第23話『VSキングオーク』
「う、くぅ……」
私は、呻き声を上げながら地面に膝をついていた。そしてそれは、莉緒たちも同じだった。
「なぁんだ、少しは期待できると思ったのになぁ」
軽薄な方の吸血鬼が、つまらなさそうに言った。いや、実際つまらないのだろう。
服装からして、この男は吸血鬼の中でも『貴族』と呼ばれる部類。並の吸血鬼とはレベルが違う。そんな奴からしてみれば、私たちの力なんて歯牙にも掛けないのは何も不思議なことではない。
「こっちは君に任せてもいいかな?」
「……どこへ行く気だ?」
くるりと私たちに背中を向ける軽薄な吸血鬼に、真面目な方が剣呑な雰囲気で問いかける。軽薄な方は、ニッコリと笑みを浮かべながら、こちらを振り向く。
「残りの5人を殺しに♡ 君も来るかい?」
「勝手な行動をするな」
「僕に指図するのかい?」
「俺がお前と共にいる意味を忘れるな。俺はお前の監視役なのだからな」
「でも、残りに逃げられても困るだろう? それにこんな奴ら、君一人でも何ら問題はないはずだ」
「……仕方があるまい。やり過ぎるなよ」
「ふふ、感謝するよ」
了承を受けた軽薄な吸血鬼は、その場を離脱していった。
恐らく、リンたちのところへ向かったのだ。
「く、待てっ……」
何とか力を振り絞って立ち上がる。私がこんなにヘロヘロなのは、何も吸血鬼に攻められていたからではない。
『神話憑依』第二解放の後遺症だ。と言っても、ただ単に消耗が激しいだけだが、コレがなかなか馬鹿にならない。
加えて、私の『神話憑依』はパワー特化で、魔力はまだしも体力の消耗が著しい。魔力が尽きれば魔導が使えないだけで済む。しかし、体力が尽きてしまえば戦えない。そもそも動く力が残ってないのだから。
流石にそこまでは行かなかったものの、限界は近い。こちらはほぼ全滅。たった一体、されど一体と言うのが吸血鬼というものだ。これでは最早どうにもなるまい。
リンたちもすぐにやられてしまうだろう。
「く、そ……」
「人間。もう楽になれ。どうせこの状況だ。覆せるはずもない」
吸血鬼の言う通りだ。もう私たちには、死ぬ運命しかない。でも。
「簡単に諦めるわけには行かないわ……絶対に、生きる希望は捨てない!」
「……ここからは、本当の地獄だというのに」
愚かな。その呟きは、突然響いた笑い声に掻き消された。狂ったように笑い出したのは莉緒だった。
死の恐怖で、頭がおかしくなったのか。いや、彼女は、たとえ死の恐怖が近づいてこようとも、恐怖をあらわにするような可愛い人間だとは思えない。
だとすれば一体何なのか。その疑問は、莉緒の言葉で明らかになった。
「いやぁ、まさかここまでうまくいくなんて。面白くて笑いが止まらないっすよ」
そう言いながら莉緒は__五体満足で悠々と立ち上がった。
彼女の言葉からは、吸血鬼たちに対する嘲りが感じ取れた。
「……え?」
「おや、杏果さんも気づいてなかったんすか? まあ、響弥さんも気づいてないみたいっすけど」
確かに響弥を見ると、彼もまた私同様ポカンとしていた。という事はつまり__美緒は莉緒の意図を知ってるということになる。
その予想を裏付けるように、音もなく、だが確かな足取りで立ち上がる美緒。
「流石に自分たちだけで吸血鬼2体を相手取って余裕で居られるほどの実力はまだ無いんで、あえて本気を見せずに戦っていたんすよ。むしろ弱いように見せかけた」
「私の能力はフィールドに対しては大きな効果を発揮するけど、一人に対しては効きにくい。だから、知られていても特に問題は無い」
「そして、あの軽薄な方は途中で飽きてどっかに行くと踏んでたんすけど……ふ、ふふ……いや、本当に思惑通りになるとは」
「貴様っ……」
吸血鬼が、初めて戦慄を覚えた。その証拠に、声が少し震えていた。
