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序章「歴史」

この世で最もすばらしい発見はなんだろうか。

僕は人が歴史を記すようになったことだと思う。

これによって、僕たちは何千年も昔のローマ時代さえ知ることができるのだから。



今は西暦32XX年。


多分僕は恋をしている。

決して叶わない恋を。

成就されるのが不可能な恋を。


僕は、いつもどおりその手紙を読んでいた。

その手紙からは知性が読み取れる。

マイと文通を始めてもう5年くらいになる。

マイは私の2つ上の女性だ。

彼女とは会ったことはない。

映像や写真で見る彼女は、僕の知る誰よりも美しかった。

長く黒い髪、すらりと伸びた手足、美しい肌。


僕が思うに、男は理想を追う生き物だと思う。

僕も例外ではなく、理想の女性を求めていた。

直接会ったことはなくても聡明で美しく、それでいて強く生きる彼女に心惹かれるのにそう時間はかからなかった。


さらに、最近気づいたことがある。

人は外面のみに恋をするわけじゃない。

人は、知性に恋をするということを。


それと、彼女の向こうでの活躍はこちらでも聞き及んでいる。

フィギュアスケートのオリンピック金メダル候補として活動しているかたわらで

東京大学に現役合格し、在学しながらいくつかの法律に関する論文を執筆したという。

彼女は今や国民的スターであり、こちらでも知らない人は少ないくらいだ。

だが、そんなことはささいなことだ。

僕にとっては、彼女が信念を持って生きているように見えたことがまぶしかった。


マイに会いたいと思う。

が、それは今の世の中では不可能なことだ。

僕とマイのように知り合った人は、決して実際に会うことは出来ない。

物理的に不可能なのだ。


手紙を読んでいるうちにいつの間にか朝日が射していた。

高校に行く準備をしないと。


登校していると道すがら、同級生に出くわした。

「ショウ、おはよう」

「おう」

今あいさつしてきたのは、ヒデ。

俺の親友ということになっている、がたいのいいスポーツマンだ。

そして、彼はバイリンガルであり数学オリンピック金メダルの天才だ。

「なぁヒデ」

「なんだ?」

「故郷って、どんな感じなのかな」

「いきなりなんだ、突然」

「ふと思った。自分たちって、最初どんなところに住んでいたんだろうって」


学校ではいつものように、国語、数学、理科、歴史の授業が始まる。

平凡な毎日。

一限は歴史だ。

今日の授業は今から1500年ほど前の話だった。

18世紀にイギリスという国でジョンケイが飛びひを開発したのをきっかけに産業革命がはじまり、

地球という惑星に大きな変化が起きたのだ。

ニューコメンが蒸気機関を開発し、ワットがそれを改良した。

そして1830年にはマンチェスターリバプール間で世界初の鉄道が通った。

19世紀にかけては世界中で産業革命が広まった。


20世紀。

20世紀初めの方でフォードが車の大量生産を可能にした。

誰もが車を持つようになった。

飛行機が空を飛ぶようになった。

果てには、今僕たちが持っている携帯電話まで発明された。

今もポケットに入っているけど、どうしてこんなもので遠くの人と会話が出来るのか、理解の範疇を超えている

普段は何気なく使っているのだけれども。


ただ、20世紀を過ぎてからはそのような革命の時代は終わり、

