20. 婚約者王子の繰り返し
(知らなかったわ、ずっとリッキーが私を……ケイティを想ってくれていたなんて)
「……キャシー、キティ、キャス……ずっとずっと僕は君を見て来た」
「え?」
リッキーの長年の想いに感動してうっとりしていたら、何だか聞き覚えのある女性達の名前がエリック様の口から出て来る。
「今、キャシーと言いました?」
「うん」
エリック様は私を抱きしめながら頷く。
「キティ……」
「言った」
コクコクと頷いている。
「えっと、キャスも?」
「そうだよ。全部僕が大事に想ってきた人達だ」
「なっ!!」
「キャサリン?」
「……」
私は言葉を失う。
これは決して“浮気”を疑ったわけでも、リッキー……ことエリック様の恋の多さに驚いたからでは無い。
「……エリック様……あなたは……いえ、あなたも」
私が身体を少し離しながらエリック様の顔を見ると、彼は切なげに微笑んでいた。
(何でそんな顔……?)
「言っただろう? キャサリン。僕はずっとずっと君に長い片思いをしているって」
「それはリッキー……」
「リッキーだけじゃないんだよ。僕は君を追いかけるようにしてずっと同じ世界に生まれていたからね」
「!!」
やっぱり!
キャシー、キティ、キャス……これまでの私が渡り歩いてきた“悪役令嬢”の名前……
私がその事実に唖然としていると、エリック様が再び私を抱きしめる。
「キャサリン……」
「……エリック様?」
「何度も何度も君と同じ世界に生まれ変わってきた僕だけど……僕の気持ちはいつだって君に届くことは無く叶わない恋だった」
(───え?)
抱き込まれた腕の中からエリック様の顔を見ると、彼は悲しそうな顔をしていた。
「君がケイティ様だった時の僕は、君の従者で平民だった。側にいる事は出来たけど、君が王子の婚約者という点を除いても身分違いもいいところだ」
「そ、それは……」
確かにエリック様の言う通りだった。
ジョゼフ殿下と円満に婚約を解消していたとしても、公爵令嬢ケイティと従者のリッキーが結ばれる未来は絶対に無かったと言える。
「君が次に生まれ変わり、公爵令嬢のキャシー様と名乗っていた時、僕は“リック”という名前の青年だった。身分は平民に近い男爵家の三男だった」
「……男爵令息……?」
「リッキーと違って君と同じ貴族にはなれたけど、王子の婚約者である公爵令嬢の君と男爵令息でしかも三男の僕。身分の壁はここでも高かった」
「……」
ギュッともう一度抱きしめられる。
「キャサリン、僕はね……ずっとずっと願っていたんだ」
「な、何をですか?」
「───君の隣に立てる男になりたい」
「エリック……様」
私と目が合うとエリック様はまた悲しそうに笑った。
「君はいつだって“公爵家の令嬢”で“王子の婚約者”だった」
「え、ええ……」
私は頷く。
改めてそう語られると、本当にエリック様も同じ世界の道を歩んで来たのね、と実感する。
「そして、毎回毎回、突然現れたぽっと出の女にその婚約者の王子を奪われる」
「え、ええ、その通りです」
「奪われるだけではなく、公の場で婚約破棄まで宣言されて最後は捨てられてしまう……」
「……そうですね」
(……改めて言葉にすると……何だか惨めね。でも、それが悪役令嬢だったから)
「悔しい事に僕の生まれはいつだって弱小貴族で、君を助ける事の出来る力なんて持っていなくて……」
「エリック様……?」
エリック様の身体が震えている。
私はそっと抱きしめ返した。
「立ち向かっても弱い僕の声なんて簡単に消されてしまうんだ」
「!」
その言葉で思い出した事がある。
「……いつの時だったかしら? 有りもしない噂……冤罪をきせられている時に学園で『彼女はそんな事をする人じゃない!』と皆の前で言ってくれた人がいたわ」
「…………あー……言ったなぁ。全然聞き入れて貰えなかったけど。その後僕がボコボコにされたっけ」
(……え!)
エリック様が苦笑いしていた。
突然、思い出したその話を皮切りに、頭の片隅に追いやっていた記憶がどんどん甦って来た。
「いつだったかの私が断罪されている最中に王子に殴りかかろうとした男性……」
「あー、あったね……あれは覚悟してたけどキャサリンより先に僕の方が処分されちゃったよ、ははは」
「!!」
(え、笑うところ!?)
「いつぞやかのパーティーで、ヒロ……王子の選んだ女性と対峙している時に、突然派手に転んで彼女の気を逸らさせていた人……」
「情けないよね、そこまでするなら格好よく助けに入れば良かったのにね」
「……」
「でも、下手に男の僕が介入するとキャサリンの方が“不貞している”と騒がれてしまう可能性があったから……」
「エリック様……」
思い返せば思い返すほど、いつもどの悪役令嬢でいた時も脇で不自然な行動をしていた人がいた事を思い出す。
(あれは全部、私の為で…………エリック様だった?)
「でも、ようやくここまで来たんだ……」
「ここまで?」
エリック様と目が合うと、その瞳が優しく微笑んだ。
「今世は目覚めたら王子だった。ようやくキャサリン、君を堂々と守れる立場になれた! そう思ったんだ、嬉しかったよ」
「エリック様……」
「……でもまさか、身体の自由が効かないなんて夢にも思わなかったけどね」
エリック様は申し訳なさそうに笑う。
(あ……!)
そうだった。エリック様はそんな事を言っていた。
「……歴代の婚約者王子達がどうだったかは知らない。でも、やっぱり何かしら抗えない何かはあったんじゃないかな、って今なら思うよ────ってキャサリン!?」
私の目からは涙がボロボロ溢れて止まらない。
エリック様は私のその様子を見てオロオロと慌て出した。
「えええ、泣っ……あ、どこか痛む? 頭は平気でも身体は打ち付けているのに僕が何度も抱きしめたりしたから───」
エリック様はそう言って大慌てで抱きしめていた腕を離してしまう。
「──っ」
咄嗟に感じたのは“寂しい”だった。
「キャサリン?」
「……大丈夫、です。痛くなんかありません……だから」
「?」
私は腕を伸ばしてエリック様の服の裾を掴む。
「もっと……ギュッとしてください……」
「なっ!? えっ……キャサリン!?」
「……」
「……」
私の様子を見に来た医務室の先生が扉を開けて最初に見た光景は、お互いに真っ赤な顔で固まって見つめ合う王子とその婚約者の姿だったという……




