一章「出発」
宇宙に旅立つ二人の始まりの物語。
一章「出発」
空の上には巨大な宇宙船が浮かんでいた。
まさに、空に浮かんでいる大きな島、空島だった。
小さなころから、あそこには選ばれし人のみが住めると教わってきた。
空を見上げたら大きな国が浮かんでいて、そこに天上人が住んでいる。
素敵じゃないか。
ときは20XX年。
宇宙船地球号の住民となる人の募集が行われた。
俺はまっさきに応募した。
-もうこんな家で暮らしたくない-
宇宙船地球号計画は、そんな僕、リュウシに救いの手を差し伸べてくれた。
日本で最終試験までやってくれるというからありがたかった。
まずは近場で適性検査を受けてきた。
どうして18歳未満の急募かと言うと、最初18歳未満は親の了承なしには
宇宙船地球号計画には参加出来なかったからだ。
しかし、そのせいで人口構成のバランスが悪くなった。
そのため、世界政府はあわてて親の了承がいる年齢を18歳未満から15歳未満に引き下げたのだ。
そしてまた、15歳未満の審査基準も緩くなった。
かくして、18歳に満たない自分も審査に応募できるようになった。
適性検査というから身構えていたが、どうということはなかった。
まずは理数系の科目や語学の基礎的な学力試験から始まり、適性検査や体力テスト、心理テストにいたるまで行った。
幸いにも勉強も得意だったし体力にも自信があったからよかった。
あとはアンケートや心理テスト的なもので、今まで生きてきて大事なものはあるか、家族と生涯会えなくなることに抵抗はあるか、などだった。
試験の最中ふと視線に気がついた。
少女がこちらを見ていた。
見ればわかる。
純粋な瞳だ。
あぁ、今思い出した。
彼女はいつも俺を見つめるとき、こんな瞳で俺を見ていた。
今まで、どうして気づかなかったのだろう。
いや、気づかなかったのではない。
ただ俺は周りに関心がなかったのだ。
心理テストを終わって会場の外に出ると、ばったりと慣れた顔に出会った。
「どうだった?」
話しかけられた。
中学校、高校と同じ、ハルという少女だ。
学校で、一緒に宇宙に行こうと常に話をしていた。
「久しぶり。ハルも、今日の宇宙船地球号のテストを受けたのかい」
「うん。でも、合格しても宇宙に行こうか迷ってる」
「どうして」
「家族を、地球に残すことになるから」
地上に住んでいる人から宇宙に行く人に対して最後に残る難関が、家族らしい。
ちなみに、宇宙船地球号も最初からこのような無茶な計画をしていたわけではない。
投資とは将来金になるものに対してするものであり、
その点からみると宇宙開発というものに意義を見いだせなかった。
だから最初は宇宙ビジネスとし、宇宙に居住したい富裕層相手にビジネスが行われた。
それが成功すると、宇宙旅行から宇宙居住ビジネスに移行していった。
対象はまたもや富裕層、特に老後の余生を宇宙で過ごす人が多かったらしい。
そしてだんだん居住者が増えていき、最終的には一つの大国とも言える人口規模になっていた。
その巨大な宇宙船は地上から見る分には、空を飛んでいる飛行機よりはるかに大きく月よりは小さかった。
宇宙移住計画は順調に進んだが、前回の不況から回復しきっていなかった影響で
再び経済が深刻化しブロック経済が発生した。
それにより、地上の人々との貿易が一時途絶えた。
しかしそれにより、雲が存在しない状況下での安定した太陽光発電、宇宙でも育成する植物の品種改良、
医療機関の充実、社会秩序の形成、宇宙ゴミのリサイクルなど
人が生活していくに必要な技術が開発されていくにつれ、
宇宙船地球号はそれのみで自給自足可能であると判断できた。
最後までエネルギー問題は残ったが、太陽風と星間物質をエネルギーに変換する技術が開発され、ほぼ解決された。
どうしようもないときだけは原子力発電に頼るシステムらしい。
それをきっかけに、宇宙船地球号計画を開始すると宣言したのだ。
そのときには人工規模が2億を超えていたので、独立することも可能だった。
しかし、人口バランスは相変わらず悪かった。
そこで若年層の応募に踏み切ったのだ。
「そうか、家族の方が大切なら仕方ないね」
「私にとって、家族は宝物だから」
家族が宝物か。
妹と同じようなことを言う。
俺が身代りになったようなものだが
「そうか」
「リュウシは家族を残していくことに抵抗はないの?」
何を言う。
抵抗なんてあるはずないじゃないか。
母子家庭で生きてきた。
