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ラデュレ・キエフルシ26歳、夏。~悪夢の始まり~

「被害は日を追うごとに拡大している」


 黒いバッタが大群となって飛来し、順調に育っていた麦はおろか豆も芋も花も草も木の葉も、果ては紙の類まで全て食い尽くしたという。公爵家の抱える私軍を動員して事態の収拾に当たらせているが芳しくない。

 キエフルシ公爵領は王国最大の穀倉地帯。この地の麦生産に被害が出れば、深刻な食料危機が起こるだろう。1年だけなら備蓄で賄える。けれどこれが続けばどうなるか。


「その見慣れぬ虫が何処から飛来したのかは」


「現時点ではまだ」


 原因を突き止めるべく駆除したバッタを専門家に見せたが、王国内に棲息する種ではないという。


「専門家の見立てでは、砂漠地帯に棲息するバッタらしい。王国では冬の寒さに耐えられず繁殖しないと考えられている、そうだ」


 何らかの要因が重なり飛来した可能性もあるが、キエフルシ領以外での目撃情報がないことから、人為的に持ち込まれたと考えるのが自然である。そう推察するに至る要因は他にもあり、それこそが、キエフルシ公爵の私室に彼を招いた理由であった。


「基礎科ではあるが、王立学院の庭園にて、とある学院生がその卵を発見していた。発見時の聴き取り調査に拠れば作為的に埋めたものであろうとの事だ」


 告げれば、彼の眉間に皺が寄った。

 王立学院には現在、この国唯一の王子が在籍している。故に常よりも警備が厳重で、たとえ棟違い区画違いであっても、不審者の侵入や危険物の持ち込みに厳しく目を光らせているのだ。そうした状況下に於いて王国外の生物の卵が敷地内から発見された事実が意味するのは。


「何者かの手の者が、既に侵入して居るか。学院にも、王宮にも」


「王宮?」


「王宮の奥庭からも、見慣れぬオレンジ色の細長い卵が発見され駆除したと、聞いている」


 初耳であったし、宰相補佐という多忙な職務の中で害虫駆除という些事にも通じている事も驚きだ。ラデュレは改めてナウルを賛称したが、本人は苦笑で返すばかりであった。


「―――つまり」


「これほど大掛かりな手段だ、個人ではないだろう」


「目的は、国の乗っ取りか」


 軽い頭痛と目眩を覚え、紅茶を啜る。公爵家が他家に振る舞うに相応しい上等な茶葉だが、香りも風味も楽しむ余裕はない。


「ナウルもどうだ?」


 カップに視線を落としたまま押し黙ったナウルを見て、ラデュレは立ち上がりブランデーのボトルを手に取った。一匙垂らせば心が少しは安らぐ。酒に頼るのは佳くないと思いながらも、酒量が段々と増えている。


「冬のことだ。……預言が、あった」


 ややあって、ナウルの口から重々しく発せられたのは、冷徹なまでの理知的思考で問題ごとを解決に導いて来た彼らしからぬ、夢想家のような文言だった。



 ―乾いた地に雨が降って、空を黒が覆う。大地を丸裸にするまで(わざわい)は止まない。



「預言者の正体を伝えることは出来ないが」


「構わない。…なるほど、今の状況に酷似しているな」


 預言者がもしも本物ならば、国が身柄を()()してその力を最大限に活用しているのだろう。不慮の事故や急な病などをでっち上げて死者にした人間を国が囲い込み、酷使して使い潰す。容易に想像のつく展開だ。


「預言者は、他にもなにか?」


 真偽はともかく、このタイミングでナウルが預言者の存在を提示したのには訳がある筈だ。少なくとも、親友と言って良い彼は、現在進行形で起きている問題が過去に言い当てられていた、という、何の解決策にもならない事を言い出す男ではない。


「毒麦に、気をつけろ」




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