表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
460/1085

ダルドワーズ28歳、夏。~東国からの訪問者〜

「単刀直入に、言う」


 王宮の前庭を眺められる絶好のロケーションが人気のカフェは相も変らず窓際とテラス席とが埋まっていて、小鳥たちの囀りや風渡る森のざわめきに喩えられるような賑やかさがある。そうした中にあって、男が2人、向かい合って座っているのは実に異質で、更にその片方が筋骨隆々の大男であったので、たいへんに人目を引いた。


「我々の生命は現在、極めて危機的な状況にある」


 無表情の大男はひどく重々しい口調で告げると内ポケットに忍ばせた手紙を取り出し、柔和な笑みを貼り付けた男の前に差し出した。封筒の宛名、というよりもその文字を見た男の顔からは笑みが一瞬消え失せる。小刻みに震える手で便箋を取り出し、そこに書かれてある一つ一つの文字を確かめるように凝視するのを視界の端に留めつつ大きな窓の外に目を向ければ、総刺繍の衣服が風に翻るのが、見えた。



 ―アレが、例の王子とやらか。



 目立つのは解り切っていた。それでもこの場所を選ばざるを得なかった理由が、事前に得ていた情報通りにカフェの外を通りかかる。



 ―だが、妙だな。あれは…。



 *****


「お聞きしたいのは2点だ。ファーブルトン男爵」


 伝手を使って西棟の最奥地に呼び出した外務局所属の外交官ファーブルトン男爵は、義妹の学友ミラベル・ファーブルトンの父親。ファーブルトン嬢は貴族令嬢に珍しく活発なご令嬢で、さっぱりとした性格が気に入ったとみえ、義妹の親しい友人の一人だ。コメルシー家の皆で家を訪問した事もあり顔馴染みではあるのだが、個人的な面会となれば少々煩わしい。

 外務局の花形である外交官と王国軍の平民部隊所属の軍人に、本来なら接点などない。ゆえに、下手に公の場で面会すれば要らぬ憶測を呼ぶだろう。だが、このところ西棟の最奥には部署を問わず顔見知り…というか、義妹繋がりで縁が出来た権力者が集まっており、その理由も王宮内で知らぬ者はないくらいに広まっている。仔猫を目当てに休憩時間の度に足を運んだり、わざわざ用事を作って来る連中の名目は、簡潔に言えば「ねずみ駆除員のスカウト」。物は言いようだが、それで良いのか?と思わずに居られない。ともあれ、その連中に紛れて会うことにした。


「1つは。サンクロワ国が王国人の身柄引き渡しを求めていると耳にしたが、真だろうか」


「引き渡しなどではなく。先方からあったのは、客人として招きたいとする旨で」


 眉を寄せ目を見開き頭を振る。身柄の引き渡し、という穏やかでない言葉に驚きを隠せない様子が見て取れ、流石に国相手に本心を露わにするほど愚かではなかったらしい。とはいえ、毒麦病の治療薬の開発者を排除すべく動いていることに変わりはない。よほどあの薬が邪魔なようだ。逆に言えば、非常に効果的であるということ。


「そちらの方は、あくまで当人の意思が優先され国からの働き掛けは行わないと、陛下から直々のご指示が、御座い……ある、あり、ます」


 言葉尻が辿々しくなったのはファーブルトン男爵が常識ある王国貴族だからで、他国の公爵の縁者から礼儀は不要と言われて心に迷いが生じたのだろう。そんな彼がもしも義妹とその実両親の正体を知れば、卒倒するに違いない。

 外務局では当然、ミケーネ国公女マリアとその実子アルドアンスの存在は把握している。が、親友の夫(ポルミエ)の故郷を見てみたいと隠れて着いてきた不法滞在中の王族と戸籍上死者の自由人カップルは、可能な限り隠し通そう!というのが家族一同はじめ関係各位の総意である。外交問題待ったなしであるし、ナウルから聞くに、寝た子を起こしたくない国王の意向らしい。この国のトップは従弟の生存を知って、声の出ないほど驚き遠い目をしたというから、まあ、国王公認である。


「そちらというと、他にも何か要望が?」


「それが…」


 今度こそ頭を抱えて重い重い溜め息と共に吐き出したのは、ファーブルトン男爵の使えない上司とその娘の愚痴だった。

 元大臣の娘を娶ったことで実力以上の出世を果たした男には、格上の家から迎えた浪費家の妻と夢見がちな娘が居る。その娘がサンクロワ国王子を一目見て気に入り、あろうことかミラベル・ファーブルトン嬢に橋渡しを依頼して来たというのだ。男爵令嬢が他国の王子と知り合う機会などないし、そもそも上司の娘は礼儀作法の基礎もなっていなければ、その母親も「良い女には誰かが幸せを運んで来てくれる」と信じて疑わないお花畑の住人。放っておきたいのはやまやまなれど、上司は立場と権力を振り翳して無茶振りするし、サンクロワ国と縁の深い貴族が「王子は嫁探しに王国に来た」と言い触らすものだから、まったく熱が冷めないらしい。

 肺の中の空気がすっからかんになりそうなほど深く長い息を吐く男爵に、ダルドワーズは、はて、と心のなかで首を傾げた。


「2つ目の質問だったが。サンクロワ国では、女が王子を名乗る習わしがあるのだろうか?」


「いや…、そのような風習を聞いたことはなく……女?」


「年寄りの方は正真正銘、男だろうが、あの若い方は女だと、意見が一致している」


 面会をあの時間のあのカフェに指定したのは、身の危険を報せると共に、中央教会の大司教から届いたヘルギさんを狙う命知らずな敵の姿を確認するため。

 そして目論見通り現れたのは、短く整えた髪も衣服も大股で歩く姿なども確かに男性のそれだったが、ゆったりとした服から覗く手や肩の位置といった体つきは女のもの。不審に思い共にいた彼に尋ねれば、不愉快そうに頷き先日起きた事の顛末を教えてくれた。


「一致、とは、相手は?」


医務局の筆頭医師(カザンディビ)殿だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