「さて、こっからが反撃っすよ。杏果さんと響弥さん。限界なら少し離れて休んでてくださいっす」
「……タッグ組むのは久し振りだけど、ちゃんと行ける?」
「無論っす。自分たち2人なら、吸血鬼一体くらい、どうとでもなる」
「……いいだろう。本気で相手してやる。死んでも文句はあるまいな!」
吸血鬼が地面を蹴る。その速さは、目で追うには数段速い。だが、莉緒はそれを受け止めた。
そこで、私は気付く。莉緒の装いが、先ほどの私と同様少し違っていることに。それは美緒も同じだった。
莉緒は、ニヤリと笑みを浮かび告げる。
「さぁ、今度こそ始めるっすよ。自分たちの戦いを」
「うおおおおっ!」
俺は、魔力棒を持ってキングオークに特攻をかける。そして、魔力棒を横薙ぎに振り抜く。
だが、思ったよりもキングオークの反応が良く、奴の拳に破壊される。俺はその一撃で後退を余儀なくされた。だが、相手は満身創痍のデカブツだ。すぐに体勢を立て直すことができていない。
「はあぁっ!」
その隙をついて、リンが長槍で突き刺す。
だが、これもまともにダメージが効いている様子はない。少し肉に刺さったところで止まって、槍はそれ以上深くは刺さらない。
「くっ……、だったら__!」
リンは、そのまま槍を伝って風の刃を発生させた。つまり、キングオークの体内に風の刃を発生させた。例え丈夫だろうと、体の内側からの攻撃なら別だろう。ましてや、今のキングオークの肉体はグズグズに朽ちかけている。果たして、槍の刺さった部分の肉が、アッサリと飛び散った。
「ギャガァァァァアッ!」
「うわっ」
悲鳴とともに飛び散る肉片と血液。それを、後ろから飛んできた弾幕攻撃が弾き飛ばす。
「あ、ありがとう」
「うわ、凄い精度……流石序列20位以内って事なのかしら」
ボソリと佳奈恵がそんな事をつぶやく。確かに、飛んできた弾幕の中でも、静音のものは確実に多くを打ち落としていた。
「そんな事よりほら、まだくる!」
「まだくんのかよ⁉︎」
あのダメージでまだ動くのか。
振り向いてキングオークを見ると、近くの残っていた木に手を伸ばして、日から任せに引き抜いて振り抜いてくる。
「げぇ……」
まずったかもしんない。
急いで防御にまわる。魔力棒を、体を強化して受け止める。だが、あれだけ大きなものを無傷で受け切れるほど俺は強くなかった。
「ぐ、うぅっ!」
受け止められないから、あえて後ろに下がりながら力を逃す。それでも、後ろに吹き飛ばされる。
「ちっくしょ……こんなになってもまだこんな力があるのか」
「そりゃあ、低位魔族とはいえキングオーク。力だけなら吸血鬼に匹敵するかもしれないと言われてるくらいだから」
「初耳だわそれ……」
なるほど、満身創痍でもそれならこの力に納得がいく。納得してる場合じゃないけど。
「むぅ……あいつらの魔術もあんまし聞いてみたいだな」
「そうだね。元々オークは丈夫だから、物理攻撃は効きにくい。魔術も柔だと効かないもんね」
「こうなったらいっその事あれ使うか」
「あれって……、まさか」
「そのまさかだと思う」
「ちょっと考え直したほうがいいんじゃないかなぁ……」
俺がやろうとしている事は、俺の必殺技とも言える一撃“黒渦”だ。確かに、リンが危惧する通り、負担が大きい技なのは確かだ。だが、ここ最近の特訓の成果が出ているのか、1日に最高2発までなら何とか撃てるようになったのだ。少し疲労しているとはいえ、これなら一撃ぶっ放す分には行けると思う。
「でも、そこまでしなくてもいいと思うんだけど……」
「時間かけるのはマズイんじゃないか? 柊たちの援護にも行かなきゃいけないんだ」
話によると吸血鬼はかなり強いらしく、貴族の強さは更にヤバイらしい。時間をかけ過ぎたら、杏果たちはやられてしまうかもしれない。
