一章 『日常』→『非日常』(『普通』→『特異』) 1
「うがーっ! 終わる気配すらねぇよ。やる気もおきねぇ―。休憩、休憩、気分転換」
標準的な黒い短髪に黒い瞳といういたって普通の日本人で、高校の制服である黒い詰襟に、同色スラックスという、自室で過ごすには少しおかしな服装の少年、月波葬夜は、漫画をその手におさめるため、机から離脱しようとした。
急に移動しようとしたからか、唯一のおしゃれのような首にかけてある細い輪のチェーンが揺れたことで、それに通してある四つの指輪とこすれ、わずかな金属音を奏でる。
すると、ドンッ!と机がたたかれ、ピタッ、っとその動きが止まる。
「集中しなさい! 集中を! だいたい春休み最後の日に宿題やり始めるアンタがバカなだけでしょうが! ああーっ、いらいらする。なんで私がこんややつの監視役なんかしないといけないのよーっ!!しかも今日は『独立記念日』よ! お祭りよ! ああーっ、本当にいらいらするわね」
横を向くと、肩より少し長い、茶色がかかった髪と、それと同じような茶色い瞳をもち、少年と同じように高校の制服である黒いブレザーに、同色のスカートを着た少女が、ドンッ! ドンッ! と机を連続でたたきながら、盛大に愚痴をこぼしていた。
「明日から私もアンタも高校生よ! まぁ、中学からエスカレーター式だし、校舎も、教室も、担任も、人も、変わらないから実感ないけど……。とにかく高校生よ! なのになんでアンタは、そんなに緊迫感0なのよ? しかも、今日の夜にはクラス会があるのよ! 宿題は夜までには終わらせないとだめなの! あんたの監視役を頼まれた私の身にもなってよね!!」
その言葉にひとつ引っかかり、
クラス会? とつぶやいて月波は、そんなのあったっけ? と首を傾ける。
その様子を見ていた少女は、机をたたくのをやめ、
「あったでしょ! なんか担任がみんなの高校の制服姿をみせてほしいなぁ、って企画したやつよ。忘れたりしたら、殺されるわよ」
と説明した。
かなり誇大な担任の評価だが、彼らの担任は根はやさしいが、『鬼神』という二つ名を授かるほどの危険人物でもあるのだ。
それを聞いた月波がまるで小動物のように担任の恐怖にガタガタおびえる中、少女はいらいらがおさまっていなかったのか、無意識のうちにトントン、と片足を小さく動かし床をたたいていて、
それに連動するかのように、月波の部屋のおしゃれ用のチェーンや、四角い金属板製の筆箱や、何故かリビングに置いてある電子レンジなどが、カタカタと音をたてた。
「おい、テル。腹へってHPが0になりそうだから、昼飯買ってきてくれ」
そんな部屋の変化に全く気付かないまま、空腹により恐怖から復活した月波は隣の少女に言い、背を向け、イヤホンをつけて、宿題をし始めた。
トントン、という音が止まる。それと同時に周囲の物音も止まった。
『テル』と呼ばれた少女は、無表情になり、さらに感情を押し殺した声で月波に聞く。
「アンタはこの私がなんでここにいて、どんな役割を持っていて、どのような立場にいるのかわかってるのよね?」
少女の無表情から、ゴゴゴーッ! という擬音がぴったりなほどの殺気と怒気を放ち、無言の恐怖をあたえそうなプレッシャーをまとっていることや、さっきはカタカタという音をたてていたものが、いまではガタガタガタガタ――ッ! という大きな音をたてていることに月波は気付かない。
これは月波がこんな殺気、その他もろもろを軽くいなせるような精神力を持っているから、
ではなく、
この少女からこんな殺気(以下割愛)を受けるのが日常茶飯事だからだ。
慣れというのは、恐ろしいものなのである。
「監視役だろ~。っていっても宿題手伝ってくれないし、どうせ暇なんだろ?立ってるだけだろ?ついでにそこ片付けといてくれよ。めんどいし」
そんなこんなで結局少女の様子に全く気付かなかった月波は背を向けたまま、部屋の一角を指差した。
ギギギッ! というなんだか機械的な動きで、少女は月波の指し示した方向に首をむける。
そこは、まだ手をつけていない問題集やプリントが漫画やゲーム機と混じり合い、ぐちゃぐちゃになったまま放置された、混沌な空間が存在していた。
プチッ! っという音が少女の頭の中に聞こえた。
「それが望みならあんたごと片付けてやるわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁー! 何を唐突にキレておられるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悪意0で人のいらいらメーターをレッドゾーンまで振り切らせた少年はさすがに振り返り、少女の殺気に満ちた顔を見て命の危機を感じる。
(や、やばい! これはやばすぎる。チクショウ! なんでこうなった?)