2150年からは以後1000年以上にわたり大きな技術の進化はなかったそうだ。


つまり、1000年前の人類と、今の僕たちは似た様な生活をしているということだ。

それ以前の生活は今と全然違うらしいが、1000年前の生活ならイメージしやすいということだ。



歴史の授業が終わり、休み時間となった。

「なんだ、その手紙。また例の文通相手か?マイだっけ」

「あぁ」

ヒデがいぶかしむような目で僕のことを見てきた。

「気になっていたが…その子のこと好きなのか?」

「悪いか」

「あぁ。馬鹿なことを考えてないでいい相手見つけたらどうだ。」


分かっている。

僕とマイが絶対に結ばれないことくらい。


今はこうして文通をしていられるが、本来ならば僕たちは決して出会うことすら許されない仲なのだから。


ヒデは僕の心を見透かしたようだった。そして会話を変えた。

「と、そろそろ次の授業の時間だな。次は古文の授業だな。俺古文の授業好きなんだよ」

「俺もだ。楽しいものな」

「源氏物語は、苦痛でしかたなかったけど」

「確かに源氏物語は苦痛だった。TVやDVDが出てきてからは古文の授業は楽しい」

「そうだね。何言っているかは全く分からないけど、映像見ているだけでも面白い」


今日の古文の授業では、21世紀に放送されたというTV番組を見せてもらった。

味気なかった古文の文章も、実際にそれを書いている人たちの写真や動画を見ると、見る目が変わってくる。

かわいいアイドルがいた。

さすがに1000年前の言葉は理解できなかったけど、人間はいつの時代も人間なのだなってことが映像から分かる。

きっと、映像というものが出来る前は歴史なんてもの誰も実感出来てなかっただろう。

自分も、こういう映像がなければ、1000年前に人がどんな暮らしをしていたかなんて想像もつかない。



「最近さ、マイの故郷を見てみたいと思うようになってきたんだ」

「ほう」

「ただ、好きな人がどんなところで育ったのかなって気になった」

「ま、そういうことはあるのかもしれんな」

「見てみたい」

「映像や写真でいくらでも見れるだろう」

「いや、直接見てみたいんだ。もちろん無理だっていうのはわかっているが」

大きく呼吸し、自分たちの置かれている立場を反芻するように言った。


「僕たちは、住んでいる惑星が違うんだ」



歴史で習うには、この計画は2012年にスタートしたらしい。


ある物理屋さんが、一つの小説「宇宙船地球号」を書いたのが始まりだ。


内容はこうだ。

永久の自給自足機能を備えた、巨大な宇宙船を作る。

人類を二つに分けて、その片方は宇宙船に乗り宇宙を旅する。

移り住めそうな星があれば一部はその星に残り、またさらに宇宙の領土を広げていく。


これはつまり、人類の歴史を二つに分けるということだ。

片方は今まで通り地球で生活を送り、もう片方は宇宙を旅していく。

そして、僕たちの子孫がいずれ宇宙を掌握していくという話だ。

一人では不可能なことも、人類の歴史をもってすれば可能になるという話だ。


光速不変の原理がある限り、人が生涯でたどり着ける場所などたかが知れている。

だが、この計画では人を歴史単位で考えることによって人類が宇宙を永遠と旅し、

人が生涯では行くことが出来なかった場所までたどり着くことを可能にする。

速さに上限があるのなら、時間の上限をなくせばいい。

そうすれば、進める距離も無限大になるのだから。


そしてその夢物語は、現実になった。

そんな夢物語が、だ!


