第三話 極悪役令嬢の矜持
場の空気を切り裂くように、低い声が響いた。
いつの間にか私の背後に立っていたのは、アラリック殿下だった。
その手には、銀色の小さな魔導具が握られている。
見覚えがあった。
以前噂に聞いた、記録系の魔導具だ。
「この魔導具は、特定の物品の移動経路を記録する。文書庫や宝物庫の不正調査に使っていた試作品だ」
アラリック殿下は無表情のまま続けた。
「昨夜、宝物庫から女神の涙を持ち出した者。先ほどそれをロザリンドのバッグへ入れた者。その記録はすべて残っている」
エレナの顔が、みるみるうちに青ざめる。
「そ、そんな……それは何かの間違いで……!」
「間違いではない」
冷ややかな声だった。
「さらに、これまでロザリンドへ行ってきた嫌がらせの証拠も押さえてある。侍女や使用人への脅迫、偽造した手紙、そしてジュリアン。お前と共謀し、ベルローズ公爵家の失脚を狙った書状もな」
会場が騒然となる。
ジュリアンの顔がひきつった。
「に、兄上、これは違う!私はただ……!」
「黙れ」
ただ一言。
それだけで、第二王子は口を噤んだ。
アラリック殿下は私の肩を抱き寄せる。
その仕草は自然で、けれど誰の目にも明らかだった。
「私の婚約者候補に手を出した罪は重い。覚悟してもらおう」
その瞬間、騎士たちが一斉に踏み込んだ。
エレナとジュリアンが取り押さえられる。
「離して!私は王太子妃になるのよ!」
「私は王子だぞ!無礼だ!」
なんとも無様な叫びだった。
私は黙ってそれを見下ろした。
私の出る幕もないほど、完璧な断罪。
けれど、それでいい。
勝つときは、美しく勝つ。
それが悪役令嬢というものだ。
ほどなくして、処分は決まった。
エレナは国外追放。
ジュリアンは王位継承権を剥奪され、辺境の修道院へ幽閉。
数日後。
王都を去る直前のジュリアンが、監視の目を盗んで私の前に現れた。
かつての自信満々な姿はどこにもなく、みすぼらしい服に、やつれた顔。
そのくせ、目だけはまだ都合のいい希望にすがっていた。
「ロ、ロザリンド……!頼む、聞いてくれ!私は騙されていたんだ!本当はずっと君だけを……!」
私は黙って見下ろした。
「兄上に言ってくれないか。婚約破棄は間違いだったと。私を許して、もう一度やり直そう!」
一瞬、言葉を選ぶのが面倒になった。
だから、率直に言った。
「え、無理ですわ」
ジュリアンがぽかんと口を開ける。
「な……」
「無理ですの。お断りですわ」
私は一歩近づき、にっこり微笑んだ。
「以前申し上げましたわよね。鏡をご覧になってから探した方がいいと。今の貴方、腐った根性と見る目のなさがそのまま顔に滲み出ていて、見ているだけで不快ですの」
「ろ、ロザリンド……!」
「どうして私が、平気で踏みにじった相手がいつまでも自分を待っていると思えるのですか?その甘さ、修道院で叩き直していただくとよろしいのではなくて?」
私は扇を閉じた。
「さようなら、ジュリアン殿下。二度とその口で私の名前を呼ばないでくださいませ」
彼はその場に崩れ落ちた。
私は振り返ることなく歩き出す。
ふふ。
今の私、かなり『極悪役令嬢』っぽかったのではないかしら。
内心で小さく拳を握っていると、角を曲がった先で、壁に寄りかかる人影があった。
アラリック殿下だ。
「……見ていらしたのですか」
「ああ。見事だった」
「どこがですの」
「え、無理ですわ。あれは名言だな」
「忘れてくださいませ!」
私は思わず顔を覆った。
せっかく格好よく決めたのに、この人の前ではどうしても調子が狂う。
月明かりが差し込む回廊。
アラリック殿下は一歩近づき、私の手を取った。
「ロザリンド」
その声音に、胸が跳ねる。
「君は最初、私を利用するつもりで近づいてきたのだろう」
図星だった。
私は目を伏せる。
「……ええ。私は極悪な女ですもの。貴方を利用して頂点に立つつもりでしたわ」
「そうだろうな」
あっさり肯定されて、少しむっとする。
けれど彼は、すぐに続けた。
「だが、君は誰かを踏みつけにすることができない」
私は顔を上げた。
「侍女を庇ったとき、確信した。君は利用しようと口では言う。刺のある言葉も吐く。だが、本当に弱い者を傷つけることはしない。私が好きになったのは、そういう君だ」
心臓が、うるさい。
「最初は面白かった。強気なことを言いながら、私の前ではすぐ真っ赤になるからな」
「からかわないでください……」
「だが、それだけではない。君は不器用で、見栄っ張りで、可笑しくて、それでいて誠実だ。だから目で追うようになった。会いたくなった。気づけば、君が他の男のものになるなど考えたくもなくなっていた」
私はもう、まともに息ができなかった。
アラリック殿下は、静かに膝をつく。
そして私の手の甲に口づけた。
「ロザリンド・ベルローズ。私と結婚してほしい」
月明かりの中で、青い瞳がまっすぐ私を射抜く。
「利用されても構わない。いや、むしろ望むところだ。一生かけて、君にしか振り回されたくない」
駄目だ。
無理だ。
こんなの、キャパシティを超えている。
前世の記憶も、今世の矜持も、全部どこかへ溶けてしまいそうだった。
今の私は、ただ好きな人の前でどうしようもなくなっている、恋する女の子でしかない。
それでも私は、最後の意地で唇を引き結んだ。
「……後悔なさっても、知りませんわよ」
アラリック殿下が微笑む。
「しない」
「私は『極悪役令嬢』なんですの。しぶとくて、強欲で、執念深くて……一度手に入れたら、二度と離して差し上げませんわ」
「望むところだ」
次の瞬間、そっと唇が重なった。
遠くで夜鳥が鳴く。
夜風が薔薇の香りを運んでくる。
こうして、復讐を誓ったはずの私の計画は、見事に失敗した。
けれど、その失敗で手に入れたものは、王座よりもずっと甘くて、ずっと温かい。
稀代の『極悪役令嬢』。
……のつもりだった私の物語は、どうやら最高のハッピーエンドから始まるらしい。
最後までお付き合いありがとうございました。
ロザリンドの想像する『極悪役令嬢』、きっと今後もあの手この手でアラリックに挑んでいくんでしょう。
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