#1 不幸な高校生、恋の厄災に見舞われる
──掛けまくも畏き月姫神社の大神よ、願わくば俺を元の世界へ戻したまえ。
さらにさらに願わくば、次々と襲いくる全ての厄災から、俺を助けたまえ。
⛩⛩⛩
「瀬戸くん」
後ろから声をかけられて振り返ると、同じクラスの白川ゆりあが立っていた。
艶のある綺麗なボブヘア。
どこか好奇心の強そうな人懐っこそうなきらきらした瞳。
俺が中学時代から思いを寄せている、学年ベストスリーに入るレベルの可愛い子だ。
明日は普賢ショッピングモールでの記念すべき初デート。
もしかすると告白されるかも知れない可能性に胸をときめかせていた俺だったが。
ゆりあが形のよい唇をきゅっと結んだ。
「瀬戸くん。やっぱりモール行くのやめよ?」
「え? せっかく誘ってくれたのに……?」
「高梨さんが言ってた。昨日、瀬戸くんが女の人といちゃつきながら歩いていたって。瀬戸くんが遊び人だなんて知らなかったよ」
「──俺が女の人と? 違う。誤解だよ!」
あれはうちの鬼姉に連行されて買い物の荷物持ちをさせられていただけだ。
そう言いたいが、突然の出来事に言葉が出ない。
「彼女がいるなら最初からそう言ってよ。まるでわたしが馬鹿みたいじゃない」
「──待って! あれは彼女なんかじゃなくてうちの鬼……」
走り出すゆりあを追いかけるも、振り向きざまに思い切り睨まれた。
図書室から出てきた数名の生徒が振り返ってこっちを見る。
「言い訳なんか聞きたくない! もう関わらないで」
ゆりあが大きな瞳からこぼれた涙をぬぐい、走り去った。
そして、背後からどよめきの声が上がる。
「最低……」
「二股が許されると思ったら大間違いだよね」
矢となって突き刺さる、心ない言葉。
──彼女いない歴イコール年齢の俺に二股なんか出来ようもないのに。
──ああ、何という不幸。
何もしていないのに、何故こんな目に遭わないといけないのか。
俺は心底、自分の不運を呪った。
もう消えてしまいたい気持ちだった。
⛩⛩⛩
――投げやりな気持ちで、めちゃくちゃな順路で帰り道を歩いた。
気づくと、目の前には古い立派な神社があった。
幼い頃に何度か、両親に連れられてこの神社の縁日に来たことがある。
一面の桜の中に石段があり、赤い大鳥居がそびえている。
──石段の下に、子どもの白蛇がいた。
カラスの嘴に咥えられ、苦しそうにもがいている。
──助けなきゃ。
周囲を見回し、立てかけてあった竹箒をつかんで振り回す。
白蛇を落とすと、黒い翼を羽ばたかせて逃げ去るカラス。
「大丈夫?」
かわいらしい白蛇に優しく声をかけると、首をもたげてこちらを見た。まるで人間の言葉を理解したかのように。
その瞬間、白蛇が肩の上に飛び乗って喋った。
「助けてくれてありがとう」
「えっ!」
俺は飛び上がらんばかりに驚き、その場に硬直してしまった。
──蛇が。蛇が人間の言葉を話している。
小さな蛇は「驚かないで。ボクは白蛇のつづら」と言った。
どうやら夢ではないらしい。
「キミの名前は?」とつづらが訊いた。
「──瀬戸夏輝」
「ナツキに何かお礼をしたいな。キミ、何か欲しいものはあるかい」
ぶっちゃけて言えば、失恋のショックを紛らわせてくれるような楽しいもの──ライブチケットやゲームコインあたりが欲しいところだが。
どうせ相手は子どもの蛇だ。そういうのを準備するなんて無理に決まっている。
少し考えて、俺は言う。
「──友達」
思わず本心が出てしまった。
「友達が欲しいのかい? キミならたくさん友達がいそうだけど……」
「学校は気が休まらないんだ。計算抜きで話せる、心許せる友達が欲しい。つづら、良かったら俺の友達になってくれないかな?」
権謀術数が逆巻く高校で、クラスメート達とのうわべだけの付き合いにうんざりしていた俺だったが、このかわいらしい白蛇となら、なぜか心から仲良くなれそうな気がした。
その確信に根拠はなく、強いて言うならば「ご縁を感じる」、そういった抽象的な言葉がぴったりくる気がする。
「分かった。ボクで良かったら、キミの友達になるよ」
「ありがとう」
礼を言うと同時に、ため息が溢れ出た。
「はぁ……」
「どうしたのナツキ」
「俺、今しがたフラれたばかりなんだ」
いささか情けないが、両想いだった白川ゆりあと付き合う前にふられてしまった顛末を話した。
「──もう散々だ。俺、明日からもう学校行けないよ」
「まあ確かに。キミ、何というか色々なトラブルに見舞われそうな感じだよね」
「ああ。俺、なぜか生まれつき運が悪くて。いつも不幸が俺だけをめがけて降りかかってくるんだ」
つづらがじっと俺を見る。
「水難、風難、火難、金難、おまけに女難……あらゆる厄災を引き寄せる悪相持ちだね。運もそうだけど持ってるモノを活かしきれていない。要は、要領が悪くて不器用なんだね」
「え……ショック……」
グサッと来た。初対面なのに中々遠慮のない白蛇だ。
「でも、普段から心がけを良くして努力していれば、神様が助けてくれて、いろんな良いご縁に繋がるんだ」
「神様?」
「うん。ボクはこう見えて神様の眷属……つまり、お使いなんだよ。そしてあれが、ボクのお仕えしている女神──月姫命のお社、月姫神社だよ」
「え。もしかして、あの神社がつづらの家?」
「うん」
鳥居の前には、『月姫神社』と彫られた石がある。
大鳥居の向こう側には立派な森が見え、朱く塗られた美しい社が見えた。
赤、黄、緑、紫、白。五色の幟旗が高く掲げられ、風に揺れていた。
いつの間にか社の周囲には『御神燈』と書かれた提灯が幾つも連なっており、蜜色のあたたかな光を放っている。
──でも、この神社は神主さんがいなくなって、十年前に廃社されたはずなのだが。
俺が信じられない思いでいると、つづらと俺の身体が青白く輝いた。
「つづら。今、俺に何かした?」
俺は驚いて、つづらに問う。
「ボクのお仕えしている月姫様が、キミに祓いの力『神力』を与えた。これは宝クジに当たるよりもはるかに確率の低い、滅多にないことだよ」
表紙イラスト/ひら様