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フュルギエ50歳、夏。〜東国からの訪問者〜

 不意に、上の異父弟(おとうと)を、思い出した。


 最後に会ったのは彼が22歳、私が24歳。ヘルゲートの葬儀だった。

 遺体の代わりに赤黒い血の痕と獣の臭いが染み付いたボロボロの上着を棺に納める時、彼は激しく泣き喚いて暴れ、母親を力いっぱい打擲(ちょうちゃく)した。そればかりか、床に倒れた母に馬乗りになって更に害しようとしたのだ。父親がすぐさま鎮静剤を打ち、目覚めた時にはいつも通りだったので、騒音と変化を嫌う彼特有の癇癪だろうと当時は結論づけたが、思えば彼は彼なりに弟を愛していたし、その死を悲しみ怒りを抱えていたのだろうと、思う。

 末っ子の面倒を見るという役割を失った私はその後すぐに教会へと住まいを移したし、信仰心の薄いスュトラッチ家の面々が教会になぞ来るはずもないために、それきり。姪の件がなければ、血の繋がりのない父や下の弟にも再会することなく生涯を終えていただろう。そう思えば人生とは予想外の出来事の連続であるし、上の弟にもヘルゲートの姿を見せてやりたいと、思った。



「なるほど。興味深いお話しです」



 相手方の舌が小休憩したタイミングを見計らい、聖職者らしい笑みを貼り付けて頷く。歳を取ると昔のことを思い出すと言うのは本当らしい。もっとも、今回は余りにもくだらない世迷いごとを延々と喋り続けられたせいも、多分にあるが。


「ですが。私の神と、貴方の信ずる神は、異なるようですね」


***


 不機嫌さを隠そうともしない目の前の男は、異国の民ではっきりと判別は出来ないが、自身や上の弟と同じ年頃だろう。中央教会に約束も無しに現れ、自分は御神託を授かり王国に来訪したと宣わった。そして、同じく神託を得た大司教との面会を希望したのだ。

 事前の承諾もなく相手方の領域にずかずか侵入する手合いに碌な人間は居ない。だから敢えて急ぎではない用件を全て処理した後、熱々の薬草茶を火傷しないように充分に冷ましてから時間をかけて飲み、そうして正装に着替えて出てやった。案の定、傅かれて育ったらしい壮年の男と男が連れているか細い青年はたっぷり待たせられて苛立ったようで、異国の言葉でぶつぶつ悪態をつくやら左足を上下に揺するやら、実に忙しない。駄々っ子そっくりな様子も察しろと言わんばかりの不満もまるっと無視して向かいに座り、彼らが近頃とみに話題となっている東国の人間だと確認し、観察を開始する。



「さて、御用の向きを、お聴きしましょう」



 待たせておいて謝罪の一つもないことに彼らは怒りを露わにしたが、此方は問題児どころか問題人物しかいないあの家で生まれて育った人間だ。素知らぬ顔で受け流せば、ひとしきり罵詈雑言を浴びせて満足したか、座り直して告げた言葉は要約すれば、


「この国に未曾有の災害が起こる神託が下った」


「原因となった者の引き渡しを望む」


 であった。

 なんでも、男は医薬を司る神の使徒であり、信徒でない者が邪な薬物で人心を惑わしていることにお怒りだそうだ。そうして広げたのは、四つ折りにされた姿絵。輝かしい金色も、薄明の空に似た濃い紫の瞳も、その絵に描かれたすべてが彼だと物語る。始まりの女神と神々の使徒、そして王国の不可侵民の長に愛される、唯一にして無二の存在。



 我が弟、ヘルゲート。



 *****


「道理の解らぬ御方ではあるまいに」


 素気なく断られて怒りだすかと思われたが、神官を名乗る異国の男は肩を竦めて子供に言い聞かせるように、溜め息混じりに、言い出した。


「王都で、異変が起きたのではないか?」


「昨日と今日が同じ日ではないように、同じ事柄など一つもありません。それは我々に気付きと成長を促す神の思し召しでしょう」


「神など居ない!神官ならば解るだろう?!」


 のらりくらり答えをはぐらかした言葉が気に障ったと見え、ダンッとテーブルを強く叩き大声を上げた。傍らの青年はびくりと肩を震わせ小さな悲鳴を上げ、男はそれに気づき「しまった」というような表情を浮かべて黙る。発言権は男だが、身分は青年の方が上らしい。


「神は、居られます」


 残響も消えたところで静かに告げるのは、以前ならば心にもなかった、神の存在。


「今この時も、見守って居られます」


 その眼差しは遍くでも慈愛でもないし、想像の斜め上を行くけれど。

 神を叱責する姪と涙目になった女神の姿が脳裏に浮かぶ。その間で幸せそうな弟の姿もまた。




「やはり、私の神と、貴方の信ずる神は、異なるようです」


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