記憶2
ディルギアはゆったりと微笑むと、人差し指を彼の心臓石のある一点にとん、と置いた。
「ここに」
ビキィ!
それだけではあり得ない音を立てて彼の手の中のいつの間にか空になっていた湯呑が真っ二つに割れた。
当の持ち主はそれに目を落とし、「おやおや…」と呟く。
「感情に魔力が引き摺られるところはまだまだなおりませんね」
「俺が言いたいのは」
「解ってますよ」
シェイドの言葉を遮り、彼は割れた湯呑の断面に形の良い指を滑らせながら言う。
「『どれが貴方の記憶か判らない』と言いたいのでしょう?」
シェイドは身を引き押し黙る。
「答えは『全部』が貴方の記憶ですよ」
継ぎ合わせた跡こそ残るものの、機能を取り戻した東の大陸で手に入れたお気に入りの湯呑の中にこぽり、と湯が満たされ若草色にうっすらと色づく。
それを満足げに眺め、ディルギアは言う。
「通常、魔族が生まれ、目覚めるまでは時間がかかります。
核とも言える心臓石がある場合はさほど時間はかかりませんが、それはあくまで「私たち」の感覚」
力が大きければ大きい程再生に時間がかかる。
「その差異は個々の能力と情報量によるもの」
まあ、核が残る事自体滅多にないんですけどね。
ディルギアは一息つき、再び茶を啜る。
それが魔王たる所以でもある。
魔族の終焉は「個」という意思の崩壊。
「個」が崩壊すればそれを支える核もまた崩壊する。
稀に核が残る場合もあるが、再生を2〜3度繰り返せば劣化し、崩壊する。
唯一と言ってもいい例外が魔王である。
「魔王の核は「個」が何度崩壊しようと残ります。あらゆる情報を内包した核が新たな「個」として目覚めるには過去の記憶を齟齬なく内包した上で魔王たる器を形成、維持する力が必要です。
本来なら早くとも100年はかかる行程を貴方は5年でやってのけた」
眼鏡の奥の柔らかな蒼が目の前の闇の青年を捉える。
「待ちなさい。いずれ、全てが貴方のものになるまで。それとも」
続けた言葉にシェイドの指がわずかに動いた。
「それは今必要な記憶ですか?」
その何気無い質問に、相手の言葉の奥にあるものを察したシェイドの顔が、苦虫を噛み潰したかのように大きく表情が歪んだ。
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