マドレーヌ14歳、冬。~決起会〜
頬を刺す風の冷たさを和らげるかのように、段々と陽光が力を取り戻していく。春はもうすぐそこ。
「…文化祭という前例のない催しが皆の将来にとって有意義なものとなるよう…」
――どうしてこうなった?
ナウル・デライト侯爵が来賓代表として音吐朗々とお言葉を述べるのを聞きながら、マドレーヌは遠い目をした。
そもそもはバンタルとの王都散策でお世話になったお礼に考えたホームパーティだった。マドレーヌとしては前世でいう「たこ焼きパーティ」、通称「たこパ」くらいのわいわい・ゆるゆるな集まりのつもりだったのが、お偉いさんが次々と参加希望の名乗りを上げて、あれよあれよという間に後援者が多数参加する大規模なパーティに。
そうなると男爵家では手狭だし格が足りないというので急遽、王立学院の手配で王都の貸会場が準備され、改めて学院主催の集会と相なった。今の時期はちょうど社交シーズンの谷間で、皆、暇なのも災いした。
大人達は普段付き合いのない人間と交流できて楽しそうだけれど、お陰で学院生達は着飾ったままカチンコチンに固まっている。
「マディ」
「マドレーヌ」
「レディ・マドレーヌ」
――どうしてこうなった?
壁の花になるべく足音と気配を消して動いている最中、義兄に捕獲され2人の従兄にがっちり挟まれる。マドレーヌの行動パターンを熟知するダルドワーズに背後から監視されては逃げ道はゼロだ。関係性を言わずとも察する能力に長けたお偉い方々に察してもらう為、或いは真実を知る人々に口裏合わせを暗に依頼する為、しばし見せ物と化した。
「社交の閑散期で皆が動き倦ねている間に先んじて高潔で影響力の高い人々に自身の立場を周知するとは考えたな。後援者も学院生も互いの存在をより近くに感ずれば、一層、文化祭への意欲も増すだろう」
「敬愛するデライト侯爵閣下に於かれましては御当主就任の由、大慶至極に存じます。…ところで。それ、皮肉です?」
たかがホームパーティを大規模な集会に押しやった張本人がグラス片手に機嫌よくやってくるのを一応は儀礼通りに淑女の礼をもって迎えながら、マドレーヌは非難がましい目を向ける。
「私はただ知人の耳に入れただけだ。元々は君の提案した案件だろう」
まったく違う。確かに団欒室で使用人もひっくるめたコメルシー家の一同にホームパーティの相談はした。仲の良い学院生は年が明けて14歳、15歳。前世でいえば中学生で、異性を意識する年頃だ。男女が揃って楽しめる知恵は無いか、と聞き、集まる名目があった方が良かろうというので「文化祭の決起会」となった。それがどうした訳か、フルン経由でナウルの耳に「世話になった人を招いた集会を行う」「文化祭の決起会」と間違ってはいないけれど前提をまるっと省いた断片的な情報だけが届き、ここまで大ごとになった。
「…未成年の学院生が、しかも田舎育ちの元平民なニワカ男爵令嬢が、こんな大規模な集会を企画すると思います?」
「!!!!」
グラスを持ったままピシリと凍りつく姿を見れば、重大な思い違いをしていたらしいと今更ながら気づいたようだ。
「…この、飲み物は。軽やかで実に好いな」
「ベースは薬草のシロップです。こういったお味がお好みでしたら夏の時期には生の薬草を使ったカクテルを試してみません?」
ナウルの苦し紛れの誤魔化しはさておき。
王国では飲酒に年齢制限はないけれど、若年のうちからの飲酒は好ましくないし、居並ぶお歴々の前で万が一にも醜態を晒せば将来的にも宜しくないだろう。ということで会場にはノンアルコールカクテルを用意した。材料はコメルシー村から運んだあれこれだ。学院が提供できる規定の食材以外はコメルシー家からの寄付ということになっているものの、ベースのほとんどは過去に製造したはいいけれど死蔵になっていた各種の薬草や果実のシロップ漬け。これを冷ました紅茶や冷たい水、ソーダなどで割って提供している。
