに女性を側に置き連れ歩く今の状況は信じ難いものだという。


「前王妃陛下が王女殿下王子殿下をご懐妊された折も、ご出産に際しても、自身では触れず別の医師に任せ見守っておいでで」


「それほどですか…」


「あの娘は特別だろう。聞けば、完全に“助手”としての働きに徹しているらしい。助手は要するに使用人だからな、主人に触れる事も余計な口出しもしない」


「しかしあの姿を見れば、志高き者でも泣いて逃げ出す程に侍医局長の指導は厳しいとの噂もこれで払拭されますかな」


「まあ、無理でしょう」


「でしょうなあ」


 2人の笑い声を聞きながら、思う。

 建国以前からの古い忠臣であるスュトラッチ家の現当主が女性の診察を拒み他の者に任せるとなれば、王妃陛下や王女殿下を軽んじる者も出て来ないとは限らない。現に、国内に満足な後ろ盾を持たない現王妃はつい最近まで蔑ろにされていた。本来ならば増長した部下の心得違いを是正する立場である筈の侍医局長だが、陛下が常に側に置いた為に調薬と睡眠の為に局に戻るだけ。それでは局内の異常に気付ける筈もなく、問題が明るみに出たのはスュトラッチ家が王宮内に不在となり、再び戻った後の事。それも、本来ならば無関係である2人のスュトラッチ家の血統者を連れて来た、その日。

 そもそも。そもそも、公開演習に妃陛下が行かなかったら。あの場で眠らなかったら。公開演習がなかったら。もしもの連続で最悪の事態は避けられ、隠れていた膿が吹き出した。



 ―桃色の災禍―



 すべての出来事の根本に一人の少女がいて、けれど表には出ず、彼女の意を汲んだ者達が自ら率先して動いて事態の収拾に当たる。それは伝承にあるような、年若く世間知のない男を誑かす事よりもずっと恐ろしく思われた。

 けれど。



「具体的には木炭製造時に得られる煙を冷却して木酢液とタール分に分け、タール分から(もく)クレオソートを精製して…」



 侍医局長の代わりに診察を終えた帰りだろう、風に乗って聞こえてきた声に心に巣食った恐怖や疑念が晴れていく。続いて聞こえる捲し立てるような早口の男の声は、ただ今話に出ていた侍医局長だ。ともすれば一方的にも思える彼の話の合間に相槌を打ち言葉を返し、会話として成立させている。隊長の言う通り、彼女は特別だ。血の繋がりなんてものではなく、その才ゆえにその性格ゆえに、スュトラッチ伯爵は側に置いているのだ。


「気難しい御仁にばかりこうも好かれて、あの娘を娶る男は嘸かし苦労するでしょう」


「まったく。よほどの身の程知らずか聖人でなければ、隣にあっても辛かろうと思いますな」

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