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マドレーヌ13歳、秋。~お義兄さまと一緒〜

 かの有名な詩人は「僕の前に道はない」と言ったが、コメルシー兄妹の行く先々で道はしっかり(ひら)かれる。




 馬を預けた2人は学院長室へ向かっていた。常々マドレーヌの義兄として挨拶したいと願っていたのに加え、自由時間に剣術指南の許可を得るためだ。まだ幼さの残る妹が兄の腕に手を添え、頼れる兄は妹の歩幅に合わせてゆっくり歩く。仲の良い兄妹の微笑ましい姿である、はずだった。


 王国軍でも巨軀を誇るダルドワーズとその胸元くらいまでしかないマドレーヌが並ぶと極めてアンバランス。その上、にこにこ微笑む小柄な少女に対して、隣に立つ大男は石像のように表情を動かさない。しかも辺境地にばかり居るダルドワーズの顔は王都周辺では殆ど知られておらず、兄妹と知る学院生はいなかった。

 故に、周囲の人々の目に見えるは(さなが)ら、麗しの女神と勇ましくも恐ろしい形相で鋭い睨みを利かせる守護神、である。

 学院生達は誰からとなく廊下の端に控えて道を譲り、ただ2人を見つめるのみ。呼吸一つ聞こえやしない。


「ふふふん。見て、みんなダル義兄さまにすっかり見惚れてるわ」


「うん、きっと違うぞ妹よ」


「違わないわよ制服姿のダル義兄さまは2割増でかっこいいもの。特にこの大胸筋から僧帽筋、上腕二頭筋、三頭筋にかけての、服の上からでもわかる鍛えっぷり。よっ!ナイスバルク!」


「ありがとう愛しい妹、兄は嬉しいよ。でも兄さまはお前の趣味嗜好がとてもとても心配だぞ」


 ちょいちょいと袖を引っ張るのに気付いて耳を貸せば、嬉しそうに誇らしそうに囁くマドレーヌ。仕草はめっぽう愛らしいが続く言葉はまったく愛らしくない。しばらく会わないうちに義妹の身内贔屓と筋肉好きが悪化していると知り、ダルドワーズは心の中だけで大いに嘆いた。こういう場面では、父親譲りの崩れない強面がとても役に立つ。


 そんなことなぞ露ほども知らない周囲は、大男にそっと耳打ちして薄らと頬を朱に染める美少女の姿にますます困惑を深めた。色味を揃えた服装や和やかそうな雰囲気から2人が親しい間柄なのは確実。しかし、大人と子供並の身長差と体格差、それに2人の表情も含め、(はた)から見ると総てがチグハグなのだ。


 男は王国軍人で、勤続年数の割に階級が高いことは入団志望者には一眼でわかる。そうした有望な兵士を自家に取り込むために娘を充てがうのは良くあることだ。けれどコメルシー家は武門の家でもなければ領地は僅か一村。兵士を身内にしたがる理由はない。

 ならば護衛か?となるが、基本的に、近衛以外の王国軍人にその職務はない。その近衛も王族以外に侍ることはしない。


 護衛か?婚約者か?はたまた?2人が学院長室に消えた後も、結論のでない騒めきだけが広がっていく。


 *****


「何してるのジョン!早く行くわよ」

「ちょっと落ち着きなってモニカ、深呼吸しt」

「そんな暇なんてないわっ!」


 小声で会話しながらモニカははしたなくないギリギリの早足で廊下を急ぐ。登校するなり聞こえた噂の真偽を確かめるために。


「コメルシー嬢が大男にエスコートされて登校した」

「男の方は悪鬼の如き姿で」

「2人は学院長室に入っていった」


 彼方此方で無責任に囁かれ拡散されていく噂に信憑性など皆無に等しい。けれど、いや、だからこそ真実を確かめねば。冷静になれというジョンの諫言(かんげん)も耳に入らず、モニカは一心に学院長室を目指すのだ。


「婚約が調ってお相手から学院を辞めるよう言われているのかも知れないわ。そんな横暴許すまじ」


 昔ながらの家では令嬢に高度な教育を施すことを良しとしない。彼らにとって、女は父に、夫に、老いては子に従順であることが第一の美徳である。男に傅き従順に生きるよう、家ぐるみで教育するのに小賢しさは妨げとなるというのだ。

 モニカは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の――


「鼻息荒いけど、まだそうと決まったわけじゃないから」


「うるさいわよッ!」


 興を削がれたモニカがキィィっと目を吊り上げた瞬間、視界の端に鮮やかなピンク色が飛び込んだ。


「あら。モニカ様、ジョン様ご機嫌よう」


「マ…ドレーヌ様…?!」


 学院長室の前に佇むマドレーヌの姿を確と認めた瞬間、取り繕ったはずのご令嬢の仮面が外れてカランと落ちた音が聞こえた気がした。とは、後のジョンの言である。

 すらりと伸びたスレンダーな体にぴたりと添う白い騎乗服。深緑色の上着はクールな中にもエレガントで、男性的な服を纏うことで女性らしい美しさが引き立っている。


「こんにちはマドレーヌ様。今日も良くお似合いですね」


「今日は乗合馬車でなく馬で来たのです。あ、モニカ様達も学院長に御用なのですよね?まもなく終わると思うんですけど…」


「あぁ、いえ、私達の用事は後でも良いことですので」


 ぽかんと口を開けっぱなしになったモニカに代わり、やっぱりジョンがはぐらかす。


「そうですか…あら?」


 カタリと開いた扉の向こうからヌゥっと現れた大男に、マドレーヌは嬉しそうに駆け寄った。高い位置で一つに結んだ髪が躍るように揺れる。


「どうだった?」


「概ね予想通りだ。必要ならば俺からも口添えするとは伝えたが、一朝一夕には行くまいな」


 隆々たる肉体を深緑色の軍服に包むその男は伝説の巨人兵の如き風貌で場を制圧し、鋭い眼光をもって見知らぬ者を射抜く。見知らぬ者というより、主にジョンを、だが。


「あ。義兄(あに)のダルドワーズ・コメルシーです。王国軍の第三部隊の所属で、今日は休暇が取れたので学院長にご挨拶したいって。ダル義兄さま、こちらモニカ・コシチェ様とジョン・ウォルト様よ。いつも親切にして頂いている方々なの」


「妹からの手紙でよく。至らぬところも多い妹だが仲良くしてやって欲しい」


 軍人らしくビシリと決めたダルドワーズは略礼の後、やはりジョンに視線を呉れる。


()()()()()宜しく」


「ちょっと無愛想だけど優しい義兄さまなの」


 背中に魔王でも背負っていそうな威圧感をもって明らかに脅しにかかるダルドワーズを真横に、マドレーヌはいつも通りの笑顔で友人達に自慢の兄を紹介した。






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