月波の顔からサッーと血の気が引いていく。
今の月波はリアルに『蛇に睨まれた蛙』状態である。
悪意0で人にいらいらメーターをレッドゾーンまで振り切られた少女は、
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
という単純明快な行動指針を叫ぶ。
瞬間、
さきほどまでガタガタガタガタ――ッ!という大きな音をたてていたもの達が重力を無視して部屋中を飛来し始めた。
長短様々なチェーンや、四角い金属板製の筆箱や、果ては電子レンジまでもが宙を舞う。
ここにきて月波は『蛇に睨まれた蛙』状態を解除し、椅子から離脱する。
その直後、電子レンジが結構なスピードで椅子に直撃した。椅子は、車輪がついたタイプでもないのにもかかわらず床を滑って壁に激突する。
(し、しぬ! マジでなんでだ!? 理不尽だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ……うん?)
月波はここであることに気付く。
電子レンジが運動エネルギーを使い果たし、ゴトン! と床に落ちた。
月波は
なぜ電子レンジがリビングに置いてあったのかという理由を思い出し、
(あ、あのなかには! くそ! テルのヤツ、キレて完全に忘れてやがる。とにかくあれを確保しないと……)
その中に一時隠しているものの特徴を思い出してしまい、さらに顔が青ざめていく。
唇など青ざめすぎて紫色のように変色しかけている。
しかし、少女は止まらない。
月波のおしゃれ用のチェーンが足にからみつこうと次々と飛来してくる。一、二本目を素早いステップでかわし、部屋の隅の電子レンジに急ぐ。
しかし、それは少女の反対側だったため少女に背中を見せる形になり、電子レンジを一瞬目視した隙に三本目のチェーンに足をすくわれ、月波は盛大に床に転がった。
それに念を押すように、新たなチェーンがさらに足に巻きつき、月波の動きを極端に制限する。
月波が床に転がったまま後ろを向くと、
そこには『鬼』がいた。
正確には先ほどまでより、迫力が五割増しの形相をした小女がいた。
その少女は、飛来し続けていたチェ―ンを右手でつかまえると、左手でやさしくなでるように、それに指を滑らせる。
すると、まるで溶けた飴のように金属が『ゆがんだ』。
それは、ゆがみ、形を変え、少女が手を離しても空中にとどまり、一つの球体となって回転を始めた。
まるでピザの生地を回転させて薄くのばすように、遠心力をうけ、球体は薄く、薄く、そう刃物のように洗練され、
再び硬度を取り戻した。
それでも回転を止めないそれは、まるっきり回転カッターという名の凶器だった。
「なんかよくわからないけど、とにかくすいません! マジでスイマセン! リアルニスイマセン!! だからなにとぞ、『特異力』使用をやめてください!! ってか、まじでそろそろやめろって!! 平和的なオチで終わろうぜ。な?」
それを見た月波は、かなり今更な感じで弁護と説得に入る。
「ふふっ!」
ゾクリ、とした。
「一番簡単な方法は、ア・ン・タが、無様に死に様をさらけだすことよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
少女はなんのためらいもなく凶器を振り下ろした。
ギギギィィィィィィ!! という嫌悪感を誘うような音が響き渡った。
それは凶器が月波を引き裂く音、
ではなく、
月波が盾にした電子レンジが真っ二つにされる音だった。
「「えっ!?」」
二人の声が同調する。
そして月波は確かに見た。
その断面からひらり、と舞い出てきた紙を。
そして、
そこにでかでかと描かれている、『危険マーク』と、
その下に『強い衝撃を与えると暴発します』という注意書きが書かれていることを。
月波と少女の目が合った。
そして次の瞬間、
両者の中間に存在する電子レンジから、チュドーン!! という愉快な爆発音が発生し、衝撃波が部屋中にまき散らされ、月波は意識を落とした。




