一章 『日常』→『非日常』(『普通』→『特異』) 2
「あっぶなかったー! ギリギリだったわね、これは」
少女は、静けさが漂う部屋の中に一人立っていた。
「即興の盾にしては、よくもったほうね。ひびが入った時にはヤバイって思ったけど」
そう言う少女の前方百八〇度は、
彼女の体を覆い隠すように金属の壁が立ちふさがっていた。
ところどころひびが入っているそれを、バンバン!と叩くと、金属の壁は再び溶けるように硬度を失い、空中で一点に圧縮され小さなブロック状になって少女の手に収まった。
「む!? チェーンが混ざっちゃて、純度落ちてる! ……あとで調節しないと」
ブロック状になった金属をじっくりと観察した彼女は、それを太ももに巻いた、西洋のガンマンが使うようなホルスターにしまった。スカートがかなりきわどいところまでめくれるが、特に気にしてはいない。
「しっかし、すっごい威力ね。さすが破壊力が高いうえに、暴発の危険性のでかさで製造中止になった『衝撃弾』だけのことはあるわ」
目の前の障害物がなくなったことによって、改めて目に入った部屋をみて感心する。
ちなみに暴発の理由は電子レンジの中に隠しておいたそれを、その器たる電子レンジごと少女がぶった切ったからなのだが、少女に反省の色はなかった。
部屋の中は、悲惨な有様だった。
窓ガラスは粉々に割れ、
プリントは辺り中に散らばり、
わりと壁に近い場所の一点からクモの巣のように周囲に亀裂を走らせ、
……その近くに、電子レンジの破片らしきものが服に突き刺さってほこりまみれの床にうつぶせに倒れている少年がいた。
「……………………」
その姿からは、哀愁をそそるような負のオーラがどよーん、という感じでにじみでている。
「はぁ。アンタ、起きなさいよー。なんか見る人すべてが憐れむほど憐れよ、今のアンタ」
さすがにその空気に耐えられなかったのか、少女は少年の体をゆすって覚醒をうながした。
「……………れよ、今のアンタ」
月波葬夜は、誰かが自分の体をゆすられる感覚で目を覚ました。
手を動かそうとしたが、体中に軽い鈍痛が走り、それを中断する。体をゆすられる感覚は未だに続いており、それが軽い痛みを連続させて気持ち悪さを誘発してきたので、やめてほしい、という意思を込めて床をバンバン! と右手で叩く。
するとその瞬間にゆする手が止まった。
おぉ!おれの意思伝達能力すげー! 、と月波が自画自賛していると、
誰かの足が、投げ出された月波の右手の甲を思いっきり、踏みつぶした。
「ぎみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!?」
尻尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげながら、一瞬で跳ね起きた。漫画のように自らの手にふぅー、ふぅー、と息を吹きかける。
「あ!起きたー?」
後ろからすごく平和的な声が投げかけられた。
「『あ!起きたー?』、じゃねぇぇぇぇ! なに人の目覚めを痛みで誘発して……」
振り返りざま放つ言葉が、ピタッ! っと止まった。
その視線の先には、もはや居住スペースとも呼べないような惨状の自室の姿があり、
そうなった原因を記憶から引き出し、
『敵』を認識して、
キレた。
「なにしてくれてんだよ、このバカがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あと人の部屋を爆砕しといて謝罪の言葉もないんですか、おまえはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
いきなりどなりだした月波に強気な少女も少しうろたえるが、すぐに反論を開始する。
「なによ!? あの『衝撃弾』はアンタのでしょ! じゃあアンタが悪いんじゃない!」
「確かにあれはワタクシが、取り寄せようとしたものですよ! そうですよ! でも、裏ルートから手にいれたのはテルだろうが」
「うっ! で、でもなんで電子レンジの中なんかに隠してんのよ? それはどうかと思うんだけど」
「はい!? 電子レンジの中だったら簡単な赤外線チェックとかに引っかからないからここに保管しとけば、って言ったのもテルなんですけどねぇー」
