悪役令嬢のおもちゃ・1
2025年2月5日、水曜日。
東京メガメッセで開催されていた、年に2度のおもちゃショー最終日。
何とか仕事の都合をつけて出向いたこの展示会の最中、あたしの運命は
前触れもなく激震に見舞われた。
そして
辿り着いたのは、見知らぬ世界。
それは、あまりにも唐突だった。
「え?」
一瞬の視界の途絶。白い光のようなものが目の前に満ちた。でもそれは
本当に文字通りの「一瞬」であり、時間経過の体感など全くなかった。
そして戻ってきた視界。
何もかもが変わり果てていた。
いや、正確に言うとちょっと違う。
光景が何もかも変わっていたなら、あるいは何かの発作で倒れたという
仮定だってできるだろう。例えば、病院の防音天井が見えるとか。
だけど今の変化は、実に中途半端に前の景色のレイアウトを残してる。
だからこそ、余計に異様に感じる。
あたしは確か、二階の会場に向かうため中央階段を昇ろうとしていた。
二階は、新作ゲームの展示ブースが並んでたはずだ。ちょっと楽しみに
していたのを憶えている。階段正面の空間には、大きなタペストリーが
堂々と貼り出されていた。それは、今秋に発売される期待のタイトル。
乙女ゲームの決定版と評判の高い、タイトルは…ええっと…何だっけ…
とにかくそこには、攻略対象らしき美形キャラが所狭しと描かれてた。
あたしには描けない絵だなーなどと思いつつ、ぼんやりと見上げてた。
そして。
目の前の大階段。
広い空間。
階段の上に待つ、美形の人物。
基本レイアウトはそのままなのに、構成要素がごっそり変換されてる。
コンクリートの打ちっぱなしだった催事場の階段は、豪華過ぎる調度の
木製に。案内板や休憩用スペースが並ぶ周囲は、壮麗極まる大広間に。
リュックを背負うオタクや、スーツを着込んだ営業担当たちの姿は全て
消え果て、これまた華美過ぎる衣装に身を包んだ中世貴族が居並ぶ。
硬直したまま見上げる、階段の上。
そこには例のタペストリーに大きく描かれていた美形男子が、完全なる
「実物」として仁王立ちしていた。その傍らには、これも見覚えのある
主人公然とした美少女の姿。いや、実際あれは主人公だったはずだ。
え?
主人公があそこにいて。
それを守るように立つ美形男子が、あたしに怒りの視線を向けている。
いや、彼だけじゃない。
今さら気付いたけど、尖った視線が文字通り四方八方から刺さる。
見渡せば、周囲の皆がこのあたしに怒りと侮蔑の感情を向けていた。
…ちょっと待って。
もしかして
これ
「メルノエール・グリセイダ!」
「……?」
「お前の事だ、汚らわしい女!!」
あっ
やっぱりあたしなんだ、それ。
尖った怒声が容赦なく飛んでくる。よく見ると、ちょっと唾飛んでる。
ここまで届かない距離でよかった。そんな考えが頭をよぎってるあたし
完全に現実逃避モードです。いや、そもそもこれって現実なの?
現実だろうとそうでなかろうと。
この次に飛んでくるだろう言葉は、さすがに予想がついてしまった。
つまり…
「私はお前との婚約を破棄する!」
あ
やっぱり。
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その後の流れは、テンプレ通り。
主人公―カーラ・ブリリアントが、悪役令嬢であるらしいこのあたしの
悪行アレコレを暴露。この場には、あたしの味方なんて一人もいない。
そういう断罪の場なんだから当然と言えば当然だ。一方的な婚約破棄。
そしてあたしは、なかば連行されるかのように「家」へと帰された。
その場で投獄!とかにならなかっただけでも、まだマシかも知れない。
帰り着くまでに漏れ聞こえた話で、ざっくりした状況だけ把握できた。
あたし、つまりメルエノールという人物は、いわゆる公爵令嬢さまだ。
言うまでもなく極めて身分が高く、故にエラそうな性格だったらしい。
テンプレ悪役令嬢だね。まあそこは今さら、あれこれ困惑などしない。
婚約相手のあの唾飛ばし美青年は、この「リムルア王国」の第一王子。
いわゆる嫡子。次代の王様であり、順当に行けばあたしは王妃だった。
血縁も何かしら存在するらしいし、公爵令嬢ならごく普通の良縁だ。
だけど唾飛ばしは、カーラと出会い「真実の愛」に目覚めたらしい。
そして妬みの感情か単なる選民思想か、メルエノールはカーラに対して
陰湿ないじめを繰り返したらしい。カーラは伯爵家の長女らしいから、
身分的にはあたしよりかなり下だ。反撃なんて出来なかったんだろう。
そこはもう、身分制度から生まれるテンプレと言うしかないだろうね。
もちろんあたしに、そんな記憶など何もない。元の人格の記憶さえも、
何にも残ってない。いやそれ困る。せめて記憶くらいはちょうだいよ!
