四.大極殿の朝
翌朝、大極殿には重臣たちが居並んでいた。
霜が降り冷え切った秋の朝だった。朱色の宮殿の瓦屋根に朝露が光り、石畳は冷たく白んでいた。広虫と清麻呂は連れ立って大極殿の庭に進み、深々と額ずく。朝廷の空気はすでに張り詰めていた。
右大臣・藤原成麻呂は、広虫たちより先に奏上の順番を取っていた。白髭を整えた老練な廷臣は、御簾の前に進み出て、よく通る声で語り始めた。
「陛下。疫病という未曾有の国難を前に、我々には新たな智恵が必要でございます。遣唐使が齎した景教なる教えは、病める者を癒し、弱き者を救うことを説く、まことに慈悲深き教えにございます。唐の都・長安においてもその教えは広く人心を掴み、帝の庇護を受けていると聞き及びます。この教えを我が国にも取り入れれば、民の心が安んじ、疫病の苦しみを乗り越えることができましょう。どうか景教の導入をお許しいただきたく、謹んで申し上げます」
重臣たちの間に、賛意を示す重臣たちの首肯がさざ波のように広がる。景教推進の側には、仏教勢力への反感を持つ者も多かったのだ。道鏡が法王として権勢を誇るこの時代、「仏教に頼らない新たな道」への期待は、それなりの支持を集めていた。
御簾の奥から、帝の反応はない。ただ、薄絹が静かに揺れた。
やがて、側女の一人が清麻呂を招く。清麻呂は進み出て、御簾の前に膝をつき、深く頭を垂れた。
「恐れながら申し上げます」
抑揚を抑えた声であったが、大極殿の空気の中にすっと染み渡った。
「景教の説く慈愛の心は、確かに美しい響きがございます。病める者を助け、弱き者に手を差し伸べること。これは仏教が説くことと通ずるものがあり、否定すべきことではございません。しかし、この教えには一つ、大きな問題がございます」
清麻呂は一息置き、言葉が柱の奥にまで染み入るのを待つ。
「景教は他の神仏の存在を認めません。この教えに従う者のみが救われ、それ以外の信仰を持つ者は救われないと説きます。聖徳太子が『和を以て貴しとなす』とお示しになった通り、この国は古来より多様な信仰を包み容れることを精神の根幹としてまいりました。神道があり、仏教があり、そして民一人一人の心に宿る信仰がある。それらが互いを排除せずに共存することで、この国の和が保たれてきました。景教の受け入れは、この和を根底から崩すおそれがございます」
その言葉に応じる者はいなかった。
しかし静寂は長くは続かなかった。藤原成麻呂が口を開いた。その声にはかすかな嘲りが混じっていた。
「和気殿。和の精神はまことに大切なことだ。されど今この都では、疫病で日々人が死んでいる。飢えに苦しむ民が路頭に倒れている。そのような非常の時に、新たな教えが持つ危険性を議論する余裕が我々にあるだろうか。民を救う力が必要だ。それだけのことではないか」
重臣たちの間にざわめきが起こった。賛同の声である。成麻呂の言葉は正論に聞こえた。疫病の恐怖の前では、どんな反論も空虚に響くのである。
清麻呂は唇を噛んだ。成麻呂の言っていることは、表向きは正論だ。しかしその裏に何があるかを彼は知り抜いている。だが証拠を突きつけることはできない。口に出せば讒言として退けられる。
そのとき、広虫がゆっくりと顔を上げた。
彼女の眼差しは朱色の宮殿の誰にも向けられていなかった。遠く、悲田院の黒く年季の入った土間にある人々の姿を見ているようだった。
「陛下」
広虫の声は低く、しかし揺るぎなかった。
「私は長年、悲田院にて病の者と共に生きてまいりました。その経験から申し上げれば、人を癒すものは教えの名前ではございません。人の手です。声です。傍にいるという、その一事です。景教の慈愛の言葉が美しいことは私も認めます。しかし、慈愛は特定の信仰だけが持つものではございません」
彼女の凛とした声がさらに続く。
「悲田院には様々な信仰を持つ人々が集まります。仏を念じる者、大神に祈る者、あるいは何も信じていない者。それらの者がただ病のゆえに肩を寄せ合い、互いを助け合っている。その光景こそが、私の知っている慈愛です。景教は、その人々に向かって、あなたの信じている神は偽りであると告げる教えです。その言葉が、疫病で傷ついた人々の心をさらに引き裂くことにならないか。それを私は恐れております」
清麻呂と広虫の視線が合った。二人はその眼差しを御簾に向ける。
成麻呂がまた何かを言おうとした、その時だった。




