第17話 『後遺症』
このシチュエーション何回目だろう。
とは言うものの、今回目覚めた場所はどうやら保健室ではなさそうだが。
「……あ、将真くん。よかった、目が覚めたんだね」
「おう、リンか……。……ん?」
「どうしたの?」
「いや……任務はどうなったんだ?」
「終わったよ。ここはボクの個室」
「……どうやって帰ってきたんだ俺」
「えっと……莉緒ちゃんに背負われて」
「またかよ!」
思わず叫んだ。
本当に情けないな俺は。何度女子の手を借りるんだ。せめて意識を保つくらいできなかったのか。
「それより、手は大丈夫?」
「それよりって何だよ! ……って、いったぁ⁉︎」
その言葉で注意がそちらに向いて、ようやく俺は痛みを知覚した。いや待って、前の比じゃないんだけど。超痛いんだけど⁉︎
「うおぉぉぉぉぉぅ……」
「……大丈夫?」
「ぜんっぜん。やばい潰れそう」
「一応保健室で治療はしたんだけど……」
「なにこれどうなってんの?」
「ほら、将真くんが使ったあの技の後遺症? みたいなものだよ」
「ああ、アレな……」
確かにあの威力は自分でも驚いたが、その代償がこの激痛か。これはいよいよ使わない方が身のためかもしれない。
後悔先に立たずとは言うが、好奇心に負けて今まさに後悔している俺である。
「ちょっといい?」
「うん? え、ちょっと待って、触んの⁉︎」
「だって、包帯も変えた方がいいし、傷の様子も確認しないと」
「……包帯? それが?」
新しい包帯を取り出したリン。
それを見て俺は思わず怪訝そうな表情をつくる。なんか、帯に変な模様や文字が書かれてるんだけど。
「魔導具の一種だよ。傷の治癒を促進する包帯」
「な、なるほど……」
理解はした。理解はしたが……。
「じゃあ、外すね?」
「おう……、って痛い痛い痛いっ!」
「が、我慢して。ちょっとだけだから」
「そうは言うけどなぁ……うぐぅ……」
まあ、慎重にやってくれてる分感謝すべきなのだろうが。
腕の包帯が外されて、俺は目を疑った。では真っ赤に腫れあがり、火傷した跡みたいになっている。なんか血管が黒くなったみたいな模様が腕を走っている。
「何だこれ……」
「聞きたいのはボクたちの方なんだけど……」
「す、すまん」
「ううん。それよりも将真くんは早く傷を治した方がいいよ。これでもだいぶ治ってきた方だし」
「これでも?」
「そうっすね。あの技の直後なんてかなりエグいことになってたんすよ」
「きゃあぁぁっ⁉︎」
「うおぉぉぉっ⁉︎」
突如天井からにゅっと現れた莉緒を見て、思わず俺たちは悲鳴をあげる。
「脅かすなよ!」
「いやぁ、この前反応皮よかったもんでつい……」
「し、心臓に悪いよ……」
リンが涙目で訴えるも、そんなに気にする様子は見られない。
「やっぱりあの技はそうホイホイ使わない方が良さそうっすね」
「元はと言えば、お前が言い出したんだろ⁉︎」
「そうでしたっけ?」
「そうだったろ! ……って、いつつっ」
ギャーギャー騒ぎ過ぎて、傷に障ったようだ。だがその痛みで俺は冷静さを取り戻した。
「……もう7時か」
「でも、そんなに遅い時間じゃないから、ゆっくり休んでてもいいよ」
「おう。そうさせてもら……ん?」
そういえばさっきリンは言っていた。
『ここはボクの個室』と。
「ダメじゃん!」
「わぁっ⁉︎」
「これお前の布団じゃねえか!」
「え……そんなに嫌だった?」
若干傷ついたような表情になるリン。だが、俺が言いたいのはそうじゃない。
「いや、寧ろ自分の布団の上に異性を寝かすことに抵抗とかなかったのか?」
「それよりも将真くんの回復が最優先かなって」
「俺結構ボロボロだし、朝シャワー浴びただけで、風呂とか入ってないよ?」
「洗えば済むから」
「……いや、やっぱり自分の布団で休むよ」
「どうして?」
「だって、お前に悪いだろ? それに寝れないだろうし」
「ボクは最悪床でも……」
「いやいやいや!」
女子を床に寝かして自分が布団で寝るくらいなら、俺が床で寝るわ!