体感的には、本当についさっきまでおもちゃショーを見ていた身だよ。
仕事の参考にと思って久々に遠出をしたってのに、何なのこの状況は?
…って言うか、あたしは乙女ゲームなんかやった事ない。興味もない。
どんなモノかはさすがに知ってる。だけどそれ以上の知識なんて皆無。
デザイナーとかイラストレーターを名乗っていても、興味ない分野には
どうしても疎いものなんですよぅ!
…なんて嘆いても、今のこの状況でどうこうできる事は何もない。
とにかく家に帰って…家って何だ?ああ公爵邸か。お父様は公爵様か。
知らない人だよぅ!どうしろと!?…まあ、謝るしかないのかな。
せめて名前を知る機会が欲しいよ。でなきゃ、下手するとこのまま…
どうしよう、ホントに。
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馬車が屋敷に帰り着いたと同時に、雨が降り出した。迎えに出ていた
メイドが、実に古風な洋傘を差して寄り添ってくれた。…少なくとも、
まだ実家追放とかそういう話までは進んでなさそうだ。小さな救い…。
しかしまあ、立派なお屋敷ですね。これがグリセイダ公爵の公邸か。
乙女ゲームならではの誇張なんかもあるんだろうけど、ホントに凄い。
あたしはこの家に泥を塗ったという事になるのか……今さら怖いよう。
何をどう弁明すれば…
「アーリス様がお待ちです。」
「お父様が?」
「ええ。とにかく今は気持ちを強くお持ち下さい、メルエノール様。」
「あ、はい。」
年上と思しきメイドが激励の言葉をくれた。いや、大いに助かります。
…カマかけてみたけど、アーリス様ってのがお父様の名前らしいという
確信も得られた。助かります!!
とにかく出たとこ勝負だ。
明日の朝を迎える事を目指そう。
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コンコン。
『入れ』
豪奢なドア越しの声は、思ったほど老いた感じではなかった。…まあ、
メルエノール様って21歳だしね。お父さんだってまだ若いんだろう。
とにかく拝顔します。
「し、失礼します」
声を出すと、やっぱり少し裏返る。緊張してんだよね当たり前だけど。
下手すれば、このまま処刑…なんて展開だって無いとは言えない。
とにかく慎重に行こう。
おそるおそるを気取られないよう、ゆっくりドアを開いて入室する。
思ったより狭い執務室の正面机に、公爵様が苦い表情で座っていた。
正面に立ち、深々と頭を下げる。
相手の顔が見えなくなるのは不安でしかないけど、ここは日本式謝罪。
諸々の事を考慮すれば、謝る以外の選択肢なんて思いつきませんから。
「このたびの不始末、まことに…」
「顔を上げろメルエノール」
食い気味にそう言われたあたしは、ばね仕掛けの人形よろしく勢いよく
身を起こしてしまった。目の前に、あらためて公爵様の顔が戻る。
そこに浮かんでいたのは憤怒の形相ではない。
それは苦笑と呼ぶべき、どことなく親しみの湧く表情だった。
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座れと促され、とにかく傍らにあるソファーに着席。今みたいな時には
背筋を伸ばしにくい椅子は困るよ。くつろいでるみたいに見えるから。
しかし公爵様、もとい「お父様」は気にする様子もなく対面に座った。
「おおよその事はガントに聞いた。王子に婚約破棄されたそうだな」
「え、ええ。そうです」
ガントというのは、メルエノールが外出する時のお付き兼護衛係だ。
ムスッとしたおじさんだったけど、どんな風に話したんだろうか…
「ブリリアント伯爵の娘に対して、嫉妬から嫌がらせをしていたとか。
その点は間違いないのか?」
「…はい」
ハイと答えるしかない状況だった。
あたし自身に憶えはまったく無い。だけどこういうのってテンプレだ。
唾飛ばし王子がまくしたてた内容は聞いてたし、おおよそ憶えている。
周りの人間も否定しなかったから、まあ実際にやってたんだろう。
メルエノールは、悪役令嬢としての役割をきっちりと果たしてたのね。
とりあえず、肯定だけしておく。
ここで平謝りするのは、何か違う。そのあたりの空気は読めている。
目の前に座るお父様が怒髪天を衝く雰囲気ではない以上、謝罪や釈明は
様子を見てからでいいはずだ。
…少なくともあたし、メルエノールよりは社会人経験がありますから。
「なるほどな」
ふーっと大きな息を吐き、お父様は背もたれに身を預けて天井を仰ぐ。
怒るというより嘆く、困るといった形容がピッタリの様子だった。
「あの…」
「まあ確かに、お前のしていた事は褒められた事ではない。」
「あっ、はい」
おとなしく身を縮めると、お父様の怪訝そうな視線がチラッと飛んだ。
やっぱり、今日までのメルエノールの挙動と違い過ぎるんだろうか。
だけど、下手に演技なんかしたら、なおさらボロが出るだろう。ここは
とにかく様子見の一手だ。
短い沈黙ののち。
「だが、王子が婚約破棄というのはあまりに事が大き過ぎる。ここまで
来ると、国政にも影響する事態だ」
「とするとやっぱり、責任を取ってギロチン刑とかですか?あたし」
「…ギロチンって何だ?」
あれっ?