「これはトマトか。旨い」
ダルドワーズが気に入ったのはヴァージン・マリーもどき。本来はトマトジュースとレモンを使用するが、今は冬。辛味成分のある薬草も加えて仕込んだトマトペーストと酸味のある薬草で代用している。ウスターソースとトマトで旨味たっぷり、野菜好きなダルドワーズにばっちり嵌ったようで何よりだ。
「トマト…?トマトというと、あの赤い実のつく庭木か?」
王国でトマトが食されるようになったのは、ごく最近のことらしい。以前からトマトそのものはあったけれど非常に酸味が強く身も小さくて硬いため観賞用にされる程度で、とても食べられるシロモノではなかったとか。それが5年ほど前に食用に適した品種が流通し始めたことで、一部の好事家が味わうようになってきたとか。
「え、初耳です。村ではもっと昔から栽培してましたよ?」
「そりゃあそうだ。食えるように改良したの、マディの父親だからな」
「シロップ漬けといいトマトといい。高度な専門知識を一体、何に使っているんだ…」
食い意地の張った元日本人の幼女が「たまごはトマトのあじがいいな」とぽつりと言い、娘を愛して止まない植物栽培のプロが本気を出した結果、甘みと酸味のバランスに優れた品種が誕生。荒れ地でもよく育ち病害虫にも耐性があるので、コメルシー村では初心者でも育てやすい家庭菜園向きの野菜としてすっかり定着している。
夏に豊富に採れたトマトをペーストにして保存すれば野菜の少ない冬場に重宝するし、なにより大抵のものが旨くなるので便利だ。トマトはグルタミン酸とアスパラギン酸の宝庫で、加熱すればグアニル酸によってさらに旨味が増すうえ、イノシン酸が豊富な肉類と合わせることで何倍も旨くなる。つまり、失敗知らずの調味料である。例年ならば冬至祭にトマトベースの鍋やら巨大ピザやらも大量に用意するのだが、今年は都会からの多くの客人に合わせたパーティ料理にしたのでトマトペーストが余りまくり、それも村から送らせた。
「ダル義兄さまには必要ないと思うけど、二日酔いにもおすすめよ。あと美容にも良いし」
「二日酔い…」
心当たりがあるのか数名の男達が手を伸ばし、恐る恐るといったふうに唇を湿らせると顔を見合わせてゴクゴクとグラスを空ける。その様子を見て女性陣も続く。
「やあ!充分に美味ではないか」
「あら?ほんとうに飲みやすいわね」
「さすがスュトラッチ家の…」
「ああ、なるほど。それなら道理だ」
それまで口にするなど考えなかった植物も試してみたくなるのだから、スュトラッチ家の威光は凄まじい。
「これ飲むとピザが食いたくなってくるな」
「次のお休みにピザパーティやろっか。トマトペーストの在庫まだあるし、カリソンさんも呼ぶ?」
「……」
「ぼくも友達を呼んでいいかな?」
「どうぞー。お泊まり希望なら客間を用意しますから朝まで飲んだくれても大丈夫ですよ。あ、翌日のお仕事に差し支えのない範囲で」
「だって」
「…感謝する」
しっかり胃袋を掴まれているナウルはそそくさと会場内に居る妻にお伺いを立てにいった。食事の要不要は家庭において重要事項だから賢明な判断だ。
「立場上、格上のナウルが来たいと言うと命令になっちゃうでしょう?けっこう気にしてるんだよ」
「上に立つ方として、とても理想的なお振る舞いですね。ですが、お寂しく感じることも多そうです」
「上は上なりに、下には下なりの、だな。苦悩なんて誰にも在るものだが、己と遠い立場に在る者を慮れるのは誰にでも出来るものではないな」




