第18話 『はい、あーん♡(?)』
「そ、そこに座って……」
「お、おう」
言われるままに、俺はそこ__自分のベッドに腰をかける。
その後すぐにリンもペタンと腰を下ろす。
コンビニの袋の中のオニギリを取り出し、包装を解いていく。
そうして取り出した中身を両手で持って、リンが真っ赤な顔で俺の顔の前に差し出してきた。
「あの……ど、どうぞ」
「お、おう。じゃあ遠慮なく……」
俺は、オニギリを一口食べる。
うん。うまい。コンビニのオニギリの癖して、出来立てというのも変な話だが、そんな感じである。まあ、むこうのコンビニのオニギリが不味かったわけではないが。
「ど、どうかな?」
「うん。普通においしいよ」
「そ、そっか……」
緊張でか顔が強張っていたリンの表情も、少しだけ綻んだ。
そのまま10分くらい同じようなことを繰り返して、コンビニの袋の中身が無くなった。
飲み物も用意してくれていたみたいで、よくあるストローを刺すタイプのものでわざわざ飲ませてくれた。
「リン」
「ひゃい⁉︎」
名前を呼びかけると、妙な声を上げてリンは飛び上がった。
「助かったよ。ありがとな」
「え……えっと、その……どういたしまして……」
消え入りそうな声でボソボソと言う。
俺の言葉に偽りは一切ない。それに、こんな可愛い子に食べさせてもらえるなんて、男子としては嬉しいことこの上ないだろう。
まあ、自分が変な気を起こしそうで気が気じゃなかったが。
恥ずかしそうに縮こまるリンがまた可愛くて、ついそのまま抱きしめてしまいたい衝動にかられるが、そんな事をしては犯罪者になりかねない。
なので、せめて頭を撫でるにとどめた。
すると、ただでさえ真っ赤な顔が、いよいよもって爆発しそうなくらい赤くなった。
「〜〜〜!」
「うわっ」
すると、耐えられなくなったのだろう。リンは凄まじい勢いでベッドから降りた。その際こけそうになってパンツがちらりと見えたのだが、言わぬが吉だろう。
そしてそのまま、俺の部屋を飛び出した。
瞬間、扉の向こうでゴチンと頭をぶつけたような鈍い音と悲鳴が聞こえたので、慌てて俺も部屋の外に出ると、聞き耳を立てていたらしい莉緒と頭をぶつけたようで、リンは目を回していた。莉緒もまた、頭を押さえて「うおぉぉぉぉぉ……」と呻いていた。
「おいおい……」
思わず呆れて溜息が出たが、次の瞬間、何故か面白くなって、少し吹き出してしまった。
「むう、何だか天罰をくらったような気分っす」
「なんだよ、悪いことでもしたのか?」
「悪いことっていうか……そうっすね、この際言っちゃいますか」
「何を?」
「リンさんをけしかけたのは自分っす」
「お前だったのかよ⁉︎」
そりゃ、自主的に来てくれたとは思ってなかったけど、そういうことだったのか。
「で、どうだったっすか?」
「どうって?」
「いやぁ、リンさんみたいな美少女に『はい、あーん♡』されて」
「何だそれ⁉︎ しらねぇよ普通に食わせてもらっただけだよ!」
「えー、言ってないんすかー? リンさんやっぱり初心なんすねー」
「いやいやいやいや」
流石にそれはハードルが高すぎるだろう。
て言うかこいつ、リンにそんなこと言わせようとしてたのか。
それにしても、『はい、あーん♡』ねぇ……。
思わず想像してしまった。うん。悪くない。じゃなくて。
「中々酷なことをするなぁお前」
「面白そうだったんすよ」
「お前な……」
思わず嘆息してしまう。
とりあえず今度何かリンにお礼でもしなくちゃな。何かリンには借りを作りっぱなしな気がする。
「将真さんは、明日どうするんすか?」
「明日? いや、明日は学校だろ?」
「その手で行くんすか?」
「うっ……」
そういえばそうだった。
何か、さっきのリンから癒しオーラでも出てたのか(冗談)痛みが治まりつつあるが、今のままではペンも握れない。
どうやって学校へ行こうというのか。
「明日は休んだほうがいいっすね。午後からの活動は、将真さん用のアイテムでも買ってきましょう」
「アイテム?」
「リンさんが使ってたあの包帯とか、ああいう便利アイテムっす。要は魔導具っすね」
「ああ……傷治る薬とかないの?」
「あるにはあるっすけど、やたら高いんすよねー。任務クリアか高序列で学校からお金でるんでまあ、自分は問題ないっすけど」
「学校から金でるの⁉︎」
スゲェ! 羨ましい!