父親は暴力をふるう人間であったから、母親が逃げてきたのは当然と思う。
しかし、憎しみは連鎖するものだ。
母親の矛先が子供に向けられた。
家にある木の棒で来る日も来る日も殴られた。
あれ、家族って、こんな形相で毎日毎日家族を殴り続けるものだったかな、とそんな疑問をもった。
そのうち、そんなことすら考えることをやめた。
中学生になって俺の体つきがよくなると、暴力は振るわれなくなった。
けれど、家庭に対する嫌悪感は残ったままだった。
俺が思うに、人によるのだろうが、まれに母親というのは、
自分の子供というのを、自分の所有物としか思わなくなる点があるのだろう。
世間は親を尊敬しろと強要する。
だが一般論を一個人に当てはめることなどするべきではない。
俺程度ならともかく、中にはトラウマを一生背負っていく子供もいるのだから。
「家族を残すことに抵抗なんて一切ないかな」
努めて、冷淡な感情を出さないようにして答えた。
「そう…」
この幸福な少女とはきっと俺は相容れない。
そう思った。
「リュウシ君は、宇宙に行くんだね」
「あぁ、絶対に」
「かっこいいね…」
言葉ではそう言うものの、彼女の表情はどこか寂しげだった。
後日、結果が届いた。最終試験まで終わり、合格していた。
これから約半年定期的に訓練を受けてから、宇宙船地球号に乗り込むらしい。
その後、もう二度と地球に帰ってくることはない。
高校側には半年後には退学することを伝えた。
学校の帰り、ハルと出会った。
家が近いのでよく帰りにいっしょになる。
「リュウシ君、やっぱり学校やめちゃうの?」
「あぁ。もう先生たちに退学することを伝えてきたよ」
少しの間沈黙が流れた。
「ねえ、私のことどう思ってる?」
「どうって…」
二人の間を暖かい風が吹いた。
「あのね、私、あなたのことが」
そのとき、鈍かった俺でもようやく彼女が何を言おうとしているのかを理解した。
「俺はもう半年で地球からいなくなる。こんな俺よりもお前のことを幸せに出来る人は他にいるはずだろう」
「それでも、私はあなたがいいの!」
彼女の声からは一途さが伝わってきた。
「半年でもいい…いっしょにいてほしい」
その日から俺と彼女の付き合いが始まった。
浮かれているとか、そんなことはない。
今まで必死で生きているだけだった。
だからそんな俺が女の子と付き合ったこともなかったし、どうしていいか分からないでいる。
ただ、一つだけ言えることがある。
彼女といる今の時間は今までの人生で最も充実して、楽しい。
そして、考えなければいけないことがある。
そんな楽しい時間にも、刻一刻と終わりのときが近づいているのだ。
どうすればいい?
答えは簡単だ。
俺が、宇宙に行くのをやめればいいんだ。
先輩たちの中では地元に残る人と上京した人で遠距離恋愛をしている人もいると聞く。
しかし、宇宙に関してはその比ではない。
彼女は優秀な人だった。
前の宇宙船地球号の選抜試験にも受かっていた。
辞退したようだが。
「ハルは、宇宙には行かないんだよね」
「私には、家族がいるから」
前も同じことを言っていたのを覚えている。
「でも俺は宇宙に行くよ」
迷わずこの言葉を言った。
ハルはためらいがちに聞いてきた。
「絶対になの?考えは変わらないの?」
言いたいことは分かる。
だけど、俺は無情にも次の言葉を選んだ。
「俺の決意は変わらないよ。ハルは恋人と家族、とるとしたらどっちをとる?」
本当のことを言えば、決意は揺らぎかけてきた。
彼女のことは、好きでもなんでもないが付き合い始めた。
しかし、いっしょにいるうちに情が移っていった。
ただ冬の荒野をひたすら歩いてきた俺の人生に、初めて春が降りてきたと感じていた。
ハルに出会うのがもう少し早ければ、俺の決断は変わっていたのかもしれない。
別れのときが刻一刻と近づいている。
最近は、ハルと顔を合わせるのが辛い。
「おはよ」
だが、ハルはいつもどおり挨拶してきた。
本当に、俺はハルに会えなくなるんだろうか。
あぁ、今更になって気づくなんて。
あの日あの時。
俺はあの瞳に
一瞬にして見入られていた。
きっとその瞬間から彼女に恋をしていた。
一瞬だったと思う。
理屈もない一瞬だからこそ美しいのだと思う。
俺に詩人の詞がなければ、あのときの彼女の瞳も、俺の気持ちも言葉にはできないだろう。
俺はハルのことが本当に好きだったと。
離れたくないと。
今になって初めて思った。
「私ね」
ハルが続けた。
「リュウシが宇宙に行くのを応援したい」