まあ、彼女たちより序列の低い俺たちが助けに入ったところで状況が変えれるとも思えないが、それでも全く敵わない何て事はないだろう。……ないはずだ。
「……わかった。でも、無茶しちゃダメだよ? キングオークは引きつけておくから、その間にお願いね」
「おっしゃ、了解」
リンが後ろに下がって静音たちに話を伝えに行った。俺はその間にキングオークの視界に回り込んで準備をする。
流石に目の前で回り込めば気づかれるのは当たり前だが、俺の後ろから弾幕が無数に飛び、キングオークを攻撃する。そうする事で、俺から意識をそらさせたのだ。
俺は、魔力棒を上段に構えて意識を集中させる。魔力棒を中心に、黒い渦が生まれる。それは徐々に大きくなり、束になるように収縮していく。
やっぱりそうだ。ここ最近、この技“黒渦”はかなり安定してきている。特訓の成果が出ているのか、魔導士として成長しているのか。確実に負担が減っていた。
こんな大技を1日に2度も撃てるようになったのも、そのおかげだ。それでも負担が大きい事に変わりはないが、俺にとっては大きな自信になった。
「準備完了だ!」
「わかった。みんな、下がって!」
『了解っ!』
確か指揮権は静音に渡ったはずなのだが、今回の事においてはリンの方がよく知っているからだろう、リンが指示を出していた。
猛、佳奈恵、静音は指示に従って大きく後ろに後退。キングオークはというと、不穏な空気でも感じ取ったのか俺の方を振り向いた。
だが、既に時遅し。
俺は、大きく足を踏み出して、気合を込めて力任せに振り下ろした。
「“黒渦”っ__!」
文字通りの黒い渦が、残った木々を吹き飛ばしながらキングオークを襲った。
「ギャアァァァァァッ!」
ドンッ! 凄まじい音が鳴り響き、衝撃波が辺りに撒き散らされる。
やがてキングオークを中心に、拡大した黒い渦が空高く立ち登り黒い竜巻と化した。
やがて黒い渦が晴れた時、キングオークは肉片も残さず消し飛んでいた。
「将真くん!」
それを確認したリンが、俺の方に駆け寄ってくる。その後ろを静音たちがついてくる。
「大丈夫?」
「ああ。やっぱりかなりしんどいけど、まだまだ動けるかな」
「うっそ、あんな強力な技使って平気なの? 確か、まだこっちに来て1ヶ月くらいだって聞いてるんだけど」
「は? 1ヶ月でこの実力? こんなのの何処が序列261だよ……」
「うんうん、才能あるのはいい事だと思うよ。とにかく、キングオークの討伐は終わったんだ、あとは2年生チームを探して早く杏果ちゃんたちの援護に行かないとね」
「そうだな」
静音の言葉に、俺たちは同意して頷く。
元々はそれが任務だったのだ。吸血鬼が現れたのは完全にイレギュラーな事態なので、最悪逃げられれば逃げてもいいんじゃないかとも思うが、とにかくまずは、2年生チームを見つけなければ。
「__やぁ、話は終わったかい?」
そんな声が聞こえたのは、俺たちが2年生チームの捜索に動き出そうとした瞬間だった。
『__っ⁉︎』
聞き覚えのある声に、俺たちは戦慄しながら振り向いた。
「お前は……!」
そこにいたのは、現れた2体の吸血鬼の片割れだった。こいつがいるという事は……。
「お前、柊たちをどうした⁉︎」
「ん? もしかして、君たち以外の人間の事を言ってるのかな? それなら、飽きてしまったから放っておいたよ。あの程度なら、僕がいる必要はない。彼がやっといてくれるさ」
嘲笑を浮かべながら吸血鬼はいった。
つまり、まだ柊たちは多分だが無事だ。
俺は少しホッとした。だが、それも束の間だった。
超高速で移動した吸血鬼が、俺たちとすれ違う間に、リンの首をつかんで行った。
「あ、ぐ……⁉︎」
「さぁて、じゃあ殺そうか」
吸血鬼が空いた手で手刀をつくり、後ろに引いた。
「リンーっ!」
手刀が、リンを貫く__




