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5  心の離れた幼なじみ①

 数日後、バルトが男爵家を訪問してきた。


「バルタザール・リューガーです。ごきげんよう、ディートリンデ嬢」


 私にはちょっと派手すぎるドレスを着て応接間で待っていた私は、叔父に連れられてやって来た青年を見て――心臓が止まるかと思った。


 七年前に最後に見た十三歳のバルトは、まだ私より背が低いのに口は達者だった。

 生意気なことばかり言うし「厚化粧」「けばけばしい」と暴言を吐くものだから私も「おこちゃま」と吐き捨てたけれど……目の前の彼は幼い頃の面影を残しつつも、「おこちゃま」とはほど遠い美丈夫になっていた。


 子どもの頃は短くてちょっとツンツンしていた明るい赤茶色の髪は、後ろを伸ばして後頭部で結わえている。

 きりっと釣った眉の下にある緑色の目は相変わらず目尻が垂れていて、子どもの頃にはなかったはずの二重がくっきりと目元を彩っていた。


 着ているのは、白い軍服。私の記憶が正しければこれは、エレルフィア王国騎士団の制服だ。

 どの騎士も軍服のデザインそのものは同じで、バッジの数や肩章、マントの種類で階級の差を付けるそうだ。

 バルトの胸元には小さな星形のバッジが付いていて、国の紋章が描かれたマントを着用していることから、一般の騎士よりも階級が上だということは分かった。


 言葉を失っていた私に、叔父が咳払いをしてみせた。


「……ディタ、バルタザール殿に心を奪われる気持ちは分からなくもないが、挨拶をなさい」

「……は、はい! ごきげんよう、バルタザール様」


 珍しく叔父の言うとおりだったので慌てて立ち上がってお辞儀をすると、バルトは無表情で頷いた。


「お気になさらず、男爵。……せっかくなので、ディートリンデ嬢と二人で話をしても?」

「ええ、もちろんですとも! おまえたちも、茶を淹れたら下がりなさい!」


 バルトの申し出を叔父は快諾して、周りでお茶の仕度をしていた使用人たちも仕事を終えると叔父に促されて部屋を出ていった。


 部屋には、私とバルトだけが残された。

 私の正面に座ったバルトは優雅な所作で紅茶を啜り、カップを下ろすと――じっと私を見てきた。


「……久しぶりだな、リンデ」


 ……それまでの他人行儀な態度から一転、私の目の前に無邪気に微笑んでいた幼いバルトが現れたようで……どくどくと耳の奥で激しく血が流れ始めた。


『リンデ』


 その愛称は、家族以外ではバルトにしか許可していない。

 父亡き今、私をリンデと呼んでくれる男性はバルトだけだ。


 ……でも。


「……ええ、そうね。けばけばしい厚化粧女に会いに来てくれて、どうもありがとう」


 つい、いい年なのに皮肉たっぷりの言葉を吐いてしまった。

 本当は、もっともっといろいろ言いたかったのに。こういうところがあるから、エルナに「かわいげがない」「性格が悪い」と言われるんだろう。


 バルトの眉がついっと動き、彼は視線を逸らした。


「……昔はそうだったな」

「あの頃の私は背伸びしたくて、こってり化粧をしていたのよ。……それで? わざわざ金貨百枚も積んで私を購入しに来た理由は、何かしら?」


 どうやら七年の空白期間を経ても、相手に対する各評価は変わらなかったようだ。


 まあ、それはそれで、と割り切って本題に入ることにする。


「知っているかもしれないけれど、私、婚約解消されたの。その次には、五十歳の中年オヤジの後妻になるかもしれないところだったのよ」

「……もちろん、聞いている。聞いているからこそ、金貨百枚を掻き集めて君の叔父への面会を申し出たんだ」


 十年前とは全く違う低くて艶のある声でそう言うと、バルトは膝の上で手を組んで私を見つめてきた。


「俺は十六歳から三年間、地方で仕事をしていた。去年昇格を受けて王都に戻り、それからは後輩指導を主とした士官職に就いている」

「……そう、昇格おめでとう。それでもしや、士官職になったのだからと周りから結婚を勧められているとか?」


 彼は二十歳で若いけれど、伯爵家の次男でこれだけ見目もいいのだから、きっといろいろなところから声が掛かっているだろう。


 そう思って推測で聞いてみたのだけれど、バルトは少し渋い顔で頷いた。


「……そうだ。別に結婚を急ぐ理由はないが、せっつかれるのは嫌だし顔も知らない令嬢と引き合わされても困ると思った。そうしていると、君が婚約解消されて……しかも中年の美術商の後妻にされるという話を聞いた」

「もしかして、城でも私のことは噂になっているの?」

「……。……いや、俺が男爵家の関係者から聞いただけだ。噂にはなっていない」

「それならよかったわ。ちなみにその美術商、亡くした奥様が私にそっくりらしくて、私の姿絵を毎日愛でているそうよ」

「……趣味の悪いジジイだ」


 バルトが毒づいた。

 ……うん、確かに。胸が大きくて色っぽい美人の姿絵ならともかく、私みたいな女の姿絵を愛でるなんて趣味が悪い。


「でしょう? それで、バルトがその美術商の三倍以上のお金をくれるということで叔父様はほくほくなの。……でも、私自身に金貨百枚もの価値があるとは思えない。あなたほど素敵な人なら、もっと愛らしくて若いお嬢さんと結婚できるんじゃなくて?」

「だから、よくも知らない相手とは結婚したくない」

「……つまり、顔見知りだし金貨百枚さえ払えば従順になるだろう私に狙いを付けたと?」

「そう思ってくれていい。……君も俺のことを嫌っているのは分かっている。だが、俺にとっても君にとっても悪くない話のはずだ」


 バルトに言われて、思わずむっとしてしまう。

 でも、考えてみればバルトの言うとおり、これは私にとってもバルトにとっても悪くない話だ。


 彼は、知らない人と結婚するのを避けるために私に求婚した。

 一方の私はかなり困っていて、叔父も金貨百枚くれるのならば中年オヤジよりもバルトを選ぶに決まっている。

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