第一話 極悪役令嬢の初陣
その日、私は婚約者に盛大に捨てられた。
――そして、ついでに前世も思い出した。
「ロザリンド・ベルローズ公爵令嬢!貴様のような心の醜い女との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
王宮の大夜会に、第二王子ジュリアンの声が高らかに響き渡る。
煌びやかなシャンデリアの下、哀れみと好奇の視線が一斉に私へ突き刺さった。
その隣では、侯爵令嬢エレナが勝ち誇ったように涙を浮かべている。
可憐で、儚げで、いかにも守ってあげたくなる顔。
……ええ、顔だけは。
本来なら、私はここで泣き崩れる役回りなのだろう。
婚約者を奪われ、身に覚えのない罪まで着せられ、社交界の笑いものにされる哀れな悪役令嬢。
けれど、その瞬間だった。
脳の奥に、濁流みたいに記憶が流れ込んできた。
現代日本。
終電帰り。
二十数年の社畜人生。
そして深夜に読み漁った、山ほどの悪役令嬢もの。
(……あ、これ、進研ゼミでやったやつだ)
思い出した。
私、転生者だ。
しかも今まさに、悪役令嬢の婚約破棄イベントのど真ん中に立っている。
なるほど。
状況は把握した。
ジュリアンは得意げに叫んでいる。
「エレナへの嫌がらせの証拠はすべて揃っている! 階段から突き落とそうとしたこと、茶会で恥をかかせたこと、何もかもだ!」
はいはい、テンプレ、テンプレ。
でも残念ながら、その手の雑な冤罪で泣き寝入りしてあげるほど、私はもう素直なお嬢様ではない。
記憶の中のロザリンドは、確かに気位が高く、口も悪かった。
けれど、誇り高い女だった。
陰でこそこそ足を引っ張るような、安い真似をする女じゃない。
つまり、これは捏造だ。
しかも、かなり雑な部類の。
……ふうん。
婚約破棄ね。
上等じゃない。
私は扇を開き、口元を隠して微笑んだ。
「わかりましたわ、殿下」
ジュリアンがぎょっとしたように目を見開く。
「な、なんだ、その態度は!」
「一つだけ訂正を。心の醜い女をお探しでしたら、まず鏡をご覧になってはいかが?」
場が凍る。
けれど、私は構わず続けた。
「それから、私が本気で誰かを陥れようと思ったなら、もっと上手にやりますわ。こんな三流の筋書きではなくて」
エレナの顔が強張る。
ああ、いい気味。
でも、まだ足りない。
どうせ勝つなら、もっと派手に、もっと美しく、もっと二度と立ち直れない形で勝ちたい。
せっかく悪役令嬢になったのだ。
ならば私は、誰より華やかで、誰より容赦のない女になってみせる。
そう!『極悪役令嬢』に私はなる!!
翌日から、私の計画は始まった。
ただ闇雲に王太子へ近づくほど、私は甘くない。
前世の社畜経験を舐めないでほしい。
情報収集、根回し、行動計画の立案は得意分野だ。
アラリック殿下は毎朝この時間、王宮の薔薇園で短い休息を取る。
紅茶は濃いめ。甘味は控えめ。お気に入りの著者は古代史家レオンハルト。
そして近ごろ、宝物庫と文書庫の出入りを厳しく調べているらしい。
不正を嫌う人なのだろう。記録系の魔導具をいくつも試しているという噂まであった。
私は鏡の前で仕上がりを確認した。
選んだのは深紅のドレス。
ただ派手なだけではない。王家の紋章に使われる青薔薇に対し、あえて対になる赤薔薇を意識した色だ。
挑発的でありながら、格は落とさない。
完璧である。
「よし」
私は薔薇園へ向かった。
木陰のベンチで本を読んでいたアラリック殿下は、私の足音に気づき、ゆっくり顔を上げた。
氷の彫刻のように整った顔立ち。
射抜くような青い瞳。
絵画のように美しい金髪。
……まずい。
正直、想定以上だ。
事前情報で高スペックなのは知っていたけれど、実物は反則だった。
「ベルローズ公爵令嬢か。ジュリアンとの婚約が破棄されたと聞いたが、随分と元気そうだな」
声までいい。
低くて落ち着いていて、耳に心地いい。
私は気合いで平静を保った。
「ええ。あのような残り物、私には相応しくありませんもの。ですから、もっと価値のあるものをいただきに参りましたの」
アラリック殿下の眉が、わずかに上がる。
「価値のあるもの?」
「ええ」
私は彼の正面に立ち、微笑んだ。
練習した通りに角度を作り、目線を上げる。
ここで決める。
妖艶に、挑発的に、悪役らしく。
「殿下。私を妃になさいませんか。ベルローズ家の力も、私の美貌も、全て貴方のものになりますわ」
完璧。
完璧なはずだった。
だが、至近距離で見たアラリック殿下のまつ毛は長すぎたし、肌は綺麗すぎたし、瞳は澄みすぎていた。
あれ。
ちょっと待って。
近い。
顔がいい。
無理。
近い。
「……ロザリンド?」
不思議そうに名前を呼ばれる。
その瞬間、私の顔は一気に熱を持った。
「あ……その……」
まずい。
声が出ない。
ロザリンドとしても、前世の私としても、こんな距離でこんな顔面偏差値の男と対峙した経験などない。
「顔が赤いぞ」
「これは、その……」
「誘惑しに来たのではなかったのか?」
「そ、それは!」
喉がひくりと鳴る。
やめて。そんなに静かな声で追い詰めないで。
「あ……あぅ……っ!」
数秒後、アラリック殿下はついに吹き出した。
「ははは……っ。なんだ、その顔は。まるで初めて殿方と話す令嬢のようだな」
「う、うるさいですわ! 日差しが強いせいです!」
「今は木陰だが?」
「とにかく!」
私は半歩下がり、びしっと彼を指差した。
「私は本気で殿下を狙っておりますの! 覚悟なさってくださいませ!」
それだけ言って、私はくるりと踵を返した。
そして、猛ダッシュで逃げた。
『極悪役令嬢』、初陣。
華麗に大失敗である。
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