マドレーヌ13歳、秋。~イベント発生?学院街のカフェ~
「助けていただきまして、ありがとうございます」
およそ10分後、マドレーヌは赤服の兵士とともに学院街のカフェにいた。
あの後、兵士が医務室に連れて行こうとするのを固辞し、マドレーヌは帰りの馬車まで図書館かどこかで時間を潰すつもりだった。警ら隊まで巻き込んだ騒ぎはあっという間に学院内に広がるだろう。そこに渦中の人間が飛び込めば皆、授業どころではなくなるはずだ。
「本当に助けたかったのは彼の方でしょう?もっとも、本人は気づいてはいないようだけど」
やはり、兵士はマドレーヌの意を汲み、あの場から連れ出してくれたようだ。
もしあの場で男が名乗ってしまえば、彼の家とコメルシー家との問題になってしまう。恐らくは彼の家の方が格上なのだろうけれど、だからといって泣き寝入りはできない。ここでコメルシー男爵家が折れれば他家から侮られ、軽んじられ、商売にも障る。だから持ちうる手段をすべて使って抗議する。それが守るべき体面であり、矜持である。
他方、彼の家でも家名を名乗った上で他家の人間に、それも公衆の面前で、暴力沙汰を起こした者を処罰しない訳にはいかない。どちらかだけなら揉み消せただろうけれど、今回の場所は王立学院という国営の機関で、学院警ら隊も関わっているのだ。もし彼をきちんと処罰しなければ、格下相手に理不尽な理由で権力を振り翳す横暴な貴族家の出来上がり。名声は地に堕ちる。
だがマドレーヌは彼を知らないし、彼もマドレーヌを知らない。屁理屈ではあるけれど、今のところ立場は対等で、ただの学院生同士のイザコザで終わる。
「彼はこれから、どうなりますか?」
「貴女の機転で体面はギリギリ守られたから、そう重い処罰は下されないとは思うけれど……彼のお家としては学院を辞めさせるだろうね」
王立学院を辞めさせられたら貴族として生きていくことは勿論、王宮をはじめ格の高い貴族家の元で働くこともほぼ不可能。かといって、下級貴族家や平民に混じって働くなど彼に可能だろうか。親兄弟に白い目で見られながら一生を終える未来の方が現実的だ。
「今回のことは『学院生活に慣れていない、子供同士の、つまらない揉め事』です。わたしにとって、それ以上でもそれ以下でもありません」
「貴女はそれでいいの?」
丸顔で垂れ目の、穏やかな雰囲気の兵士は”大ごとにしたくない“というマドレーヌの意思をやっぱり正しく読み取ってくれた。その上で確認しているのは、家格差などで泣き寝入りする必要はないのだ、と言外に示すため。雰囲気に違わず優しい性格らしい。
「わたし田舎育ちですから、あんなの暴力に入りません。故郷なら大人がゲンコツの一発でもくれてやって頭下げさせて、それで終わりです」
「そう。なら、彼方の家に伝えておくよ。
――ねえ、お腹が空いちゃったんだ。もし良かったらランチに付き合ってくれない?」
にっこり満面の笑顔に釣られてつい受け取ったメニューブックを開き、ざっと眺め、眺め…、パタンと閉じた。そして向き合って座る兵士にぐっと顔を近づけて囁く。
「メニューをみても何が何やらで…あの、おすすめをいただけますか?」
紅茶だけでも“クイーン”に“レディ”に“ロワイヤル”だのと仰々しい名前がつけられているし、スイーツに至っては調理法なのか地名なのか人名なのか、もはや王国語で書かれた別世界のものにしか思えない。これを解読できる都会民は田舎民と根本から感性が異なるに違いない。なにせ故郷ではナッツクッキー、ベリーケーキなどなんの捻りもない、原料そのままの名前がつくのがほとんどだ。
「あ、そうか思い至らず申し訳ない。嫌いなものは?ない?じゃあハイティーにしようか。紅茶にサンドイッチとケーキとスコーンがついてるんだよ。どう?」
「はっ、はい!わたしもそれで!」
緑色の瞳を細めて優しく微笑む顔に、端から見ればこれがデートということにようやく思い当たった刹那、なんの因果かお腹の虫がグーグーと大合唱をし始めた。さすがの田舎育ちでも年頃の娘でコレはない。あまりの羞恥に首元まで赤面するマドレーヌに男はふっと微かな笑い声を上げた。
「ここは料理も甘味もおいしいから、きっと気に入るよ!」




