ダルドワーズ27歳、秋。~いつも心にデスノートを~
王国軍第三部隊の所属を意味する深緑色の制服に袖を通す。
ジャラジャラと無駄に重い左胸の勲章は外したが、肩の階級章と右胸の勤続年数章はしっかり縫い付けられているからそのままだ。さすがに徽章の偽造は難しいから、それに代わるリボンか何かを探してみるか。
柄にもなくそんなことを考えてしまったのは、可愛すぎる義妹が俺の贈った深緑色の乗馬服を着て、灰色の駄馬と戯れているからだ。
「ダル義兄さま、今日のイーヨーったら甘えん坊ね。きっと久しぶりにお家に帰れて嬉しいんだわ」
半分正解。半分外れ。
ドヤ顔で俺を見た上で歯を剥き出しにして笑うその性悪馬は確かに喜んじゃいるが、コメルシー家に帰れたからじゃなく、愛しのマディに会えたからだ。
「ウチの厩務員は仕事が丁寧だから、いい寝床と旨い餌にありつけてコイツもぐっすり休めたんだろう」
「きっとそうね。後できちんとお礼言いましょう、イーヨー?」
ぶるんぶるん首を真横に振ってやがるが知ったことか。いつも散々尻拭いしてやってるんだ、たまには意趣返ししても罪にはならんだろう。
「じゃあ行くか。マディ、ちゃんと鞍に座れよ」
「はあい。お願いね、イーヨー」
イーヨーは並の馬より体が大きいから小柄なマディでは鎧に足を引っ掛けるのも一苦労だし、台を探すのも面倒だから、ひょいっと抱えて馬に乗せる。その後ろに俺が座って手綱を持ち、つまり俺が後ろからマディの体をすっぽり包むようにして乗るのが俺らの二人乗りの流儀だ。
マディを乗せて鼻歌でも聞こえて来そうなほど機嫌の良いイーヨーの軽快すぎる足音を聞きながら、俺は昨日の親父との会話をぼんやり思い出していた。
*****
「ダルドワーズ。今からお前に伝えることは残念ながら全て現実だ。無理でも無茶でも飲み込め受け入れろ」
物騒な前口上と共に、親父が俺を名前で呼ぶ。いやな予感しかしない俺を余所に、飾り気のない実用一辺倒な机の上に並べられたのは見るからに上等と判る紙が使われた手紙だった。
一通は、デライト侯爵家。
マディに絡んできたらしい暴力男の家からか。貴族らしい勿体ぶった言い回しで綴られる内容は謝罪と感謝。なるほど差出人が嫡男の名前になっているのをみれば、現侯爵夫妻が領地に軟禁されているという噂は真実か。
一通は、コシチェ子爵家。
マディからの手紙にあった初めての貴族の友達の家か。こちらも感謝の意を伝えるものだ。誠実でしっかりとした親御さんで何よりだ。
…
……
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…………
……………
「いやもうあと何通出てくる?!」
あっという間に机を覆い尽くし、更に高く積まれていく手紙の数に思わずツッコんだ。しかも、先の2通以外、中身はお茶会、お茶会、お茶会。恋文、恋文、恋文、恋文。どれもこれも送り主の熱烈な想いが滴り落ちそうなくらい文面に溢れ返っている。
「この恋文は差出人が女の子だけど?」
「貴女の剣で打たれたいって何この変態性しか感じない文面?」
「兄の小さい頃の服を着て欲しいとか親睦以外の目的が強過ぎない?」
俺の質問を一切合切無視して親父は無言で手紙を積む。積む。積む。もう無心だ。心を無にしてやっている。親父も考えるのを放棄したのだと気付いた。それでも、崩れ落ちそうで落ちない絶妙なバランスを保つとは見事なり。
「最後だ」
能面みたいな表情で親父が目の前に差し出すそれを、俺は本能的に拒絶した。だってそれは、その封蠟は、まさか。だってまさか。雲の上の、俺たち下級貴族が絶対に邂逅するはずのない、王家に連なる御方。
――キエフルシ公爵家――
「なに、やらかしたら、こうなるッーー?!!!」
*****
「マディ、まだ1ヶ月しか経ってないが学院で何か困ったこととかないか?」