リンは少し考えるように腕を組み、こくりと頷いた。
「うん、わかった。でも動ける?」
「手を使わなきゃ何とかなる」
「そっか。ご飯はどうする?」
「……何か、簡単に食べれそうなものを持ってきてくれると助かる」
「わかった。じゃあ、ボクたちは夕飯済ませてくるから、その後でもいい?」
「おう」
「それじゃあ、また後で……」
「ちゃんと安静にしてるんすよー」
「わかってる」
パタン、と扉が閉められ、リンたちは部屋を出て行く。
「……俺も部屋に戻るか」
俺は手を使わずに起き上がり、こればっかりは仕方ないので、痛みを堪えてドアノブを回し(流石に他人の部屋のドアノブを足で開けるわけにはいかない)、自分の個室へ戻った。
「……リンさん」
「……何?」
「初心っすねぇ」
「う、うるさいっ」
ボクはちょっと顔を赤くして答えた。
将真に指摘されるまで気づかなかったが、確かに言われてみて、考えた。
改めて自分の行動は軽率だったかなぁと思った。
ちょっと恥ずかしい。
「さーて、この後はどうするっすか?」
「どうするって?」
「例えオニギリとかサンドイッチ買ったとしたても、流石に足を使って食べろなんて言えないでしょう?」
「うん、それはそうだね」
「となると……」
「……その笑みは何?」
楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる莉緒を見て、思わず顔を引きつらせる。
「いやぁ、もうこれは、食べさせるしかないっすよねー」
「た、食べさせる?」
「そうっす」
「……まさか」
「もちろん、『はい、あーん♡』しかないでしょう!」
「何でそうなるの⁉︎」
いい笑顔でグッと手を握る莉緒を見て、ボクは思わず絶叫した。
そんなこと、さっきの比じゃない。やったことないから何とも言えないけど、多分すっごい恥ずかしい。恥ずかしさで、多分次の日まともに顔も合わせられない。
「おや?」
「な、何?」
そんなことを考えていると、莉緒がボクの顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑う。
「自分はまだ、リンさんにやらせるとは言ってないんすけどねー。まさかそんなにやる気満々だったなんて驚きっす」
「え……ち、違うよ、今のはそうじゃなくて……」
「まあ、元よりやらせる気だったんすけどねー」
「何で⁉︎」
「いやー、だって、もう自分は将真さんを連れて帰るという仕事を果たしましたし?」
「うっ……」
確かに、ボクはまだ何もしていない。
でも、そんなの……やっぱり恥ずかしい。
「もうこれは、リンさんがやるしかないっすよ!」
「で、でも、そんなの将真くんも嫌だと思うし……」
「何言ってるんすか。リンさんすっごい美少女何だから、そんな人に『はい、あーん♡』されて嫌がる男子なんて絶対いませんよ!」
「だからその言い方やめて⁉︎」
「嫌がる男子がいたら、照れてるだけかゲイだけっす!」
「ボクの話聞いてる⁉︎ ねぇ!」
仮にやることになったって、『はい、あーん♡』なんてやらないからね⁉︎
そんなボクの訴えは、超絶的マイペースな莉緒に聞き入られるわけがなかった。
彼女は面白いものを見るためなら手段を選ばない。悪いことはしないけど、タチの悪いことはする。
現にこうして。
「まあ、まずはご飯食べてからっすねー」
「ちょっと! 莉緒ちゃん!」
呼び止めても、もちろん止まる様子はない。
仕方なく、ボクはその後をついていった。
「……治るのにどんくらいかかるかなー」
布団の上で、ポツリと呟いた。今度は自分の布団だ。
あんまり治るのに時間かかるのは困る。いろいろ不便だし。
こういう時こそ本でも読んでたいのだが、手の感覚は痛い以外皆無に等しく、力も入らないため、とてもじゃないが無理だ。
仕方なく、今日レクチャーされた肉体強化のイメージトレーニングをする。
しばらく繰り返しているうちに、はっと気づいた。
これなら本読めるんじゃね? と。
試しに、机の上にあった本を手に取ってみる。多少痛いが、何とか持てた。
まだ精度はイマイチな気もするが、とりあえず今はこれでいいだろう。
さあ、ページを開いてみようではないか!
意気揚々と本をめくろうとして、ページの端で指を切る。
「__いってぇぇぇぇぇっ!」
刺すような痛み。しかも今は痛みに敏感なので、とんでもない激痛だった。
その時扉がノックされ、俺は軽く飛び上がりそうになる。
「……脅かすなよな」
一体誰だろうか。ノブを回して扉を開けると、そこにはコンビニの袋を持つリンがいた。
ここにもコンビニがあるのか。新しい発見だ。
しかし、俺は別のことに気がついた。
リンの顔が、心なしか赤い気がする。それに、目を合わせようとしない。
「リン? どうしたんだ?」
「えっと……これ、買ってきたから……」
「おう、サンキュー」
それを貰おうと手を伸ばすと、リンはひゅっと手を引っ込める。
「……えっと」
「……将真くん。やっぱり、手はまだ痛む?」
「ん? まあ、まだちょっとな……」
しかも今しがた本で指を切ったばかりなので、痛みでまともな感覚がない。
「でも、足で食べれば何とかなるだろ」
「やっぱり足で食べる気だったんすねー」
「うおっ」
「っ……!」
思わず声を上げてしまう。
相変わらず神出鬼没な莉緒だった。
リンはと言うと、初めからいるのを知っていたようで、しかし何故か肩をビクッとさせた。
「ほらー、リンさん早く」
「ぅうぅ〜……」
リンは、ぎゅっと目を閉じて、一層顔を赤くして唸り始めた。
「えっと、何か問題でもあったか?」
「ええ、問題大有りっす。足で食べるなんて、不衛生極まりないっすよ。行儀も悪い」
「いや、そうは言うけどなあ」
それしか方法がないんだから、仕方ないじゃん。
すると、リンが何故か覚悟を決めたような表情で、俺の部屋から莉緒を叩き出した。
「ぜ、絶対、入ってこないでねっ!」
『わかったっすよ、本当に初心なんすからリンさんは』
「う、うるさいっ」
顔を真っ赤にして答えるリン。
……何が起きているんだろう。俺は理解できなかった。
すると、リンが上目遣いで俺を目上げてくる。
やばい、可愛い。しかも涙目で顔真っ赤だから、2倍で可愛い。
いや待て、そうじゃないだろ。
てか、いいのかよ。男の部屋に女の子1人で上がり込むなんて真似して。
しばらくリンはモジモジとしていたが、やがて口を開く。
「その……将真くん、手が使えないから……だから……その……」
「うん?」
「……ぼ、ボクが……その……た、食べさせて、あげる……ね」
「……」
落ち着け、俺。変な気は起こすなよ。
俺は自分に言い聞かせるのだった。