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フルン26歳、夏。~愛の記憶〜

 覚醒(めざ)めてもまだ、抱き締め返す腕の力強さも、唇の柔らかさも、頬にかかる荒い吐息も、覚えている。



『ちょうだい』



 細くしなやかな腕をこちらに伸ばして、頬を薔薇色に染め、花弁のような唇の間から紡がれるは甘い甘い魅惑の言葉。心こそ社交界デビュー前の少年よりも更に初心だけれど数多くの女性と交わってきた体は瞬く間に熱を帯び、愛しい(ひと)に覆い被さり隅々にまで自身の痕跡を残そうと強烈に欲する。

 そうして。ねだられるまま強く抱いて唇を貪り、喉の奥に()()()()()()()()()


 そう、初めは確かに思いがけない事故だった。


 ふわふわした意識の中でベッドが見えたのだろう、腕の中から出ようといきなり動いたせいでバランスを失い、マドレーヌを床に落としかけてしまった。それはなんとか踏ん張って防いだけれど、その拍子に指先に引っ掛けていたティーポット型の水差しを落としてしまったようで、周囲を見回してみても見当たらない。そうこうしている間に夢うつつなマドレーヌが「お水が飲みたい」というから、仕方なしに、口移しで飲ませた。そう、仕方なく、だ。


『もっと』


 上気した顔で乞われ、口移しで与えた薬草水が細い喉の奥に流れていくほどに、理性は吹き飛び何度も何度も夢中で唇を奪う。蕩けるような表情も合間に漏れる甘やかな吐息も烈情を激しく煽り立て、僅かな隙間から舌を捩じ込んで絡ませ極上の蜜を味わった。


『愛してる』


『ずっとずっと好きだった』


『ぼくの愛を受け止めて』


 熱に浮かされるまま譫言(うわごと)のように想いを告げ、強く抱き締めて口付けする。何度も何度も繰り返して、やがて2人は身も心も一つになって、沢山の愛を注いだ。

 欲望に負けそうになるのを必死で耐え忍んだ日々は、ちゃんと報われた。ゆっくりじっくり、時に耐え切れなくなったけれど、それでも善良な人間を貫き通した甲斐があった。


「マドレー……、ヌ?」


 未だ冷めやらぬ熱を持て余した体で寝返りを打つと、違和感が毛虫のようにぞわぞわ全身に這い回る。


「夢?いや、そんなはず……」


 熱い一夜を過ごした(ひと)の姿は何処にもなく、彼女が寝ている筈の場所には皺一つない枕とシーツがあるばかり。冷え切ったベッドには髪の毛一本も、彼女が居た痕跡はなかった。恐る恐る、ベッドサイドのランタンに火を灯す。闇の中、浮かび上がるは、フリルがふんだんに用いられた甘やかな、アンティークゴールドの小物があちこちに置かれた、フルンの部屋だった。

 言い知れぬ恐怖に体が小刻みに震える。両腕で肩を抱いても震えは一向に収まらない。幸福な愛の記憶は、現実でないと解った今も、腕の力強さも、唇の柔らかさも、頬にかかる荒い吐息も、頭よりも体が明確に覚えていて、とても夢の出来事とは思えなかった。



「……叔父様?」




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