「(そ、そうだったー! )で、でもそれならなんで電子レンジを盾にしたのよ? 結局そのせいでしょ! あと『テル』って呼ぶな!」
「それが殺気を振りまいて、人の生存本能を引きずり出した白雛照日、十五歳、スリーサイズは上からはちじゅゴギュフ、!」
語尾がへんになったのは、少女もとい白雛が月波を思いっきり殴ったからである。
「な、な、なんでアンタが私のスリーサイズを知ってんのよっ!?」
「お前が中学卒業の宴会で酒飲んだ時に全員に暴露したからなんですけど! あとなんで俺殴られてるの!?」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!? じゃ、じゃああの時いた全員が!」
白雛の顔が青くなる。
「……まぁ、覚えてるだろうな」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
再び白雛の拳が月波に叩きこまれた。
「ガ、ガハッ! だ、だからなんで殴るんですかぁ!? しかもなんのためらいもなく!」
「いいじゃない! どうせ傷がつかないんだから。ほらさっきのでも無傷じゃない」
白雛が月波の体をビシッ! っと指差す。
「むっ!」
月波が自らの体に目を向けた。
真新しい制服には、電子レンジの破片などが突き刺さっおり、ところところには貫通したと思われる穴も何箇所かあいているうえに、床に転がった際にかぶったほこりなどで全身が若干、白くなっている。
これだけをみると、激しい戦闘のど真ん中に放り出された後のような印象を感じるだろうが、彼の体には明らかに足りないものがある。
それは、『血の赤』であり、
『傷』である。
確かに体は汚れているが、それを洗い流せば『傷』ひとつない肌が姿をあらわすだろう。
電子レンジの破片が肉をえぐっていなければいけない場所まで、ひとつの例外もなく。
『不死』
すべての『傷』を拒絶する力。
そして、すべての『死』の要因を受け入れないただそれだけの力。
そんな力が完璧なわけがない。
殴られれば痛みを訴えるし、火に手をいれると焼けるような熱さを感じる。
普通の感覚はあるのに『傷』はできず、『死』が訪れることがない。
ナイフで刺そうとしたならば、肉に食い込むはずの刃先は折れ、
銃で撃とうとしたならば、肉を貫くはずの弾丸はつぶれる。
『傷』ができないということは、それによっておこる痛みもない。
ナイフで刺されようと、銃で撃たれようと、それは『衝撃』を受けるのみである。
例えるなら、強化ガラスを体中に纏っているようなものだ。
だから月波はほかのものたちと比べると、痛みに強く、それでいて痛みが引くのも早い。
もう一度言う。そんな力が完璧なわけがない。
常人ならあっという間に死を迎える拷問を受け続けても死なないし、水の中に沈んでも苦しみ続けるだけ、高度三千メートルからの墜落も全身にその分の激痛を与えるだけ。
『死』という人間の最後の逃げ道さえ許されない力。
それが『不死』である。
「ちょっと、なに難しい顔してるのよ。気持ち悪いんですけど」
白雛が下から顔をのぞきこんで来た。
「えぇぇぇぇー! 人が珍しくシリアスな考えごとするとこれですかーー! あとお前は死ななきゃなにしてもいいと思ってんですか?」
「えっ、当たり前じゃん」
即答だった。
「……一応聞くけど、今の本気?」
「ん、そうだけど」
再び即答。一瞬の迷いもない。
「ふっふっふ! 今日の俺は女子には手をあげない紳士ではないぞ。……っていうか、今すぐ日ごろの不満を受け取って床に転がれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! この冷血金属人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
月波が拳をふりあげて一歩を踏み出すと、
「なっ!? アンタこそ私の日々たまるストレスの結晶をくらいなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
白雛が自らの『力』を発現し、その手に武器を生み出した。それは、さきほどと同じ回転カッターである。そして彼女も一歩を踏み出した。
お互いの拳と武器が交差し、
そして、
バタンッ!! と扉があけ放たれ、新たな少女が現れた。