産業革命が終わり、世界の技術は進歩しきった。

そして、歴史の教科書が言うには、豊かな暮らしをしているにも関わらず、人々の中で希望がなくなっていった。

人類が進歩を止めたからだ。

いや、人類が地球を掌握し、次に掌握すべき場所がなくなったとでも言うべきか。

そして、成長しないものに、人は希望を持てないものなのだ。


さらにこの計画が始まったもう一つの要因とし、当時世界が混乱しきっていたことが挙げられる。

2008年における世界同時不況を発端とし、ユーロ圏の国家のデフォルト、

さらに追い打ちをかけるような先進国での自然災害。

そのような状況の中、不況を脱するには戦争をするしかないという見方を各国政府上層部が始めた。

戦争ビジネスでは、巨額の富が動くからだ。

しかし、世論はそれを許さなかった。

20世紀の二度の世界大戦を繰り返してはいけないと。

そして混乱期に希望を見出すため、世論の矛先はある小説に向けられた。

富を動かすための方法は世界に絶望ではなく、希望を与える方法でやるべきだと。


そうして、人類の矛先が再びまだ未開発の宇宙にそそがれるまでそう時間はかからなかった。


宇宙開発は最初宇宙旅行ビジネスから始まった。

現実的に考えられていて、最初から宇宙船地球号が意識されていたわけではなく、

老後の富裕層向けに宇宙への移住を促していただけだった。

宇宙に住んでいる人口層が増えたとき、宇宙船地球号計画が初めて意識された。

そして、実行された。

教科書で学ぶには、この宇宙船地球号では地上を離れてからの1000年はいろいろなことがあった。

今のところ二つの地球に似た惑星が発見された。

大規模なテロもあったりした。


確かに、人類に希望を与えるという考えはすばらしかった。

今、僕たち人類は二つの歴史を持って生きている。

すなわち、地球に住む人類と宇宙船地球号の歴史だ。

今、人類はお互いに出会うことを希望に今を生きている。


そして、小説の終わりにこうあった。

「1000年後、宇宙船地球号の人類が帰ってくる。

二つの歴史は一つになる」


だが、事実は小説よりも奇なり。

1000年経っても地球に戻るきざしはない。

それどころか、さらに宇宙の奥深くに進んでいくというのだ。

そもそも1000年で宇宙を掌握することなど不可能なのだ。



マイのことは好きというより憧れていたのかもしれない。

地球は僕らの先祖が生まれ育った土地。

僕たちは映像や写真でしか見たことがない土地。

そしてそこに確かに、今でも住んでいる人たちがいるのだから。

「俺、昔から学者になるって言ってた」

「あぁ、そうだったな」

「だから、今日俺の生涯かけて研究したいことが見つかったんだ」

「まさか」

「そのまさかさ。宇宙船地球号が地球に帰還するための、必要な技術の開発だ」

「宇宙船地球号の移動速度を光速に近いところまで持っていかないと無理だぞ」

「それが実現できるようになんとか考えるさ」



地球を見てみたい、その思いは日に日に強まっていった。

僕らは地球を見たことがない。

それとは逆に、地球の人たちはこんな広い世界があることを知らない。


その日はマイに手紙を書いた。

僕の夢は、将来この宇宙船地球号の人たちが地球に戻れるような技術を開発することだと。



ある日、ひとつ読んでいた本の中で目にとまるものがあった。


ワームホール。

空間と空間をつなげるもの。

そんなことが実現できるのだろうか。

理論上不可能とされている。


しかし、僕には別の部分が目にとまった。

負の重力。

そのとき、僕の心の中で大きなひらめきがあった。


負の重力は定義出来ない力だが、僕はここに疑問を覚えた。

負の重力は存在しないが、負の力なら日常に溢れている。

磁力、電気力などだ。

これなら、出来るかもしれないと思った。



およそ一か月後、マイからの返事が届いた。

僕の手紙が届いてから、すぐに返事を書いてくれたようだ。

今、僕らの物理的な距離は、光速でメールを送信しても20日ほどかかるくらいの距離にある。

1000年かけて人類が進んだ道のりは、それほどのものだった。

彼女は、僕の夢を応援してくれると言っていた。



「俺の将来の目標なんだが、ワームホールの研究をしようと思う」

「は?」

突然の話にヒデが呆けたような顔をした。

「だから、ワームホールだ」

「授業で概要だけはならったな。どこでもドアみたいな、空間と空間をつなげる理論のことか」

「そう」

「お前が言っているのは夢物語だ。だってあれは…」

「うん、実現不可能とされている。現在、負の重力というものが実在しないことが証明されているから」


20世紀、アインシュタインにより相対性理論が展開された。

それにより、重力により空間が曲がることが示唆され、後に立証された。

そして、そこに負の重力というものを仮定出来れば、ワームホールを作ることが理論上は可能とされている。

重力で曲げた空間に、負の重力を用いて穴をあけ、空間に空間をつなげる。


負の重力なんてない。

そうだが、負の力が存在しないということはない。

磁石だって反発する。

電気だってプラスとマイナスを持つ。

つまり、電磁気力と相対論を組み合わせた理論を作ればいい。

統一理論を。


「そこでだ、電磁気学と相対論を組み合わせた理論を作りたい」

僕は、手短に理論を説明した。

「そこまで聞くと、やってみて可能性はあるのかもしれないと思うが…」

