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マドレーヌ14歳、夏。~真実を知るはわれ独り〜

「ほう、これは()い。色味も味わいも美しく、他にはないものですね」


「お口にあってよかったです」


 ハンドベルの音がして部屋に戻れば同室者はもう居らず、祖父が静かに座っていた。聞けば、仕事があるとかで帰ったらしく、代わりに研究発表会を終わりまで見届けさせるため、護衛を置いていったとのことだった。


 カラン、カラン、カラン。

 カラン、カラン、カラン。

 カラン、カラン、カラン。


 ベルを鳴らす係らしき黒服の男がぐるり建物内を廻って休憩の終わりを知らせ、そうして会場の台の上にハンドベルを置いて、後半の部が始まった。後半はベテラン研究者揃いのようで、休憩前に比べて和やかな雰囲気が漂っている。


「以前提出された別の実験論文に使われた科学的根拠(エビデンス)の使い回しが見られるのですが?」


 前言撤回。

 バレないと思ったのか、それとも昇進が掛かったりノルマがあるのか、そこそこの地位にある中堅研究者からエビデンスの偽造や捏造の“痕跡”が見られる論文が提出されたらしい。会場のあちこちから容赦ないツッコミが淡々と飛んで来る。遠目に見える惨事に胃がキリキリキリキリ悲鳴を上げている。


「俺の経験では」

「高名な先生が良いって言って」

「前回はそれで上手くいかなかった」


 研究者生命の危機を感じてか壇上や会場のあちこちに責任を擦り付けようと喚き散らす言葉も出て、そのお返しとばかりに怒号も飛び、ヘルギにそっと耳を塞がれる始末。


「やれやれ。捏造やらポジションの奪い合いに終始するやら、研究者の質が随分と落ちたものです」


「はい、旦那様」


「斯様な茶番は見るに堪えないのですが、このまま放置しては、有望な若者が()()逃げてしまいますし。ふむ」


 元侯爵はちらりとヘルギを見て、すぐにその娘へと視線を移した。そうして、ゆっくりと立ち上がり、階下を見下ろす。


「先ほどから話題となっているその理論を構築したのは当家の、私の愚息ですが」


「!!!!!!!」


 ここで「素人質問ですが」の上位魔法、ごく限られた人物しか放つことのできない「この理論を構築したのは私です」の亜種を見ることになろうとは!


「エビデンスの一つとして挙げた実験事例とその理論では、そもそもの前提条件が異なり」

「―――エビデンスの一つとして挙げた実験事例とその理論では、そもそもの前提条件が異なり」


「ふぉ??!!!!」


 頭上からの淡々とした呟きに驚くよりも早く、元侯爵が拾って復唱して伝えると、会場のざわめきが段々と静まっていく。代わって、戸惑う声がさざめきのように広がっていく。


「愚息って父さん??え、これいつ発表した理論なの???」


「坊ちゃまが御年13歳になられた年で御座います」


「ぼくが発表したんじゃなく、勝手に提出された」


 間の抜けたを通り越して、令嬢にあるまじき叫びを上げて振り返り小声で問えば、同じく小声で返答があり、ついでにヘルギが元侯爵に向けた冷たい眼差しも確認できた。今の家族には決して見せない、超レアな表情だ。


「は~。さすが天才だぁ~」


「坊ちゃまだけでは御座いませんよ、ええ」


「?」


「ご解説ありがとう存じます。この理論は近年になり追試研究も行われ、論文も著されて居りますな。論文の筆頭著者は王立学院で農学の教鞭を執っておられる、ジャック・フラップ殿」