遊軍として各地を飛び回っている俺は義妹のご活躍っぷりの数々を、これまた親父から手渡された官給品の手紙の束から知った。差出人はポルックス・テュンダ。テュンダ辺境伯、つまりは侯爵位と並ぶ貴族トップの家に生を受け、各部隊の精鋭かつ美形が集まる近衛騎士団の所属。イケメン超絶エリート男が、何故だか男爵家養女の見守り役になっている。これだって相当に異常な事態だがツッコむ気力はもはや残っていない。親父の言うように、受け入れるしかない。
「マナーや貴族言葉は慣れなくて大変だけど、仲の良いお友達や同期生の皆んなが良くしてくれるから楽しいわ」
マディは幼い頃から、とにかく周囲の人々を強力に惹きつけて離さない。愛らしい容貌や自由で斬新な発想もそうだけれど、根本は彼女の性格によるものだ。
「そりゃあ良かった。俺はちょいちょい問題起こして叱られてたから、つい心配になってな」
「ダル義兄さまの武勇伝ね!お養母様から聞いたわ。平民差別する悪辣な教師を罷免させたのでしょう?」
「ははは。若気の至りってヤツだ」
金持ちの家から裏金を貰って成績に下駄を履かせ、後ろ盾のない者には単位を与えないその教師は、上に取り入るのに熱心だった。だから教師ではなく、そいつを庇護する権力者に非難の鋒がいくよう皆を煽って煽って煽りまくった。そうしたら権力者共は教師を見捨てて保身に入ったってのが顛末だ。たぶん俺には人を煽動する資質がある。だから周囲を鼓舞して思うように動かすのは得意だ。
対して、マディには自分の道をひたすら突き進む求道者のようなところがある。けれどそれを他人には決して強要せず、というよりも、他人をどうこうしようなどと考えるのはおこがましいと思っているフシすらある。
目の前の人間を丸ごと受け入れることのできる度量の深さ。無欲さ。それ故に、欲や闇を抱えて生きる普通の人間は彼女の側にいると心が浄化されたような気分になってしまうのだろう。
「もし妙な教師が居たら兄さまに言えよ?やっつけてやるからな」
例えば中庭で親しげに話してたという、フルン・スュトラッチとかな。
「ご心配なく。みんな良い先生ばかりよ」
「不埒な真似する男もみんなパパッとやっつけてやるぞー?」
例えばマディに剣を向けたらしい、ジョニー・グッドとかな。
俺の剣の師の娘であり妹弟子でもあるマディの実力はよく知っている。実戦で培われた剣技だ、お上品な訓練しかしていない学院生如きでは手も足も出まい。けれども、それとこれとは話は別だ。
「確かにちょっと困った人は居たけど和解済みよ。あ、そうだ。黒いけど詰め襟じゃなくて義兄さまみたいなジャケットの制服で、藍色に金が一本入った徽章って、第四騎士団なの?」
「ああ、善良な人間は一生関わらなくていいロクデナシだよ。マディもイーヨーも、見かけたらさっさと退散するが吉だぞ」
黒い制服に金帯の徽章は、ひと言で言えばお触り厳禁の標。
第四部隊は主に海防を担う部隊で、そこの騎士団は家格こそ高いがまったく使い物にならないお荷物に、名ばかりの地位を与えるためだけに存在する。だから制服は本来の第四部隊の色である白ではなく黒。そして藍色に金帯の徽章は、性根を叩き直す指導者ではなく、所属員にのみ与えられる。
「実はね、その制服の人が朝練中の学院生に暴力を振るってたの。たぶん、その子に人気があるとか、そんな理由なんだと思うんだ。で、危ないと思って助けたことがその、困った人にバレちゃったんだけど」
何それ聞いてない。
詳細を求めると、大凡、騎士団で受けた鉄拳教育の腹いせに加え、若い才能の芽を潰す魂胆だと知れた。ついでにマディの投擲の腕前も鈍っていないようでなによりだ。うむ、俺の可愛い妹は実に力強い。
「そんなのが指南役として来てるとしたら学院にも軍にもデメリットしかないな。学院長の許可でたら俺が剣術指南すっか?どうせ遠征休暇でしばらくヒマだし」
「ホント?ありがと義兄さま!」
フルン・スュトラッチ。ジョニー・グッド。誰か知らんが第四騎士団のそいつ。妙な恋文を送って来た男達。あと、いつも一緒とかいうジョン・ウォルトも怪しいな。
心のド真ん中にある抹殺者リストを更新したところで、予定よりも随分と早く王立学院が見えてきた。




