21. フラグクラッシャー
「──と、とりあえず、キャサリン。か、帰ろうか」
「は、はい……」
なんとも言えないタイミングで医務室に戻って来た先生の診察も終わり、私はそのまま帰宅する許可を貰った。
頭も打っていないし、身体も打ち付けただけで骨折などは無い……
(咄嗟ではあったけれど、我ながら完璧な受け身だったわ)
ベッドから出て立ち上がろうとしたら、思っていたより近くにエリック様が立っていた。
「エリック様?」
「キャサリン」
「っ!」
エリック様は甘い声で私の名前を呼ぶと同時に私を抱き上げる。
「!!」
「キャサリン? どうかした?」
「ま、ま、また……っ!」
パーティーの時もこんな風に横抱きにされた。
思い出すだけで顔が赤くなる。
「またって……階段から落ちたばかりのキャサリンを僕が一人で歩かせるはずないだろう?」
「……」
そういう“当たり前”の事をサラッと言って行動出来てしまうこの方を私は心から凄いと思う。
(それに温かい……)
エリック様の温もりが心地よくてしょうがなかった私はその言葉に甘えてギュッと彼に抱きつく。
「えぇぇ……キャ、キャサリンが積極的……何これ、何かのご褒美……?」
「エリック様?」
「…………ハッ! な、何でもない! 行こう!」
私が抱きついた時のエリック様は一瞬、挙動不審になった気がしたけれど、すぐに気を取り直して私を抱えて医務室を出た。
(うーん……すごい、見られているわ)
馬車までとはいえ、校内を横抱きされて歩くのはやはり目立つようで、私とエリック様はかなりの注目を集めていた。
「放課後ですけど、まだまだ人が残ってるのでジロジロと視線が凄いですね」
「うん、彼らが何を思っているかはだいたい想像がつくけどね」
「……」
そう言えば……と思う。
「ところで……私が階段から落ちた時の目撃者はいないのですか?」
「……え?」
先生の手当を受けながらずっと感じていた。
これは単なる“事故”だと思われている───と。
「ヒロ……リリーナさんは私に言いました。私が彼女を突き落とそうとして失敗して自ら落下したのだと周囲に証言させる、と」
「あぁ……なるほど……あの女はそのつもりだったのか」
「?」
エリック様は納得したと言いながらもちょっと困った顔を見せる。
「……エリック様?」
「うん、僕はちょうどキャサリンが(見事な受け身を披露して)落下した時に居合わせたんだけどね」
と、言うことは意識を失う前に聞いたあの声は、やっぱりエリック様の声で間違いなかったみたい。
「あの女が何か叫びだそうとしていたから、僕がすかさず遮って“キャサリンが会話に夢中になり過ぎて足を滑らせて階段から落ちてしまったみたいだ!”と先に叫んで周囲に助けを呼んでしまってね」
「…………つまり?」
「結果、キャサリンのうっかり単独事故になった」
「……!」
思っていた展開とまた違ーーう!
悪役令嬢のうっかり単独事故ですって!?
「な……」
「……僕の考えでは、あの女がキャサリンを突き飛ばしたのは明白だったけど、今の操られている他の生徒達はきっとあの女が嘘を吐けば疑うことなく信じてしまうだろう?」
「そうです……ね」
私は頷く。
「残念ながらあの女の罪も無かった事になってしまうけれど、キャサリンの不利になる事だけは絶対に避けようと思ったら咄嗟にそう口走っていた…………ごめん」
「では、彼女は“私がリリーナさんを突き落とそうとして失敗して代わりに落下した”とは騒げなかったのですか?」
「うん。全部、僕が遮ったから言う暇が無かったね。キャサリンが医務室に運ばれてる時もずっと呆然としていたし」
「……」
(エリック様って……)
フラグクラッシャー?
過去の記憶は持っているけれど、今の世界もこれまでの世界も乙女ゲームの世界だという事は知らなそうなのに無意識にフラグを折りまくっている気がするのだけど……
(今回は確かにヒロインの罪も有耶無耶になってしまったけれど、私がヒロインにきせられるはずだった冤罪のフラグが折れているわ)
「後から、“実はあれはキャサリンが……”とか言い出しそうではあるけれど、インパクトはだいぶ薄くなると思うよ」
「……」
「それに、いくらあの女が変なものを使って皆を操って自分に心酔させて従わせていても、僕は仮にもこの国の王子だからね」
(あ!)
「僕に逆らってまで噂を広めようとする人はそうそういない」
「……」
仮にヒロインが、あれは私の策略で私に頼まれてエリック様は口裏を合わせているだけ、と後から騒いだとしても、エリック様は私が落下して意識を失ってから駆け付けてきているからおかしな話になってしまう。
なので、ヒロインはこの件を騒ぎ立てづらくなったのでは? と思えた。
(確実にヒロインが狙った形とは違う方向に風が吹いている……)
そのせいか、私が無傷な事も含めて今頃、怒り狂っているであろうヒロインの姿が簡単に想像出来てしまった。
「でも、もちろん僕は事をこのまま有耶無耶で終わらせるつもりは無いよ?」
「エリック様……」
エリック様の顔は絶対に許さない……そう言っていた。
(その気持ちがたまらなく嬉しい)
「どうかした?」
「いえ、ありがとうございます……」
私は抱きつく腕に力を入れてエリック様の胸に顔を埋める。
(……本当エリック様があなたで良かったわ……リッキー……)
大事な人と再会出来て、その彼が私を守ろうとしてくれている。こんなに幸せな事はないと思う。
すると、私を抱えたままのエリック様が激しく動揺した。
そして、小声で何かを呟く。
「あぁ……何これ、可愛い……くっ! このままキャサリンを王宮の僕の部屋に連れ帰りたい」
「つれ……?」
「コホッ……何でもないよ。行こうか、キャサリン」
そう言ってエリック様は私を抱いたまま馬車までの廊下を歩く。
そんな私達姿は“事故で怪我をした婚約者と、そんな彼女を過保護なくらい心配する王子”という様子で見られ、ヒロインの目論見や計画からは大きく外れていった────




