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6  心の離れた幼なじみ②

「……そう、そういうことなら、分かったわ。あなたからの愛情を求めることなく、お飾りの妻としてやっていけばいいのね」

「……そうだな。だが俺は結婚しても、君の行動を制限するつもりはない。生活は保証するから、自由に過ごしてくれ。よそに恋人を作っても構わない」


 ……なるほど、そういう条件を提示するのね。


 エレルフィア王国の貴族は、結婚してから恋人を作ることも珍しくない。

 特に政略結婚の場合、義務として男の子だけ産んだら後はそれぞれ恋人とよろしくやる、という夫婦も少なくないそうだ。特に愛情のない結婚をした裕福な上級貴族になると、その傾向が強くなるとか。


 ……私には恋人を作れる宛てがないし作るつもりもないけれど、バルトは違う。


 私を妻として確保して、本当の恋は恋人との間に芽生えさせる。

 ……その方が彼の心は安定するだろうし、これから先騎士として昇格を積むべき彼のためにもなるだろう。


「ええ、ありがとう。もちろん、バルトも若くて可愛い恋人を作ってくれて構わないわ」

「……俺は別に、そういうつもりはない」

「遠慮しなくていいわよ。私は男爵家からも中年オヤジのもとからも離れられて、母の療養地を準備してくれるのだからあなたには感謝しかない。金貨百枚に相当するだけの働きもしたいから、命令にも従うわ」

「……俺は、君にそういうことをさせるつもりはない」


 バルトが苦々しげに言うから、拍子抜けしてしまう。


「……違うの? 恋人に会えなくて寂しい夜にだけ私を寝室に呼ぶ、とかでも構わないわよ?」

「君はそういうことを恥じらいもなく言うな!」


 バルトは顔を真っ赤にして怒鳴ると、はっとした様子で辺りを見てから俯いた。


「……君はもうちょっと、恥じらいと慎みを持ってくれ」

「……そうね。私自身、恥じらいがないとは思っていないけれど……ここしばらく、従妹からふしだらなことを言われるから染まってしまったのかも」

「ふしだら?」

「例の美術商のもとに嫁いだら何をされるのか、ってことをとっても楽しそうに語られるのよ」


 ……本当に、エルナはまだ十七歳だというのにどこでそういう品のない話題や言葉を覚えてくるんだろう。

 叔父はエルナのことを「天使のように清らかで純粋な子」だと言っているけれど、本当にエルナが天使ならあんなえげつないことを笑顔で言ってきたりはしない。


 バルトはあからさまに嫌そうな顔をすると、「……ろくでもない従妹だ」と呟いた。

 こんな状況だけど、自分と同じ意見を抱く人が現れたことでちょっとだけ嬉しくなった。


「……とにかくそういうことで、俺は君にできる限りの自由を与える。君には、一緒に社交界に出向く必要があるときなどには妻として振る舞ってほしいが、それ以外には何かを強制するつもりはない。君のご母堂のために伯爵領の一等療養地を準備するし、会いたくなったらいつでも会いに行けばいい」

「えっ、本当に!?」


 母が心地よく過ごせるならそれだけで十分だったけれど、顔を見て喋れるのならもっと嬉しい。

 思わず声を弾ませると、バルトはなぜかちょっと驚いた顔になってから視線を逸らし、頷いた。


「ああ、もちろんだ。……そういうことで、リンデ」


 バルトは立ち上がり、テーブルを回って私の前にしゃがんだ。

 膝の上に重ねていた手が取られ、白い手袋に包まれたバルトの大きな手が、壊れ物に触れているかのような丁寧な所作で私の手を口元に運んだ。


 ほんの一瞬、温かいものが手の甲に触れ、離れる。

 真剣な目をしたバルトが、私を見上げている。


「俺と結婚してください」


 ……彼の目に、私はどう映っているんだろう。

 袋に入れられた金貨百枚、便利な女として認識されているのかな。


「……ええ、喜んで」


 これは、契約。

 私とバルト、嫌いあう者同士の間で結ばれた、愛情のない契約結婚だ。


 互いの目的のため、私たちは「いい夫婦」を演じる。










 私とバルトが並んで応接間を出て、私が彼の求婚を受けたと知ると叔父はたいそう喜び、無表情のバルトの手を掴んでぶんぶん上下に振っていた。


「うちの可愛い姪を娶ってくださり、ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「いやはや、これで私たちも安心できます! もちろん式には我々も参加を――」

「そのことですが。先ほどディートリンデとも話しましたが、式は行わずに書類だけ提出して婚姻関係を締結させることにしました」


 バルトに視線で促されたので、私も頷いた。


 これは、さっき二人の間で決めたことだ。

 お互い「好きでもない相手との愛を誓うなんて嫌だろう」ということと、一刻も早く私と母を男爵家から回収するべきだということで結婚式は行わず、準備が終わり次第私と母は伯爵家に身を寄せることになったのだ。


 それを聞いた叔父も、さすがに式を行わないというのは驚きだったようだ。


「そ、そうなのか? だが、せっかく若い二人の門出なのだから、これくらいは私たちも協力するが?」

「お言葉感謝します。ですが……ディートリンデ」

「え、ええ。……叔父様。私、一日でも早くバルタザール様と一緒になりたいのです」


 バルトに促された私はどもりつつも言って……えいや、と彼の腕に抱きついた。


 これももちろん、作戦のうちだ。

 金貨百枚で私をご購入したバルトはともかく、私の方はバルトに惚れてしまった……という設定にした方がバルトにとって好都合らしい。


 確かに、騎士団でも地位を築いている彼の今後のことを考えると、わざわざ大金をはたいて買った年上の妻からそっぽを向かれているとばれると、彼にとって不名誉なことになる。いくら相手がバルトでも、自由を与えてくれた人の今後の迷惑になるようなことは避けたい。


 叔父は私の態度を見て驚いていたけれど、やがてわはは、と笑い始めた。


「そうか、ディタはバルタザール殿にすっかり惚れ込んだのだな! そういうことなら、一日でも早く二人が結婚できるようにすればよかろう! そういうことでバルタザール殿、金貨百枚を」


 ……今この場でお金をせびるのが叔父らしいけれど、こんな人が身内だと思うと恥ずかしくなってくる。


 でもバルトは涼しい顔で「今日中に届けさせます」と言った。

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