マドレーヌ13歳、秋。~おいしいごはんと仲良し家族~
「いーち、にーい、さーん、しッ!ごーお、ろーく…」
マドレーヌ・コメルシーの朝はすこぶる早い。
夜明けとともに起床し、前日に汲み置いた盥の水で顔を洗う。ネグリジェを脱いで丈の長い肌着姿になると、まずは全身のストレッチ。次に軽めのヨガで体を解し、スクワットや腕立て伏せ、ツイストクランチ、プランクなどの自重トレーニングと続く。最後にしっかりヨガを行い、朝の体操は終了。
「ラジオ体操だいいち〜♪」
動きやすい服に着替えて庭に出ると、ひんやりした朝の空気に頭が冴える。例の音楽を口ずさみながら体を動かせば心地よい疲労感と共にポカポカ温まってくる。
「今日は軽めにっと」
故郷にいる時は走り込みも日課だったが、流石に王都で貴族令嬢がランニングするのは憚られた。そこで屋敷の奥庭を10回往復している。速さはその時々の気分で。
「いっぽん、にほん、さんぼん、よんほん…」
〆は愛用の木刀で素振りを100本。きっちり構えてしっかり振り抜く、師匠直伝の鍛錬だ。
たっぷり2時間かけて朝の日課を終えると厨房からお湯を貰って自室に戻り、仕上げのクールダウンストレッチをしてから汗を拭いて服を着替え、今日からは家族4人で朝食を摂る。
今は社交シーズン真っ只中。夜会続きで養両親とも朝早く起きるのは大変だろうと固辞したが、夕食を共にできない分、朝だけは一緒に食べたいと言われては断る理由もない。そんな訳で、養母は甘いパンと紅茶、他の3人にはボリュームのある朝食が用意される。今日はバター香るオムレツにカリカリのベーコン、焼きトマト、ベイクドビーンズなどのワンプレートに薄切りバタートーストと紅茶。どれもこれも義兄の好物である。
「やっぱウチの飯は最高!つくづく、離れてわかる家族の有り難みよ」
ダルドワーズ・コメルシー。
コメルシー男爵家の嫡男にして実力第一主義の王国軍第三部隊に籍を置き、どれほど過酷な戦場でも表情一つ変えない様から『氷鉄の怪物像』の二つ名がついた歴戦の傑物。
…の面影は今はない。昨夜は夫人手作りの家庭料理を並べた夕食に感涙咽び泣き、朝は朝で食べ終わるのが惜しいとばかりに豆をじっくりゆっくり咀嚼する、単なる食いしん坊がここに居る。
「そんなに東の砦の食事は酷かったの?」
「町が遠くて新鮮な食材が入りにくいのもあるが、兵士ばっかの男所帯だからな。調理なんてクタクタになるまで煮るか焦げる直前まで揚げ焼きするかのどっちか。んで、不味いから酒をかっ喰らって胃まで流す」
「それは……ぞっとするわ」
自他ともに認める正真正銘の食いしん坊であるマドレーヌは身震いした。自分ならせいぜい保って3日間、いや、それも難しそうだ。任務とはいえ半年間も駐留した義兄に改めて尊敬の念を抱く。
「さて。マディ、今日は俺が送っていくから支度はゆっくりで良いぞー」
「ダル義兄さまが?いいの?」
「王都じゃイーヨーも運動不足になっちまうからな。マディも久しぶりに乗りたいだろ?」
「うん、ありがと義兄さま!わたしイーヨーに挨拶してくる!」
ご令嬢らしからぬ忙しなさで食堂室を後にするマドレーヌの足音がすっかり聞こえなくなったのを確認し、ダルドワーズは父に向き直る。
「そんな訳でイーヨー連れ出すからさ、親父から馬係に伝えといてくんね?その隙に馬たちにエサ食わして気晴らしさせろって」
「……またやらかしたのか」
「マディが他の馬の世話もするからヤキモチ妬きまくって威嚇しまくったって。しかもマディが居なくなった後で」
「あぁ、なんであの馬は…」
乾いた笑いを浮かべる息子と頭を抱える夫に、男爵夫人はにこにこ笑顔を向ける。
「動物は飼い主に似るって本当なのねぇ。貴方達2人と1匹、マドレーヌへの接し方がそっくりじゃありませんか」