「だからね、この半年の間だけでもいい、その間だけ、私を幸せにして」
俺は、そしてその日自分が愛した女の価値を知った。
その日俺はハルを強く抱きしめた。
その日から幸せな日々が続いた。
別れが来ることを知りながら、俺達は互いに愛し合った。
けれど、ここにきて俺の文才のなさを呪う。
この美しき日々を言葉にするのは俺には難しいだろう。
だが、いったいどれほどの天才ならば、この日々を言葉にして表せるだろう。
そんな幸せな日々と並行して宇宙船地球号の訓練も続けていた。
半年間の訓練の間にいろいろな人と出会った。
訓練は、それまでに選抜されていた大人の人たちとも一緒だった。
医師や弁護士、大学教授もいた。
オーバードクターの人もいた。
宇宙にロマンを求め、大学でも宇宙の研究をし、そして食って行けなくなったと。
一流大学の人だったが、その人いわく別に宇宙に限らず最近はオーバードクターも多いらしい。
いろいろな話を聞いていて、俺の自分自身に対する考え方も変わっていた。
もしかしたら俺の家庭に対する負の感情も、虐待なんてなかったとしても一緒なのかもしれない。
昔の日本は高度経済成長で、何をしようと成功した。
しかし、今は本当に能力のあるやつか、運のあるやつしか成功出来ない世の中だ。
一流大学を出たのに就職先がない人すら大勢いる。
成人した自分が不幸の真っただ中にいる中、親に感謝出来るやつがどれほどいようか。
しかしそれでも、俺は自分の決断を変えなかった。
そしてとうとう、宇宙船地球号の辞退期限は過ぎた。
とうとう、宇宙に出発する日がやってきた。
人類が生活できる宇宙船というから地球、もしくは月に匹敵するほど巨大なのかと最初思っていたが、そうでもないらしい。
地上と宇宙で違うのは、地球は内部を使えず表面のみで生活しているが、宇宙空間は無重力であり空間が自由に使えるとのこと。
宇宙船で生活することのみを考えたら、地球よりもはるかに小さいものでよかったのだ。
出発のとき、見送りの人が大勢来てくれた。
その中に、ハルの姿があった。
「ハル、今日まで楽しかった、ありがとう」
ハルは頷いた。
「でも、ここでお別れだ」
二人の間を冷たい風が吹いたように感じた。
「リュウシ君は、前に家族と恋人だったらどっちを取るって聞いてきた」
「あぁ」
俺は、そのとき、彼女の目に映った決意を見逃していた。
「お腹の中にね、赤ちゃんがいるの」
「…は」
頭の中が真っ白になった。
「だから、家族と恋人のどっちを選ぶんじゃないんだよ。だって、リュウシ君は家族なんだから」
彼女にことばをかけてやりたかった。
言葉が出なかった。
「今日は、恋人に別れを告げに来たんじゃないの。お父さんをね、いってらっしゃいって見送りにきたの」
抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
けれど、それは出来なかった。
それをしたら情に流される。
周りの人たちも、別れを惜しんで泣いている人たちがたくさんいる。
ここで自分だけが情に流されるわけにはいかない。
一人が崩れたら多くの人も決心が揺らぐ。
ここまで来た以上、先に進まなければならない。
多くの人たちが、愛した人たちとの別れを惜しみながら、宇宙船地球号に向けて地上を発った。
今日この日が、人類の歴史を変える大きな一日となったのだ。
そこには、多くの人たちのドラマが残されていた。
宇宙船地球号での生活は最初あわただしかったが、しばらくすると落ち着いてきた。
俺は決意した。
地球に残してきた大勢の人たちのことを、物語にして残す。
宇宙船地球号の人たちが、決して地球の人たちのことを忘れないように。
永遠に続くような、物語を残すんだ。
宇宙船地球号が出発してから数年が経った。
「ねえ、お母さん」
「なぁに」
「私のお父さんって、どこにいるの」
私は笑って
「お空の上よ」
「死んじゃったの?」
娘が屈託なく聞いてきた。
「いいえ」
「お父さんは生きているわ。いつかきっと、迎えに来てくれる」
「いつ?」
「いつかは分からない。10年後かもしれなければ、100年後、1000年後かもしれない」
「でも、お母さんも私も1000年なんて生きられないよ」
「そうね。だからね…」
「この物語を、子から子へ、孫から孫へと伝えていきなさい。そうすればいつか、お父さんの耳に届くから」
そう、物語は続いていく。
永遠に。
二章「発見」の予定です。




