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マドレーヌ14歳、夏。~推し活〜

「フュルギエ伯父さま!」


 つい先日のことのような、遥か遠い昔のような。そうした想いを抱き弟一家が暮らす屋敷を訪れれば、弾む声が上から響いた。音もなく駆けてふわりと宙を舞う姪に混乱しつつも思わず両腕を広げて迎え入れる。


「ダル義兄さまも、お帰りなさい」


「ただいまマディ」


 初めての経験に立ち尽くすだけの男の腕の中からひらりと抜け出し隣の若者にも温もりと癒しを分け与えて。小さな体に太い腕を回して慎重に抱き締める守護者に、自らも伝えなければならない言葉を思い出した。


「ただいま帰りました。マドレーヌさん」


「お帰りなさい。お疲れになりましたでしょう?まずはゆっくりお体を休めてください」


 白い衣を纏った桃色の少女は、まさしく地上に舞い降りた天使だった。そして今、その天使はワイングラスを指先に引っ掛けたまま父に凭れて眠っている。酒精の力だろう、目元も頬も唇も薔薇色に染めて。


「降りて来ないね」


「ああ。マディの守護神は律儀な性格らしいな」


「もしや先ほどの冥府の女神が―――?!!」


 守護神か?と尋ねようとした刹那、体が鉛のように重くなり、焼けた鉄を飲まされたかのような苦痛とそれを上回る多幸感が洪水のように押し寄せる。



 ――神が、降臨された。



 *****


「アホかーーーーー!」


 目を吊り上げて髪を逆立て。温厚な天使が怒れる戦神に変貌し大声で怒鳴りつけているのは実の母、より正確に言えば、母に降りた創造神である。


「だ、だってぇ〜」


 強い怒気を向けられ赤い瞳を潤ませグスグス鼻を鳴らす彼女は、その内に宿るは、始まりの女神。この大陸を造り上げた神。


「だってもヘチマもあるかぃ!ええ歳かっ喰らって何しよんねんな!!」


 繰り返すが、弱冠14歳の少女が叱りつけているのは、この大陸の創造主で権威ある教会の主神、である。


「でも、でもね!愛するヘルギが弱ってく姿なんて辛すぎて見てられない!そんな時に興味のかけらもない人間に祝福とか加護なんて!」

「そこや!」

「ひどい!神なんだからそれくらいの権利はあるでしょう?!」

「ちゃうわ!加護やら祝福やらはどうでもええねん!うちがいっちゃん怒っとんのは!はじめちゃん!あんたの()()への覚悟が足らんとこや!」


「推し?」

「覚悟?」

「はじめちゃん?」


 フルンとダルドワーズとフュルギエの疑問符付きの声が多重事故を起こし、ポルミエ男爵は中空を見つめて遠い目をしたまま動かない。マリー夫人は手持ち無沙汰にワインを傾ける。


「あんたの推しは今!同じ時代に!目の前に!生きとんやで?そんな奇跡におるのに何をしょーもない事で無駄にしとんねんな!」


「しょうもない」


「一度推すと決めたんやったら死ぬ気で推さんかい!」


「死ぬ気で」


「推しは推せる時に推せ!や!」


「推せる時に推せ」


 怒涛の勢いで捲し立てられ、ぽかんと口を開けてマドレーヌを見つめるだけの女神に代わり、いちいちツッコむのはやはりフルンとダルドワーズとフュルギエだ。


「レーちゃん!そうだよね!わたしが間違ってた!」

「はじめちゃん!わかってくれるか?!」


「ええと。これまでの話を総合しますと、こういった事情であったという事でしょうか?」


 置き物のように真ん中に鎮座するヘルギを巻き込んで抱き合うピンクと赤をチラチラ気に掛けつつ、フュルギエは大司教の役割を全うするため大混乱中の思考を整理する。

 この夏の異常気象は、ヘルゲートを愛してやまない始まりの女神が、ヘルゲートが悲しんでいるのを見ていられず引き篭もったのが原因だった。加護だの祝福だのを発音できなくなったのも、「愛するヘルゲートが落ち込んでいるのにそんな気になれない」が理由で、つまり。


「したら明日からはちゃあんと出て来いや?」


「わかったけどぉ、でもぉ」


「あんな?弱っとんのは太陽でてへんからやで?セロトニンが不足しとるからメンタル不安定やねん。あんた積極的に推し弱らしてどないすんの」


「えっ!!!マジ???」


「ほんまや。人様の健康が掛かっとることで嘘なん吐くかいな!」


「ど!どどどどどうしよ!ごめん!レーちゃんごめん、そんなの知らなかったからぁ!」


「まあまあ、落ち着いてくださいまし。マドレーヌも喉が渇いたでしょう?女神様も、宜しければおひとつ摘まれて?」


 決着がついたと判断したか、マリー夫人はマドレーヌの手にまだ握られてあるグラスに()()()()を注ぎ女神にはフュルギエ特製ナッツの皿を差し出した。わーいと喜びグビッと呷ったマドレーヌはそのまま糸が切れた操り人形の如く全身から力が抜け、無言のまま背もたれと父に身を預ける。


「皆様。今夜は何も、異常事態は、ございません、でしたわね?」


「「「え」」」


 嫋やかな微笑みを浮かべるマリー夫人の手にあるのは火酒。火を吹くほど強い、軍人も卒倒させる、蒸留酒。


「何もございません!ね?」


「「「はい!」」」


 生涯の主と決めた姫君とその娘を全身全霊をかけて守る護衛としての役割を全うすべく、マリー夫人は動揺する男どもに喝を入れて。


「こちらのナッツはヘルギが幼少の折に食していたものだそうですの。あちらの大司教様のお手製で、聞くに、これによってヘルギが命を繋いだと言っても過言ではないと」


「なんてこと!ああ…、ああ…、あなたが神か!」


「神は貴女様でしてよ?」


 手を合わせてフュルギエを拝み平伏さんばかりの女神を制し。


「ああ!その笑顔!尊い!そのままキープしてっ!」


「そろそろ命が危険ですから呼吸をさせてあげてくださいましー」


 酔い潰れて無意識のうちに縋ってくる娘を愛おしそうに見つめるヘルギに動かないよう懇願し横顔を堪能する女神に時折声をかけて。

 マリー夫人はワイン片手に慣れた様子で女神をあしらっていく。


「えーっと…?」


「今夜は特別なことなぞ起きてはおらず、明日からは太陽が昇る。問題は何もない」


 何事か言いたげなフルンにポルミエ男爵はただでさえ厳しい顔に皺を寄せ、重々しく口を開く。そうして、薬草酒を手に取った。




「言わぬが花。酒は憂いの玉箒(たまははき)



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