この世界にはギロチンないみたい。ちょっと意外だった。
「えと、つまり斬首刑とか」
「いや何でだよ。どこからそういう物騒な話が出たんだよ」
お父様、素で混乱なさってます。
ちょっと変な事言い過ぎたかしら。
「すみません、国家を混乱させた罪…とか、そういうのかと思って」
「そもそもお前は婚約破棄された身だろうが。いきなり罪なんか背負う
道理はない。怖い事言うなよ」
「失礼しました」
やっぱり変な事言い過ぎたみたい。
でも少なくとも、今すぐ殺される…みたいな展開の心配はなさそうだ。
とりあえず、ホッとしました。
ホッとしたら、お腹空きました。
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以心伝心とはこの事だろうか。
このタイミングでお父様がメイドを呼び、軽食を用意してくれた。
普通にサンドイッチ。普通に美味。乙女ゲームの世界はこういう部分が
非常にありがたいですね。とにかく腹が減っては何とやらですから。
「…落ち着いたか?」
「はひ」
モシャモシャ食べながら返事をする自分の図太さに、ちょっと呆れる。
だけどもう、ある程度開き直ってもいいんじゃないかなと思ってます。
雨は小降りになっていた。
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食べてる間に、お父様が掻い摘んで現状を説明してくれた。
王子があれだけ声高らかに宣言した以上、婚約破棄撤回はあり得ない。
次代の王妃候補という未来は、ほぼ潰えた…と考えていいらしい。
もちろんあたしは全然構いません。メルエノールちゃんがそれについて
どう考えていたかは知らないけど、少なくともあたしはなりたくない。
玩具デザイナーが一国の王妃って、どんな冗談ですかって話だ。
あの断罪の場では、あたしは完全に悪役令嬢扱いだった。まあ当然だ。
少なくともあんな場を設けた以上、周りは皆王子の提灯持ちだろうし。
その顛末を見ていたガントさんは、はらわた煮えくりかえってたかも?
