仮面舞踏会 ~金の仮面の女〜
「踊らないのかい?」
青年の思考を遮ったのは、金色の仮面の女だった。
肌を大きく露出させたデザインが多い中、彼女は頭をヴェールですっかり覆い全身を包み隠した禁欲的なドレスを纏っている。けれど赤を基調に金糸で細やかな刺繍がびっしり施されたドレスや手袋、色とりどりの羽があしらわれた赤い帽子は、激しい情熱の炎に似て。流暢だが異国訛りのある王国語に、よく似合っていた。
「見ての通り、休憩中さ」
白い仮面の男が答える。が、赤いドレスの女はそちらに見向きもせず、青年の方にばかり視線を送る。
「私は、、、そうだな。待ち人来らず、といったところだ」
「同じだな。実はわたしもだ」
女は道化師から赤ワインのグラスを受け取ると、青年に向けてグラスを持ち上げ少し傾けた。
貴族家に属する者か、平民であっても弁えた者のみが出席を許された仮面舞踏会には、一夜の恋を探す者、支援者を探す者、ごくごく稀に生涯の伴侶を探す者、様々な縁を求める人間がいる。どれかは判じかねるが、女もまた縁を求めていることだけは、解った。
「だが、ここへ来て気分が変わった」
「そうか」
「どうだ、一曲―――」
「あんたなんて!国外に追放してやるわ!」
白ドレスの、癇癪を起こした子供のような金切声が響いた。
「貴女に、何の権利があって?」
「わたくしは!未来の東国のお妃様になるのよ!!」
「きゃッ!?」
「―――!!」
白い仮面の男が赤ドレスの女を背で庇うように立ち塞がったのとほぼ同時に、シンバルに似た金属音と悲鳴が重なった。
床に落下した銀盆の響きに場は騒然となり、原因を探るべく皆の視線は音の源に向かう。見れば酒神の巫女がうつ伏せで倒れており、ドレスに赤色がじわじわ広がっていく。その傍らに立ち尽くすのは、白いドレスを赤く染めた、女。
「わた、わたくしッ!わたくしの所為じゃ!」
「君、こちらのレディを控室に案内して呉れ給え。少し足元が不如意なようだ」
叫ぶ白ドレスに目も向けず、男は道化師を呼んで指示すると、やって来たメイドに白ドレスを預け、床に倒れる女給仕にはしゃがんで手を伸べた。
「お心遣い感謝申し上げます。けれど、申し訳ございません、お客様のお手をお借りするなど」
「怪我は?」
「ございません」
「それは幸いだ。巫女に狼藉を働いたとあらば、酒神から愉しみを取り上げられてしまうところだった」
冗談めかしながら、この邸の使用人にではなく酒神の遣いに手を貸すのだと告げれば、取りまとめ役だろう道化師も小さく頷き了承する。
巫女姿の給仕が去った後に残ったのは、絨毯にぶち撒けられた赤ワインの大きな染み。どうやら白ドレスはピンクに向かって突進したはいいが酒酔いに足がふらつき、グラスを運ぶ給仕にぶつかってしまったようだ。
「当家の者が申し訳ございません、お客様」
「あの勢いでは、避けるのは難しかったろうよ」
「すぐにお召し替えを」
「この程度だ。構わない」
女の盾になった為に、ワインの飛沫を浴びてしまったらしい。男は固辞したが断りきれず受け取ったハンカチーフで汚れた手を拭こうとシャツの袖口を捲り。
―!!!!!!
彼の手首の内側。長い尾を持つ鳥が大きく翼を広げた入れ墨が、あった。それは東国の伝説の瑞鳥と同じ姿で―――。
『下らん陣取り合戦にこれ以上アイツらを巻き込むな』
そういって伝書鳩から奪った文を握らせ去っていく、その僅かな瞬間にちらりと覗いた、彼の手首にもあったものに、よく似ていた。