「やってみせるよ、僕は」

「まぁ確かにお前の理数の能力に関してはみなが認めるところだ。がんばってみてくれ」



いつかこの目で地球をみる、僕の決意は固かった。


だが、僕には根拠のない自信があった。

かねてから秀才とされ、この国のトップの進学校に通いながら、数学、理科の秀才とされた。

同級生で数学オリンピック金メダルをとってくるような人たちといてもなんら遜色なかった。

周囲の天才たちと数学、物理学、化学の学習をしているうちに、僕は自分の科学への才能がずばぬけていることを確信していった。

まぁ、国語や英語はからっきしだったが。


また、宇宙船地球号では初等教育から高等教育にいたるまであらゆるところで特に理数系で教育が進んでいる。

「ヒデ、僕次のSSHのプログラムで一般相対性理論の講義を申し込んでくるよ」

SSHとは国が実施しているスーパーサイエンスハイスクールの略で、

一部の高校生が大学の講義を受けられるようにしているプログラムだ。

「いいんじゃないか。ここだと、一般相対論まで学んだ物理学者は食いっぱぐれることはないしね」

「またそんな夢のないことを言う」

「いいじゃないか、大事なことだ。逆に地球だと、物理学者はあまり需要がないらしいが」

「オーバードクター問題だったな」

「宇宙に住むぐらいしないと、近代物理なんて役に立たないからな。逆にここの理論物理は地球を500年は上回ってるとか」

「実際、大学卒業後は宇宙船地球号の適切な進路決定に関わるのが名誉職とされてるしね」

「そりゃ物理計算による宇宙船地球号の進路決定には俺らの命運がかかってるからな。」

「実際、物理の理論が20世紀の車や携帯電話の発明のように技術として日常生活に還元されることはなかったわけだし」

「あぁ。だから俺はショウと違う道を行くよ。20世紀の車や携帯のように人の生活を変えるものを作りたい」

「実学の方面に進むのか。がんばってくれ」

「お互い、な」



それから僕の戦いが始めった。

ご飯を食べながら数式を計算した。

風呂に入りながら頭の中で理論を組み立てた。

布団に入りながらもワームホールのイメージをふくらませていった。

高校を卒業し大学に入ってからもそんな日々を続けていた。


生涯をかけると思った研究は、意外にも早く幕を閉じた。

いや、案外そんなものなのかもしれない。

アインシュタイン、ボーア、ニュートン、偉大な物理学者たちは、多くは10代から20代の間に成果を残している。

いや、量子力学のシュレディンガー方程式のシュレディンガーは30代だったか。


ただ、理論が組みあがったばかりのときは怖かった。

これが世間に受け入れられるのか、間違っていないのか。

しかし、期待も大きかった。



ヒデが素直に感動していた。

「お前には可能性があると思っていた。だが、ここまでのことが出来るとは思ってなかった」

「ありがとう。それで相談があるんだが、ここから実用化までの道のりはまだ遠い。力を貸してほしい」

「ここまで出来たなら実用化までの道は早いな。よろこんで協力するよ」


理論自体は私一人で早い段階で組みあがったものだが、それを数式にして実用化するのに時間がかかった。

それを実用化するのに、ヒデの力が重要であった。

彼は語学堪能で様々な技術者とのやりとりもスムーズに行い、さらに抽象的な概念を数式化する能力にもすぐれていた。

理論の発見から実用化まで私の見立ての3分の1の時間で出来たのは、間違いなく彼のおかげだ。



そして、実際にワームホールを完成させた。


さまざまなものが頭をめぐった。

自分には誰もなしえてないことが達成できた。


ワームホールが実用化出来たときの喜びは、言葉に出来なかった。


これまで1000年かかった行程を、1年で行けるようになった。

宇宙船地球号の人々も、不可能と思われていた先祖の故郷を一度見てみるという夢が

現実味を帯びてくると私たちの周囲の人もその波にのまれていった。

ついには、政治の上層部の人たちも、宇宙船地球号の地球帰還命令を出してくれた。


まさか、自分が生きているうちに地球に行くことが出来るなんて。

このことを、早速マイに報告した。

まさか完成するとは思っていなかった研究が若いうちに完成したことにより、

地球にいる文通相手とも会うことが出来る。

手紙でしか話したことない相手に会うのは非常に楽しみでもある。


私の功績により、人類の1000年の歴史が融合される。

1000年の歴史を塗り替えたのだ。


宇宙船地球号の人々が地球にたどり着いたとき、地球は異様なほどの熱気に包まれた。


永遠に不可能と思われていた、二つの歴史が融合するときがやってきた。


そして、私にとってはもう一つ大きなことがある。

これでようやく、マイに会えるのだ。

ワームホールが完成して以来、もしかしたらマイが理想の女性なのでは、と思っていた。

一人の男として、理想の女性を追い求め続けていたのだ。

今になって思うと、マイが理想の女性だったのか、恋をしたらそれが理想の女性になるのか分からないが。

当時の私は、そんなこと頭になかっただろう。

若いときというのは、年上の女性の知性にやられてしまうものなのだ。


私が地球にたどりついたとき、彼女は20代後半になりもう結婚していた。

男は理想を追う生き物だけれども、女性は現実を見る生き物だった。


(序章終わり)


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