「って言っても、全序列お金は出るっすよ。今の将真さんの序列でも月1万は出ます。あと、今回の任務クリアの報酬も自分が預かってるんで、その傷が治り次第渡すっすね」
「了解」
それにしても……。
「俺みたいな低序列でもそんなに金もらえるなんて、太っ腹だな。何でだ?」
「そりゃあ、いつ死ぬかもわからない以上、最低限満たされた暮らしはしたいでしょう?」
「そうだな」
「それに、ついさっきも言ったっすけど、死なないための準備というのも万全にしておく必要があるんす」
「それが魔導具か?」
「その通りっす」
なるほどねぇ。
つまりアレだろう。一時的に自分の身体能力を向上させたり、魔術や魔法の精度を上げたり、あの包帯みたいに傷を早く治したり。
そういうことができるアイテムが、魔導具なのだろう。
死なないように万全の体制を整える。確かに、大事なことだ。そんな生死のやり取りを経験したことがあるわけでもないので、これはいいことを学んだかもしれない。
むこうでは生死のやり取りする状況になることなんて滅多にないし。
「というわけで、明日は3人で買い物にでも行きましょー」
「わかった」
俺はこくりと頷いた。明日になればこの傷も流石に少しマシになってると思うしな。
「じゃ、そういう事でまた明日っす」
「おう」
そう言って、俺たちはそれぞれ自分の部屋に戻る。
こんな手では何もできないので、仕方なく俺はすぐに寝ることにした。
まだ9時を回ったばかりの早い時間だが、疲れていたのか、意外にもすぐに眠りにつくことができた。
翌日。
まあ、朝練なんかできないよね。
昨日より幾ばくかは楽になったが、それでも痛いものは痛い。それにしても、よくこんな痛みの中で眠れたな俺。どんな神経してんだと、自分で自分に問いかけたいくらいだ。
「しかも寝過ごしてるし」
どうせ休むのだから問題ないのだが、何と起きたのは朝の9時過ぎだった。
とりあえず肉体強化の魔法で、痛みはあるものの強引に動かすことはできるようになった。
そんな不便な状況で朝食を取り、風呂も入ってふと思った。これなら本読めるんじゃないか、と。
机の上に置かれていた冊子。それを昨日の夜のように手にとってめくってみる。感覚も少しずつ戻ってきているので、今度は指を切るような間抜けなことにはならなかった。
これはこれで、肉体強化の魔法の練習にもなるし本も読めるしでいいかもしれない。
今日はどうせしばらく暇なので、本でも読んでやり過ごそう。
……で。
「もしかして、ずっと本読んでたんすか?」
「まあ、そうだな……」
莉緒とリンが帰ってくるまで、実質5時間近くぶっ通しで本を読んでいたという事についさっき気づいた。いや、2人が帰ってこなかったら多分まだ気づかず読んでいたかもしれない。
「もしかして、将真さんって本の虫ってやつっすか?」
「そうかもしんない」
そんなわけでまあ、別段責められてるわけではないものの、本気で呆れられていた。
ちなみにリンは、昨日のことを気にしているのか、俺と顔を合わせようとしない。嫌われてるわけではなさそうだけど。いや、信じたいというのが本音だろうか。
でも、嫌われるようなことはしてないよな?