「そして共同研究者に、お嬢様の御名前も掲載されて御座います」


「ぅえ??な、なんでッ?!あ、土壌改良の手法か!!」


「実質、ぼくたちの共同研究だね。今日は大勢の前で公式に認められた記念日にしよう」


「やめて。もうとっくに記念日が多重事故を起こして何もない日が1日たりとも無いんだから」


「この年寄りもフラップ殿の論文を拝読した時から一度はお目にかかりたいと望んでおりましたが、よもやこのように親しくお話をさせていただけるとは人生の最期の」

「ガレンさ~ん、熱量がすごいです〜。お茶でも飲んで落ち着いてくださーい」


「共同研究ですか、いいですね。私も是非に、ええ是非とも」


「駄目」


「なんですと?ああ、嘆かわしい。老人に対する気遣いをすべきではありませんか」


「気遣われるのが当然とか、もはや老害だね」


 護衛がまだいるというのに、紳士が居なくなるや先程に増して私語が止まらない。人の目がないとすぐにコレだ。学会座長にちゃんと叱られて目をつけられて追い出されるやつである。2階席で良かった。もっとも、きちんと研究発表を聴かねばならない護衛の男性にとっては災難だろう。この騒々しさに仕事にならないんじゃないかと思われて、要らぬ心配をしてしまう。


「発表はすべて終わりましたが、会場の皆様よりご質問など」

「聴くがいい!毒を持つ小麦が人々を冒すだろう!それは我が忠告を聞かぬ学者たちの罪である!」


 学会で言う座長、いわゆる司会進行役の植物研究所所長の言葉を遮り、突然、男の声が響いた。


「愚かな者たちよ、お前たちは恐ろしき真実を隠されているのだ!」


 裏返った声で叫ぶその姿も内容もあまりに狂信的であったが、“毒を持つ小麦”に、スュトラッチ家の面々の表情がピリつく。特に顕著なのが元侯爵だ。


「なるほど。真実を知るはわれ独りとの主張ですか」


 一人掛けの椅子の、背面に繊細な彫刻が施された背凭れにどしりと身を預けて。


「真実か否かは(さて)置き。その理由として、喩えるならば“神託”程度の主観的感想しか出てこないわけでしょう?」


 座ったままの体勢で放たれた言葉は、高い天井に跳ね返り、階下にも響き渡った。


「何を!それはお前たちが事実起きている悲劇を秘匿するがゆえ」


「今、議題としているのは、なぜ学者が罪人(つみびと)であるのか、なぜその悲劇が起こるのかという論拠を、神や他人に依存せず、あなた自身が構成し、説得する論拠を持っているかどうかなのですよ」


「あのぉ。おじい様、とっても不機嫌のように見受けられるのですけれど」


「先日、久方ぶりとなる調薬指導をなさった為でしょう」


 毒麦の治療薬づくりに、1人では到底手が足りないと一番上の孫とその部下を動員したはいいが、孫以外とは初対面だし作業スピードもバラバラだし、そもそも集団行動は苦手だしで、抱えたストレスがまだたっぷりと尾を引いている。というか、気心知れた息子や孫と3代揃ってのお出掛けで忘れかけていたのに、はっきりと思い出してしまった。


「……てかさぁ。必ず起きるって確信してたんなら、有効な対策法とかをちゃんと論文なり意見書なりに纏めて提出すれば良かったのに」


「長大な論文を書く知識も能力もないか、いざその時に預言者を気取って登場したかったか。まあ、今の状況を見る限りでは両方だろうね」


「救世主願望?やだー、はた迷惑ぅー」


「ぼくの女神と天使は紛れもなく救世主だよ」


「うんまあ、夫婦円満、家内安全は大事だよね」


「自身の言説に責任を取りなさい!」


 ぴったりくっついてゆるゆるな会話を繰り広げる父娘と、階下に居る見ず知らずの男に向けて喝を飛ばす祖父。それをニコニコ顔で見守る老人。貴賓室は実に渾沌としている。


「坊ちゃま、お嬢様。論文どころか実験もまた、門外漢には難しいものなのですよ」


「でも、小麦は暖地なら年に2回収穫出来るんですから、気象条件を変えた実験は比較的容易にできますよね?」


「2回?!」


「わぁッ?!」


 それまでピクリともしなかった護衛がいきなり素っ頓狂な声を上げて体ごとこちらに向き直る。と同時に、父の拘束は強まり、隣の老使用人は庇うように立ち上がり、祖父も大股でやって来る。


「ダメだよ、ぼくの天使。見知らぬ人と話しちゃあ」

「ええ。見るからに怪しい人物ですからね」

「お嬢様。外野はお気になさらず」



「は、はい…」



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