しかし、それはあくまでもあの場に限った話だったらしい。そりゃあ、
王子の取り巻きなんて若僧ばかり。大局的に世情などを見ていたとは、
とても思えないもんね。要するに、あの中でしか通らない理屈だった。
あたしの帰宅の前に、早くも王家とブリリアント伯爵の両方から使者が
来ていたらしい。まあ大慌てでね。特に伯爵の使者は大変だったって。
そりゃあ無理もない。サプライズを狙ったのかも知れないけど、仮にも
第一王子と公爵令嬢の婚姻が見事にご破算になったんだ。仮にこれが、
恋愛結婚のご破算ならば話はかなり違ってただろう。それはそれとして
また結婚相手候補が我も我もと手を挙げていたに違いない。でもこれは
文字通りの政略結婚だ。その裏には政治的な意図が渦を巻いているし、
本人たちの意思などほぼ関係ない。お互い、抗えないものだったはず。
先刻の唾飛ばし演説を信じるなら、王子が主人公カーラを見初めたのは
割と最近だ。言うまでもなく婚約が成立した後であり、普通に考えれば
浮気か心変わりと形容するべきだ。ある意味、寝取られと言っていい。
だとすれば、メルエノールが侮辱に憤るのも当然だろう。たとえ王子に
恋愛感情を持っていなかったのだとしても、それとこれとは別問題だ。
カーラの態度次第で、彼女に対する何らかの攻撃に走るのも当然の事。
もちろん、いじめを肯定する気など微塵もない。
そして貴族社会に根付く身分制度というものも、完全な理解には遠い。
日本人なら尚更って話だよね。
だけど実際問題、公爵と伯爵とではかなり身分が違うってのも事実だ。
横恋慕された公爵令嬢が伯爵令嬢に意地悪したからって、あからさまな
「罪」なんて生じないもんだろう。公衆の面前で婚約破棄なんてのは、
あまりにも頭お花畑だ。このへん、やっぱり乙女ゲームのテンプレって
ファンタジーと言わざるを得ない。当事者になって初めて実感できる。
まあ、要はそういう事なんですね。
もちろん、メルエノールが意地悪をしてたのは事実らしいけど。
今夜の唾飛ばし王子のやった事は、めでたしめでたしのカタルシスには
程遠い愚行でした…って事らしい。
とりあえず、ひとつだけ。
ヒロイン側でなくて良かったよ。
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「さて、メルエノール」
「はい」
「今はお前も混乱してると思うが、とにかく何かしらの形で今日の事に
収拾をつけなければならん。それは理解できるな?」
「もちろんです」
ちょっと言葉を切り、あたしは逆に質問してみた。
「ひょっとすると、その点の采配はお父様次第という事でしょうか?」
「…よく分かったな」
やっぱりか。
あたしは、苦笑が浮かぶのを抑えるのにちょっと苦労した。
原因が王子だったのかメルエノールだったかはさて置き。
メンツを潰され、泥を塗られたのは目の前のアーリス公爵だ。それは、
もはや誰の目にも明らかな事実だ。娘のオイタで王家との政略結婚を
一方的に破棄されたとなれば、王もうかつな事が言えない状況だろう。
ブリリアント伯爵も言うに及ばず。胃に穴が開きそうな状況だろうね。
いずれにせよ、何かのアクションを起こすべきなのはお父様ですよね。
娘に対してどういう処分を降すか、それで世間の見方も大きく変わる。
札は決して悪くないけど、あまりに危険なゲームってところだろうか。
心中、お察しします。
…あんまり想像できてないけど。
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何度目かの沈黙ののち。
「メルエノール」
「何でしょうか」
「念のために訊いておきたい」
「はい」
質問の内容は、ほぼ100%予想が出来ておりますが。
どうぞ、お父様。
「王子と復縁する気はないk」
「ありません」
マッハで即答。
100%予想は伊達じゃないのよ。
唾飛ばす王子には近づきたくない。それがあたしの偽らざる思いです。
たぶん、メルエノールも同じです。
「だよな、やっぱり」
どことなく情けない顔で、お父様は苦笑を浮かべた。
「なら、あのカーラという娘に対し何らかの処分を降す選択もあるが」
「それもいりません」
これもほぼマッハで即答した。
相手は主人公だ。今がどうだろうと逆転できるポテンシャルがある、と
考える方が無難だろう。正直言ってもう関わりたくない。出来れば今後
未来永劫に。
「しかし、何もなしと言うわけにはいかんぞ。それは分かるよな?」
「それはそうでしょうね」
これほど大騒ぎになったんだから、知らん顔で終われるわけがない。
日本の市井に生きる者であっても、さすがにそのくらい想像できます。
何かしらの落とし前をつけないと、世論も収まらないって事だろう。
「私としては、ブリリアント伯爵かあの娘を辺境領に送るってあたりが
妥当かと思ったんだがな。むろん、最初から期間を設けての話だが」
「なるほど」
島流しなんて言うと大げさだけど、何年か田舎に引っ込め…って事ね。
王子が何て言うだろうか、それ…
…………………………………………
ん?
ちょっと待って。
辺境領?