「まあそれは置いといて、早速出かけるっすよ」
切り替えが早いと思いながらも、俺も話を先に進める。
「それはいいけど、何を買うんだ?」
「まずは……将真さんのあのヤバイ技、えっと何でしたっけ」
「“黒渦”」
覚えとけよ、という念を込めて言ったのだが、やはりそこは莉緒。おもっくそスルーしおった。
「そうそうそれっす。その技の負担を見越しての対策を」
「例えば?」
「リンさんが使ってるようなやつっす」
「どれだよ」
「リンさーん、そろそろ気を取り直してくんないっすか?」
「えっ⁉︎」
唐突に話を振られ、戸惑うような声を上げる。
あれこれとわたわた指を動かして、リンは自分の部屋に逃げ込んだ……というわけではなかった。再び部屋から出てきたリンが、おそらく例のものと思われる小手のようなものを持ってきた。
どうやら話は聞いていたようだ。
「こ、これだけど……よかったら、ボクのをあげようか?」
「え、いいの?」
「いやダメでしょう」
「いや、何でそこで否定するんだよ」
ジト目で莉緒を睨む。
ただ茶々を入れたいだけならまたの機会にしてほしいと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「リンさんには悪いっすけど、お二人だいぶ体格違うじゃないっすか。絶対にサイズ合わないですって。Lサイズの服で丁度の人が、Sサイズの服を着るようなもんっす」
「そこまで言うかなぁ⁉︎」
リンが堪らずといった様子で抗議する。まあ、自分が小さいと他人から言われたわけだから、許容しがたいものもあるだろう。それに、俺から見てもSサイズは確かに言い過ぎだ……と思う。
だが、俺はあろうことか吹き出してしまった。いや、少しね?
「ちょ、何で笑うの⁉︎」
「いや、少し普段のリンに戻ってきたなーと思って」
「う……そんなにボクの様子おかしかった?」
そんな事を言うもんだから、自覚がなかったのか、と流石に驚いた。
「おかしいっていうか……まあ、目に見えて変化してたのは事実だけどな」
「うわぁ……迷惑かけちゃったね。ゴメン」
「気にすんな。そういうことなら早速行こうぜ」
「そっすね」
「うん」
気を取り直したリンと、莉緒と共に、俺は繁華街エリアへと出向いた。
そして早速寄り道をするという有様である。
いや、そうは言うけど、俺まだ昼食食べてないんだよ仕方ないだろ。
だが、今日は特に動く予定もないので軽食で済ませようという話になり、ファーストフード店に入った。
「久しぶりにこういう店入ったよ」
「そう? ボクは月1くらいで来てるけど」
「自分はあんまり来ないっすねー」
味は良いけど胃に重いんで、と怠そうに机に溶けるように突っ伏した。
どうやら莉緒は、脂っこいものは苦手らしい。
それぞれ頼んだものを机に運んできて、口に運びながら話をする。
「この後はどこへ行くんだ?」
「うん。魔導器を買うなら東区か南区だよね。どっちに行く?」
「うーん……。どっちのほうが良いんだ?」
「安値でたくさん買えるのは南区で、少し高値だけど良いもの作ってくれるのは東区かな」
「……じゃあ、東区にしようかな」
「わかった。……莉緒ちゃん? さっきから静かだけど、どうしたの?」
莉緒を見ると、なんか難しい顔でジュースをすすっていた。
「……どうした?」
「……リンさん」
「え、ボク?」
果たして、莉緒が呼びかけたのは、声をかけた俺ではなくリンだった。
「何かな?」
「昨日の続きしてくださいっすよー」
「「……っ⁉︎」」
その台詞に、俺も驚かされた。リンに至っては顔を真っ赤に爆発させていた。
「は、恥ずかしいからやだよ! そんなの自分でやれば良いじゃない⁉︎」
「えー、いいんすか自分がやっちゃっても」
「で、できるの?」
すると莉緒は、ニヤリと笑みを浮かべて、フライドポテトを1つ手に取る。
そして、蠱惑的な顔を浮かべ、あの台詞を言った。
「『はい、あーん♡』」
「っ⁉︎」
俺は、思わず顔を引きつらせて仰け反った。
「ほら、どうしたんすか?」
莉緒はニヤニヤと近づいてくる。俺は更に下がるも、そんなに逃げ場があろうはずもなく。
「か、勘弁してくれ……!」
俺は思わず、悲鳴のような声を上げるのだった。




