マドレーヌ14歳、夏。~女神の嘆きと怒り〜
「へえ、わたし達が眠ってる間にそんなことがあったんだ」
「そう〜、全然来なくて〜。隠れれるのはほんとうみたいら〜」
今や臨時の保育所になった集会所から帰って来た妹弟達も交えて賑やかな夕食を済ませた後、関係者だけが揃って話し合いの再開である。
夕食前から今まで、苔桃ワインと赤ワインと白ワインを合計5本空けてもまだ女神は降りて来ず、いい感じに酔っ払ったスヴァーヴァはヘルギの腰に腕を回して引っ付いている。
「このままでも良いんじゃない?別に困らないし」
女神が勝手に降りてくるせいで酔ってへにゃへにゃになる妻の姿をなかなか見られないでいるヘルギは幸せいっぱい、最上級の笑顔である。
「降りてこないだけなら、まあ、別に良いんだけどさぁ」
教会関係者や一般信者の間では、例年にない長雨と失われた言葉は、どちらも神の怒りに触れたことが原因ではないかと考えられているらしい。
自然崇拝そのものはどこの世界でも古くから見られる最も基本的な信仰の形ではあるけれど、そこに他責・他罰思考が加わると実に厄介だ。怒りにしろ嘆きにしろ、そこに至る原因がある。神々の不興を買ったのは自分以外の誰かだと判じ、些細な事であっても論い、原因になったと一方的に決めつけた人間を排除することで元通りにしようという心が働く。それがエスカレートすれば悪魔狩りのような事態にも発展しかねない。実際、方々で痛ましい事件も起こっているのだとか。
「聞けば、この北の地区でも、老人が通りで突然暴れて妻と娘を手にかけ、自らも命を絶とうとしたのを取り押さえられたという凄惨な事件があったとか」
「それ、犯行動機としてかなり狂信的なことを言ってなかった?」
「ええ。自らこそが神だと言い出し、かと思えば自分達は周囲皆から嘲笑されていると。錯乱も酷く、居丈高に振舞った次には命を狙われていると怯えてもいるそうで、遣わされた司祭も襲われかけたと報告を受けています」
「ふうん」
「ヘルゲート?」
「父さん?」
「そんな瑣末なことはさておき。鏡の反応も消えたし降りても来ないし、ぼくらに出来ることなんてないように思うけど?」
「おまわりさんこの人です」
まるで見てきたかのように凶悪犯の様子を言い当てるヘルギのあからさまな態度に疑念が確信に変わったところで、父の言葉にううむと頭を悩ませる。
鏡に映った女神は、あの言葉を告げた後、すっと消えてしまった。どうやら巫子に乗り移る以外の手段で人間界に居続けるのは難しいらしい。かと言って、降神させれば家族一同大騒ぎしそうだし、夢のお告げなんて都合よく見せてくれるものでもない。
「あ」
そこまで考えて、100%ではないけれど、一つの方法がパッと頭に浮かぶ。神を降ろさず、安全に、じっくりと、事情を教えて貰えるかもしれない、方法。
「父さん母さん、お養父様お養母様、ダル義兄さまフルンお兄ちゃん、フュルギエ伯父様、後はよろしく!」
マドレーヌはスヴァーヴァの手からグラスを奪うと、まだたっぷり残っているワインをひと息に呷った。