「あの、お父様」
「何だ」
「あたしがその辺境領に行く…って選択肢はありませんか?」
「何だと!?」
驚いた顔が、意外とチャーミング。お父様の知られざる魅力ですね。
そんな顔を見ているあたしは、妙に冷静になれていた。
「傷心からでも処罰でも、とにかくあたしがここを去れば、これ以上の
軋轢はかなり避けられるでしょう。世論も同情的になると思います」
「い、いやしかしそれでは…」
「何より」
ちょっと溜めを作り、あたしは次の言葉に大いに思惟を込めてみた。
「王にも伯爵にも、かなりの貸しを作る事ができるではないですか?」
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今度の沈黙は、殊更に長かった。
だけど、気まずさなどは無かった。
多分、思い違いじゃないと思う。
やがて、お父様は笑い出した。
やっぱりね。
「とんでもない事を言い出すようになったな、お前も」
「そうでしょうかね」
「確かに、収拾をつけるという意味では、この上ない選択だろうな」
そこで言葉を切り、お父様はじっとあたしの顔を見据えた。
「なればこそ、あらためて訊く」
「はい」
「お前は本当にそれでいいのか?」
「はい」
さっきとは違う意味で、迷いのない即答を返した。
確かに、傍から見れば貧乏くじだ。それは間違いのない事実だろう。
いずれ王妃になれたかもって立場の女性が、田舎に隠遁するなんてね。
見る人によっては、涙を禁じ得ない悲劇なのかも知れない。
でも、それは勝手な見方ですよ。
正直に言って、あたしは貴族同士の権力争いとかには微塵も興味ない。
日本人であるという事はもちろん、乙女ゲームを嗜む趣味すらもない。
ましてやこの世界の元になっているゲーム…ええとタイトル何だっけ。
まだ発売すらもされていなかった。世界観もキャラもサッパリな状態。
だったらもう、潔くゲームの舞台となる首都からフェードアウトだ。
生きていけるなら、どんな田舎でも文句なんか言いませんから。
「……」
「な、何でしょうか」
「いや、お前がそう言うとはな」
明らかに怪訝そうな表情でこちらを見るお父様が、さすがに少し怖い。
疑われてるのだろうか。だとしても現状、自分がメルエノールだという
事実は動かないはずなんだけど…
「ですが、悪い話ではないと…」
「もしやとは思うが」
「えっ、はい?」
バレた!?
「お前、最初から事がこう運ぶよう画策してたんじゃないだろうな?」
「へ?」
「王子が伯爵の娘に入れあげている事を察知した時点で、嫉妬を装って
娘に嫌がらせを行い、王子の方から婚約を破棄させるように仕向けた。
言い逃れ出来ないほど、多くの者が見ている場でな。そう考えれば…」
「とっ、とんでもないです!そんな大それた事…」
あたふたと言い繕おうとしたけど、途中で言葉がつっかえてしまった。
本当にとんでもない話か、これ?
あたしはメルエノールを知らない。その記憶も全く引き継いでいない。
とすれば、あの時の彼女の感情など決して察する事は出来ないのだ。
感情だけではなく、彼女の思惑も。
結果だけ見れば、お父様はけっこう有利なカードを手に入れられた。
もちろん娘のオイタに関する醜聞は付きまとうだろうけど、かと言って
それが立場を脅かすような展開にはならないだろう。身分が下の相手に
対する子供じみた嫌がらせなんて、政略結婚を破壊する行為に比べれば
よっぽど些細なものなんだから。
…いや、どうなのよメルエノール。
あなた、どういうつもりだったの?
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とは言え、現在のあたしにとってはこの状況は渡りに船と言っていい。
メルエノールちゃんがどんな思いであの事態を招いたにせよ、結果的に
あたしは唾飛ばし王子からの決別を勝ち取った。結果オーライですよ。
辺境領に行くという話も、お父様はあっさり了承してくれた。…まあ、
ここは大人の思惑もあるんだろう。あたしはあんまり関与しません。
「どのくらいの期間を望む?」
「え?定住でいいですけど」
「…本気か?」
「辺境領とは言っても、流刑地とかじゃないんですよね?だとすれば、
住めば都で馴染めると思います」
「本当に無理してないだろうな?」
「ええ、ご心配なく」
思いっ切り訝しがられているけど、もうここはちょっとゴリ押しです。
だけどやっぱり捕捉はしておこう。
「もちろん、今生の別れのつもりはありません。時々帰ってくるくらい
お許し頂けますよね?」
「当たり前だ」
「先の事は分かりません。なので、とりあえず今はそう決めた…という
感じで受取って下されば幸いです」
「分かった。お前がそこまで覚悟をしてくれるのなら、私も報いよう」
「ありがとうございます!」
あらためて、深々と頭を下げる。
今度は「顔を上げろ」とキツい口調で言われはしなかった。…だよね。
一応ちゃんとスジを通したんだし。あとは辣腕にお任せ致しますので。
とりあえず、難局は乗り越えた。
後はそう、考えるべきはひとつだ。
どこへ行って、何をするかですね。




